教育委員会から「不適格教員」にされた

「金髪先生」の言い分

恣意的な「判断」危惧する声も


【前文】髪の毛を金色に染めて、管理教育に異議を唱える実践を続けていた千葉県の公立小学校の男性教諭が、教育委員会に「問題教師」のレッテルを張られ、担任や授業現場を外された。「金髪先生」と呼ばれるこの教諭は今年から、県の総合教育センターで1年2カ月の「研修」を命じられた。果たしてそこに、恣意的な判断や「排除の論理」はなかっただろうか?


●PTAや市議から攻撃●

 千葉県四街道市立南小学校教諭の渡壁隆志さん(四八歳)は、髪の毛を金色に染めていることから「金髪先生」の異名がある。服装もユニークで、龍の刺繍が入ったジャンパーに雪駄履きというラフな格好も人目を引く。

 その「金髪先生」が学校現場を外され、今年二月から県の総合教育センターでの「研修」を命じられた。

 昨年七月。南小学校のPTA役員らを中心に、保護者を対象にした署名集めが行われた。「資質、品格、価値観などは個性と呼ぶ範囲をはるかに逸脱している」などとして、渡壁さんのこれ以上の南小在任は容認できないと非難する内容になっている。翌八月には、県教委と市教委に請願書や陳情書が提出された。

 関係者によると、同小学校の学区内の百五世帯のうち百世帯が署名したとされる。役員が地区内の家を一軒一軒回って署名集めをしたのだという。

 何らかの問題を起こした教員の助命嘆願を求めて、保護者らが署名集めをする話は耳にすることがあるが、PTAが特定教員の排斥署名をするというのはあまり例がない。しかも、地区内の大半の世帯が揃って署名したというのも極めて異例の事態だが、保守的な地域性から、PTA役員が訪ねてくるとなかなか断れる雰囲気ではないとの声も聞いた。

 続いて昨年九月。四街道市議会定例会の一般質問で、一人の市議が「金髪先生」について六項目にわたって取り上げた。

 「南小学校のある教員についてであります。……逸脱行為や信用を損ねるさまざまな行為は、具体的にはどんなことがあるのか。……PTAから県教委への請願書、市教委への陳情書が提出されているが、今後はどのような対応をされるのか」

 一応は「ある教員」と表現をしているものの、だれであるかはすぐに分かる。市議会という公の場で、特定の教員の行動や評価を取り上げるのは異例のことだ。

 これに対して、佐久間文成教育長(当時)は渡壁さんのこれまでの「行状」を一つ一つ列挙して詳細に説明しながら、「県教委に今後の処置を要望したい」などと答弁するとともに、「一番重大なのは、学校長や教育委員会の指導や命令に従わないことだ」と何回も強調した。

 こうした問答は、昨年十二月の市議会定例会の一般質問でもあった。同じ議員から九月議会と同様の質問があり、これまた前回のように、教育長が渡壁さんの「問題行動」を延々と披露する光景が再び繰り返された。

●背景に管理職との軋轢●

 渡壁さんは一九七五年に社会科教諭として千葉県に採用され、八街市や四街道市の公立小・中学校に勤務してきた。市教委によると、渡壁さんはこれまで県教委と市教委から、懲戒や訓告など計四十九回の処分を受けている。

 市議会での教育長答弁や市教委などの説明では、自分勝手な授業をする、学習指導の週計画案(週案)を提出しない、公園で児童にバイクの運転をさせた、児童の工作作品を取り上げて壊した、教員として品位を欠く服装をする、無車検の車に乗って人身事故を起こした、教職員の健康診断でレントゲン撮影を拒否したなど、渡壁さんには数えきれない「問題行動」があるという。

 「ああいう人は教員を辞めてもらいたいね。指導力不足とかではなく、学校現場にいること自体が信じられないし許せない。学校運営を乱すので、よその市町村でもどこも引き取りませんよ」

