逮捕・懲戒免職された

「金髪先生」の無念


【前文】教育委員会から「不適格教員」とされて「研修」を命じられていた「金髪先生」が傷害の疑いで逮捕・起訴された。本人は容疑を一貫して否認しているが、県教委はただちに懲戒免職にした。警察情報をうのみにして、一方的な記事を書いたマスコミの責任は大きい。


●食い違う両者の主張●

「金髪先生」こと、千葉県四街道市立南小学校教諭の渡壁隆志さん(四九歳)は五月八日、千葉県警公安三課と四街道署に傷害の疑いで逮捕された。本誌の四月十三日号で「『不適格教員』にされた『金髪先生』の言い分」として報じたように、渡壁さんは四街道市教委に「問題教員」のレッテルを張られ、今年二月から県総合教育センターで「研修」を命じられていた。

 起訴状によると、渡壁さんは五月八日午前八時十五分ごろ、南小学校敷地内で、自分のワゴン車を急発進し、前にいた高橋信彦校長にぶつけて転倒させ、腕や足などに全治三週間のけがを負わせた、とされる。

 接見した弁護士や学校関係者らによると、教育センターへ行く前に学校に立ち寄った渡壁さんはこの日、職員室で校長から「通勤経路や保護者からの苦情」について事情を聞かれた。出勤時間になったので渡壁さんは席を立ち、追いかけてきた校長と玄関や昇降口でトラブルになったという。

 高橋校長はこの時の様子を次のように説明する。

 「まだ話があると言うのに、渡壁教諭は出て行って車に乗り込みました。止めようとしたら、車に付いているスピーカーで『校長は交通妨害をやめろ』などと大きな音を出して騒ぎました。近所の方も集まって来て、子どもたちや職員もベランダから見ていたようです。車がぶつかったのは一回だけではありません。人が前にいるのに車を発進させるのは常識では考えられない。接触したらどういう結果になるか分かると思う。下手したら死んでいましたよ」

 これに対して渡壁さんの言い分は、校長とかなりの食い違いを見せる。渡壁さんは逮捕からずっと四街道署の留置場(代用監獄)に拘置されたままの状態に置かれているが、五月二十五日に千葉地裁で開かれた拘置理由開示公判(白川敬裕裁判官)の意見陳述で、このように訴えている。

 「(被害者とされている)高橋校長は自分から車に当たってきて転んだのです。私からは当たっていません。事件はでっち上げです。学校を出る時に校長に押されて転び、教育センターへ向かう途中で市教委の木村俊幸・学校教育課長から呼び止められて、手をねじ上げられて負傷した私の方こそ被害者だ。朝のうちに四街道署に電話し、任意出頭して事情聴取に協力までしたのに、警察署を出ようとしたところでなぜ逮捕されなければならないのですか」

 教育センターに着いた渡壁さんは、県教委の義務教育課職員と相談し、四街道署に電話を入れたうえで任意出頭して事情聴取に応じた。また、校長と学校教育課長から全治二週間のけがを負わされたとして、診断書を付けて警察に被害届けを出している。

●何の疑問もなく報道●

 ところが渡壁さんが逮捕された翌日、新聞各紙はどこも警察発表(公安情報)をうのみにして、そのまま垂れ流すような一方的な記事を書いた。もちろん被疑者の言い分を逮捕直後に知るのは難しいが、問題意識を持って周辺取材すれば、背景をある程度把握するのは可能だろう。少なくとも一方的な記事にはならないはずだ。

 中でも「朝日新聞」の取り上げ方は、あまりにも一面的でひどい内容だった。しかも社会面と千葉版で、それぞれ三段の見出しを立てて大きく扱った。

 警察発表をもとに、逮捕事実だけでなく前後の様子なども「詳細に」書き、さらに「独自取材」をしたうえで、サイド記事もまとめている。一見すると警察発表だけに頼らない取材をしているみたいだが、実際には校長や市教委の主張だけを何の疑いもなくそのまま書いている。だから結果的には、警察発表よりも始末が悪い一方的な記事になっているのだった。

 例えば、これまでに渡壁さんは停職処分などを受けていたとか、地域から免職を求める陳情書が提出されていたとか、不適格教員として市議会で何度も取り上げられているとか、それに対して市教委は「指導や命令を繰り返し、本人に改善を促す努力をしてきたが、服務態度が一向に改まらず憂慮している」と答弁したとか…。もう書きたい放題なのだ。

