司法改革●クローズアップ裁判

「金髪先生」傷害容疑で逮捕・起訴

形骸化する拘置理由開示

被疑者の人権を守るために司法は機能しているか

 教育委員会から「不適格教員」のレッテルを張られ、学校現場を外されていた小学校教員が、傷害の疑いで逮捕・起訴された。本人は容疑を一貫して否認している。弁護士の請求に基づいて拘置理由開示公判が開かれたが、裁判官は「証拠隠滅の恐れがある、逃亡の恐れがある」などと繰り返すだけだった。「拘置理由開示公判」とはどういうものなのだろう。被疑者の人権を守るために司法はきちんと機能しているのだろうか。

●背景に管理職との対立●

 千葉県四街道市立南小学校教諭の渡壁隆志さん(四九歳)は今年5月8日、千葉県警公安3課と四街道署に傷害の疑いで逮捕された。起訴状によると、渡壁さんは同日午前8時15分ごろ、南小学校敷地内で自分のワゴン車を急発進し、前にいた高橋信彦校長にぶつけて転倒させて、腕や足などに全治3週間のけがを負わせた、とされる。

 渡壁さんは、髪の毛を金色に染めていることから「金髪先生」の異名がある。龍の刺繍が入ったジャンパーにジーパン、雪駄履きなどのラフな格好が人目を引く。四街道市教委に「問題教員」のレッテルを張られ、今年2月から県の総合教育センターで「研修」を命じられていた。

 接見した弁護士や学校関係者らによると、教育センターへ行く前に学校に立ち寄った渡壁さんは、「事件」のあった日の朝、職員室で校長から「通勤経路や保護者からの苦情」について事情を聞かれた。教育センターへ出勤しようと席を立った渡壁さんは、追いかけてきた校長と学校の玄関や昇降口でトラブルになった、という。

 新聞各紙は「『金髪先生』を逮捕」「車で校長はねて傷害容疑」などと逮捕を大きく報じた。記事はどれも、警察発表をうのみにして垂れ流すような一方的な内容だった。警察発表以外に「独自取材」をした新聞も、実際には校長や市教委の主張を何の疑いもなくそのまま書いていた。

 しかし、市教委や管理職と渡壁さんとはこれまで、授業内容や「日の丸・君が代」の問題、組合活動などをめぐって対立や確執が続いていた。渡壁さんは県教委や市教委から、合計49回の処分や指導を受けている。周辺取材を少しすれば、そういう背景はすぐに分かることだ。そもそも学校敷地内で起きたトラブルで生じた「事故」に、過激派などの捜査を担当する「公安3課」が登場してくるのは普通ではない。記者が少しでも疑問を持てば、少なくとも一面的な内容の記事にはならなかっただろう。

●具体的説明を拒む裁判官●

 渡壁さんは逮捕からずっと、四街道署の留置場(代用監獄)に拘置されたままの状態に置かれている。弁護士以外の接見も禁止されたままの状態が続く。弁護人の内田雅敏弁護士は拘置理由開示を請求し、5月25日に千葉地裁で拘置理由開示公判(白川敬裕裁判官)が開かれた。

 なぜ逮捕・拘置される必要があるのか、その理由を裁判官が被疑者・弁護人に開示(説明)するのが拘置理由開示公判だ。18席ある傍聴席は、報道記者や教員仲間、市民らで満席になった。法廷に現れた「金髪先生」は元気そうに見えた。裁判官は、警察の調書に書かれた内容をそのまま一方的に容疑事実として述べ、そのうえで「罪証隠滅(証拠隠滅)の恐れがあり、逃亡の恐れがある」などと拘置理由を説明した。

 もちろん被疑者・弁護人がそれで納得するわけはなく、弁護人は「罪証隠滅の恐れがあるとはどういうことなのか、どこに逃亡する恐れがあるというのか、具体的に説明してほしい」と食い下がった。また、被疑者である渡壁さん本人は、与えられた10分の制限時間の中で次のように意見陳述した。