 市立四街道西中学校で三年間、校長として渡壁さんと一緒に勤務したことがある木村俊幸・市教委学校教育課長は、吐き捨てるようにそう言い放った。

 同じ学校に勤務していた教員のことを、元校長がそこまで悪く言うことに少し驚きながら話を聞いていると、語気を強めて木村課長はさらに続けた。

 「子どもたちを手なづけて、自分の考えを支持させるし、『日の丸・君が代』や管理教育に反対だとか、先生の言いなりにはなるなとか言って、授業はすぐそっちに結びつく。従軍慰安婦や南京虐殺など、日本の歴史を自虐的に扱って一面的な方向を子どもたちに植え付ける。韓国人女性や沖縄の楽器を演奏する人を呼んで話をさせたりして、授業は一見すると面白そうにやるが、あまりに一方的な指導をするんですよ」

 教科書を重視せず、赤線やマーカーで印を付けるといった指示を出すくらいで、あまり教科書を使わない授業姿勢も気に入らなかったようだ。

 同中学校では、校内暴力で学校が荒れていた九七年五月、学校側の要請で駆け付けた警察署員に三年生の男子生徒が補導される事件があったが、この時に出動要請の指示をしたのが、当時校長の木村課長だった。そしてこれに対して、渡壁さんは「学校の中に警察を呼んで取り締まってもらうのは教育の放棄だ。ほかの生徒の前で警察官に連行された生徒は人権侵害を受けた」として、輔導された生徒に代わって弁護士会に人権救済を申し立てている。

 また、渡壁さんは佐久間教育長とも同じ中学校に勤務していたことがあり、職員人事の問題などをめぐり、当時校長だった佐久間教育長と組合交渉で何度も激しくやり合ったという。管理職とのトラブルはほかにもいくつもある。

 管理教育や体罰、「日の丸・君が代」などの問題について、管理職や市教育委員会の姿勢とことごとく対立してきたことで、渡壁さんは当局から「問題行動を繰り返す」とにらまれていたのだ。

 八八年以降は担任を外され、図工や地理などの専科担当を命じられた。九八年には希望していない南小学校に強制配転となり、九九年以降は書写の授業を週に2時間受け持つだけで、実質的に授業させてもらえない状態が続いた。

●「これじゃあ座敷牢だ」●

 千葉市美浜区。JR幕張駅から商店街を抜けて二十分ほど歩いたところに、千葉県総合教育センターの敷地が広がる。

 中央に八階建ての本館があり、その東側に四階建ての情報教育センター、西側に三階建ての科学技術棟が並ぶ。ここでは通常、子どもや教職員対象の教育相談や、教員の初任者研修、管理職定期研修といった講座が行われている。

 渡壁さんが「研修」のために毎日通っているのは、科学技術棟の二階の一室だ。広さは約五畳。カーペット敷きの室内には、スチール製の机と、学校の教室で使われるような木製の机が一つずつ。ほかには、いすが三つに電気ストーブがあるだけだ。

 この狭い部屋の内外で、県教委の指導主事二〜三人が常に渡壁さんを監視しているという。想像するだけで息が詰まるようだが、いすに座って黙って監視するだけという仕事も、それはそれで辛いだろうと思われる。

 「ほかの一般研修生とは隔離された独房ですね。面会や図書室の利用も事前に許可が必要だそうです。まるで拘置所や座敷牢に幽閉されているみたいでしょう。ここのことを別名で『強制収容所』と呼んでいます」と言って渡壁さんは苦笑した。

 窓の前に置かれたスチール机に向かって、渡壁さんは毎日八時間を過ごす。例えば「新学習指導要領と現行指導要領の目標を照らし合わせ、改訂の方向について理解する」「総合的な学習の時間の考え方・進め方の要旨をまとめる」などの課題が与えられると、渡された指導要領の解説文を要約してリポートにまとめ、自分の意見を書いて提出する。学校管理規則の服務規定をまとめさせられることもある。