 確かに渡壁さんの側にも、脇の甘さやいくつかの問題行動はあったと思われる。しかし冷静に考えてみて、地域ぐるみや市議会の場でたった一人の教員をそこまで吊し上げるなどというのは、まともなことだろうか。

 本誌でも触れたように、授業内容や「日の丸・君が代」や組合活動などをめぐって、市教委や管理職との間で対立や確執がずっと続いていたことが背景にはある。別の角度から少しでも周辺取材をすれば、すぐに分かることだ。

 だが残念ながら「朝日新聞」のこの記事を書いた記者には、そういう視点や問題意識はまったくなかったようだ。警察発表や市教委や校長らの主張を疑問に思う感覚は、まるでどこにも働いていない。

 一方、「読売新聞」と「毎日新聞」は、比較的トーンを抑えて逮捕事実などに限定して書いていた。発表されたことをそのまま書くのならば、発表をなぞることに徹して「警察はこういう内容を広報した」という事実だけを淡々と書けばそれでよい。「余計なこと」を書かなかったという意味で言えば、まだ「読売」や「毎日」の記事は冷静だった。

●なぜ公安三課が逮捕●

 そもそも、学校敷地内で起きたトラブルから生じた「事故」に、過激派などの捜査を担当する「公安三課」が登場してくるのは尋常ではない。通常なら所轄署の交通課や、せいぜい刑事課が対応して取り調べるのが普通だろう。

 なぜ「公安三課」が逮捕したのだろうと、記者が少しでも疑問を持てば、市教委から何回も処分や指導を受けていたその背景に思い至るはずだ。少なくともこの「朝日新聞」のような一方的な記事にはならないだろう。

 拘置が延長されて期限いっぱいの五月三十日、渡壁さんは傷害の罪で起訴された。起訴後も引き続き、四街道署内の留置場に身柄拘束され、逮捕以来ずっと弁護士以外とは接見禁止が続いている。

 千葉県教委は当初、「事実をよく調べて確認したうえで慎重に対処したい」として、起訴されてもただちに処分するとは限らないとの姿勢を示していた。しかし、起訴翌日の三十一日午前に臨時の教育委員会議を開き、同日付で渡壁さんを懲戒免職にした。地方公務員法の「信用失墜行為」に該当するというのが処分理由だ。

 県教委義務教育課は「警察に接見禁止の一部解除を申し出て、本人から事情を聴いた。本人は否認したが、周りの目撃者や教員の話から事実であると認定した。学校内で拡声器を使い、こういう事故を子どもの見ている前で起こした影響は大きい」と説明する。さらに「事故を起こしてから二十日間に県民から批判や問い合わせがかなりあった。市教委から事故報告書も出されている。県教委としては事実関係の把握に努めました」などと話している。

 新聞をはじめ、テレビのワイドショーや雑誌によって「問題教師が校長を車ではねて逃げた」などと一面的なイメージが広がったことの影響は大きい。

 しかし渡壁さん本人は容疑を否認し、事実関係について争いがある。しかもこれから刑事裁判が始まるという段階なのに、一方の主張をもとに処分が決定されたことには疑問も残る。県教委の「素早い対応」と公正さに欠ける判断に対し、関係者の間からは抗議の声が上がっている。渡壁さんが所属する千葉学校労働者合同組合は六月一日、「不当解雇に抗議する」との緊急声明を発表した。

初出掲載(「週刊金曜日」2001年6月15日号)

=雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります。


●写真説明(ヨコ):拘置理由開示公判の傍聴に集まった教員仲間や市民ら。この日の法廷で、逮捕されてから初めて渡壁さんの姿と声に接することができた=5月25日午前10時45分、千葉市中央区の千葉地裁前で

●写真説明(ヨコ):拘置理由開示公判が終わって、話し合いをする教員仲間や市民ら=5月25日正午過ぎ、千葉地裁前の喫茶店で


【関連記事】=この記事は、「『不適格教員』にされた『金髪先生』の言い分」の続編です。

【関連記事】=今回の事件と拘置理由開示公判について、司法の観点から論じた記事を「月刊司法改革」2001年7月号に書きました。「インタビュー/司法改革」のページに「クローズアップ裁判」として掲載しました。


「ルポルタージュ」のインデックスに戻る

フロントページへ戻る

 ご意見・ご感想は norin@tky2.3web.ne.jp へどうぞ