 こうした研修の在り方を、渡壁さんは「人権侵害だ」として厳しく批判する。

 「例えば『国旗・国歌』の指導項目をどう解釈し、どう考えるかについても書くことになります。触れなければ『逃げた』、触れたら触れたで『転向していない』ことになる。そういうことが日常的に問われる。生徒に反省文を書かせるようなもので、強制研修を通じて思想改造を迫るわけです」

 そもそも、四街道市教委がこれまでにしてきた処遇や処分、言ってきたことは、ほとんどが不当で理不尽なものばかりだ、と渡壁さんは訴える。

 「無車検の車に乗って事故を起こしたことは自分の不注意で、校長に始末書を出したが、相手とも示談が成立し、問題にされるような事故ではないはずです。公園で児童をバイクに乗せたのは二年も前のことで、詫び状を出して保護者から了解も取っていて解決済みだ」と弁明する。さらに──。

 「児童の作品を壊したと言われているが、間違えて釘打ちしたものを最初から作り直させたのであり、市教委は事実と異なる報告をしている。授業の週案は学校教育法の公簿ではないので提出義務はない。活動に適した風通しのよい格好をしているのに、ジャージ姿の教員は認めて自分の服装だけ認めないのは納得できない」

 渡壁さんが金髪にしたのは白髪を隠すためでもあるが、話は四街道西中が荒れていた時までさかのぼる。「茶髪やピアスの生徒は授業を受けさせない」と主張する校長や同僚教員と、「まず教室に入れてから説得すべきだ。格好だけで決め付けるのはおかしい」と考える渡壁さんは対立した。生徒の心を理解せず、正面から向き合おうとしない教員の姿勢への疑問が背景にはあった。

 渡壁さんはこのころ、授業についていけずに荒れていた生徒たちの勉強を、放課後に自宅で見ていた。当時の生徒たちとは今でも交流が続いている。

 「うちは兄妹二人が教わったのですが、上の子は渡壁先生が大好きで、物事を押し付けないので言いたいことが自由に言えたと話していました。下の子は逆に大嫌いだって言うんですよ。先生も人間だから、接し方や子どもによって受け止め方は変わってくるんじゃないかと思います」

 保護者の一人は、こう言って渡壁さんに理解を示した。

●お上に楯突くと排除?●

 千葉県教育委員会は「渡壁さんに対する今回の措置は処分ではない。南小学校教諭という身分の変動は一切ない」と説明する。

 「四街道市教委が職務命令を出したのです。市教委から県教委に研修依頼があったので、県の施設を使って研修を受けてもらうという判断をしました。研修成果が上がれば、すぐにでも学校に戻ってもらえます」

 いわゆる「懲罰的研修」ではないことを県教委は強調するが、千葉県内の公立小・中学校教諭が過去にこうした長期研修を命じられた事例はないという。

 千葉県は昨年度、文部科学省から「指導力不足教員の人事管理」について三年間の調査研究を委嘱され、研修体制やプログラムの在り方を検討している。千葉県のほかに神奈川、広島県など十六の府県と政令指定都市が調査研究を委嘱されており、同省は本年度からすべての都道府県と政令指定都市に委嘱する方針だ。

 また同省は、指導が不適切な市町村立学校の教員を、都道府県の教員以外の職に異動できる法律改正案を今国会に提出している。

 教室が荒れて授業が成り立たない、あるいは子どもたちとコミュニケーションが取れずに学級運営がうまくいかないといった、指導力不足とされる教員に対する風当たりは確かに強い。ストレスや過労などが原因で、心を病んでいると思われる教員もいる。

 子どもに体罰をふるったり、子どもの心を傷つけるような言動を平気で繰り返したりする教員や、破廉恥行為やわいせつ行為に及ぶ教員も存在する。こうした教員は、全体から見ればもちろん数は少ないが、それでも決して珍しくはない。

 「どこの学校にいても不思議ではないでしょうね」と多くの教員が口をそろえる。

 そんな先生と学校や教室で毎日顔を合わせるのは、子どもたちがかわいそうだ。明らかに問題がある場合は、一時的に現場から外れて、適切な指導や研修を受けるべきだろう。しかしその「問題のある教員」という判断は、いったいだれがするのか。

 だれにとって「問題がある」のかによって、評価はまるで正反対のものになりかねない。渡壁さんに対するこれまでの処分や「研修」命令に、意図的で恣意的なものがなかったと断言できるだろうか。

 渡壁さんは「学校で校長や教育委員会にもの申すと、君も強制収容所に行きたいのかと脅される時代になる」と言う。そんなふうに危惧する声は、教育関係者や保護者の中にも強くある。

初出掲載(「週刊金曜日」2001年4月13日号)

=雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります。


●写真説明(ヨコ):四街道市教育委員会から「教育公務員としての職務と責任の遂行のための研究と修養」を命じられた渡壁さんが、毎日研修を受けている千葉県総合教育センター

●写真説明(ヨコ):「まるで座敷牢に幽閉されたみたい……」。この部屋で渡壁さんは研修している=千葉市美浜区の千葉県総合教育センター内

●写真説明(ヨコ):金髪にしたのには理由があるという。「外見だけで判断しないでほしい」と主張する渡壁隆志さん


【続報1】金曜アンテナ

「金髪先生」逮捕で、公安情報を垂れ流す新聞

 本誌(「週刊金曜日」2001年4月13日号)で「『不適格教員』にされた『金髪先生』」と報じた、千葉県四街道市立南小学校の渡壁隆志教諭(四九歳)が今月八日、千葉県警公安三課と四街道署に傷害の疑いで逮捕された。渡壁教諭は市教委に「不適格教員」だとされ、今年二月から県の教育センターでの研修を命じられている。

 新聞記事や関係者の話を総合すると、容疑は「学校敷地内で教諭が自分の車を発進させたら、校長にぶつかりけがをさせた」ということらしい。新聞は「教諭が車を急発進させて校長をはねた」などと書いている。前後関係としては、校長が「親からの苦情」について、職員室で教諭に事情を聞いていたが、教諭が席を立ったので校長が追いかけて来てもめたという。

 それにしても、学校敷地内でのトラブルによる「事故」に、過激派などを担当する「公安三課」が登場してくるのは普通ではない。ところが各紙はどれも警察発表(公安情報)をうのみにして、そのまま垂れ流すような一方的な記事を書いている。「独自取材」をしたかに見える新聞も、校長や市教委の主張を何の疑いも何の裏付けもなく、そのまま書いた。

 本誌でも触れたように、授業内容や「日の丸・君が代」をめぐって、市教委や管理職との間で対立や確執が続いていたことが背景にあることは、少し周辺取材すればすぐに分かることだ。なぜ「公安三課」が逮捕したのかと記者が少しでも疑問に思えば、このような記事にはならないだろう。

 接見した弁護士によると、拘置中の渡壁教諭は「校長が車の前に立ちはだかって転んだ」などと反論しているという。同教諭が書記長を務める千葉学校労働者合同組合や、日本基督教団靖国・天皇制問題情報センターは「でっち上げによる不当逮捕である」とする抗議声明を相次いで発表した。

 渡壁教諭の授業を子どもが受けていたという保護者の一人は「全治三週間だと校長先生は子どもたちに話したそうですが、元気な様子だったと聞いています。事実がどうなのかは分かりませんが、メディアをうのみにせず、自分の目で確かめて判断しながら、成り行きを冷静に見守っていきたいと思います」と話している。

初出掲載(「週刊金曜日」2001年5月18日号)

=雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります。


【続報2】=「金曜アンテナ」をより詳細にまとめた記事を「週刊金曜日」2001年6月15日号に書きました。逮捕・懲戒免職された『金髪先生』の無念」として掲載しました。


【続報3】=今回の事件と拘置理由開示公判について、司法の観点から論じた記事を「月刊司法改革」2001年7月号に書きました。「インタビュー/司法改革」のページに「クローズアップ裁判」として掲載しました。


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