 「県教委の職員とも相談して朝のうちに四街道署に電話し、任意出頭して事情聴取に協力までした。それなのに、事情聴取を終えて警察署を出ようとしたところでなぜ逮捕されなければならないのですか。(被害者とされる)校長は自分から車に当たってきて転んだのです。私からは当たっていない。事件はでっち上げで、学校を出る時に校長に押されて転んで負傷した私の方こそ被害者だ」

 渡壁さんは留置場の中から、校長らに全治二週間のけがを負わされたとして、診断書を付けて警察に被害届けを出している。校長と渡壁さんの言い分は食い違っている。

 しかし裁判官は、弁護人・被疑者いずれの主張もすべて一切はねつけ、ただ「罪証隠滅の恐れがある、逃亡の恐れがある」などと抽象的な言葉を繰り返すだけだった。

●本来の姿として機能せず●

 「拘置理由開示公判」というのは、かなり形式的なものだとは聞いていたが、しかしここまで通り一遍な対応しかしないのかと改めて驚かされてしまった。身柄を拘束するための合理的・具体的理由は、見事なまでに何一つとして説明されなかったからだ。記者としていくつもの法廷を傍聴取材したが、これほどまでに一方的で高圧的な姿勢を裁判官が示すのを見たのは初めてだった。「拘置理由開示公判」という特別な法廷だからなのだろうか。

 刑事弁護に詳しい法律家らによると、拘置理由開示は、直接的な拘置の取り消しには必ずしも結び付いていないという。しかし、被疑者は公開の法廷で意見陳述する機会が与えられ、陳述を通じて拘置の不当さをアピールすることができるし、傍聴席の家族や支援者に元気な姿(あるいは弱っている様子)を見せる貴重な場でもある。また、弁護人の求釈明を通じて、捜査当局のつかんでいる証拠や捜査状況を知るための手がかりが得られる、という側面もある。

 とはいうものの実際の開示公判は、被疑者の意見陳述の時間は厳しく制限され、裁判官は被疑事実を機械的に読み上げて、「刑事訴訟法第◯条の◯号に該当する」などと告げるだけで終わってしまうのが現実の姿のようだ。

 日本弁護士連合会(日弁連)は1999年に前橋市で開いた第42回人権擁護大会で、拘置理由開示の利用状況をまとめて公表している。それによると、1996年の1年間に利用された件数は全国で237件、1994年は336件、1989年は168件などとなっている。刑事事件の身柄拘束事件の総数から考えれば、この数字はやはり少ないと言わざるを得ないだろう。

 「どうせやってもなかなか成果が上がらないから、そういうのに労力を使うのは無駄だと考えて、弁護士が開示請求しなくなっているのは事実です」と、日弁連・刑事弁護センター事務局長の竹之内明弁護士は話す。

 拘置理由開示請求なんて弁護士の嫌がらせだ、としか受け止めていない裁判官は多いという。検事の言いなりになっている裁判官も多い。一方、地方の裁判所では、裁判官が具体的な拘置理由をある程度は説明するなど、拘置理由開示が本来の姿として機能しているところもあるという。

 だが、実際には開示公判の存在がそもそもほとんど知られていない。だから、裁判官は市民の目を意識することはほとんどないのだろう。捜査当局の取り調べをうのみにする裁判官の姿勢は、厳しく問われるべきだ。そういう意味では、弁護士がもっと積極的に拘置理由開示を請求していけば、制度そのものの在り方も変わってくるだろうと、竹之内弁護士らは指摘する。

 拘置延長期限いっぱいの5月30日、渡壁さんは傷害罪で起訴された。千葉県教委は5月31日付で渡壁さんを懲戒免職にした。地方公務員法の「信用失墜行為」に該当するというのが処分理由だ。渡壁さんが所属する千葉学校労働者合同組合は6月1日、「不当逮捕と不当解雇に抗議する」との緊急声明を発表した。起訴後も渡壁さんの身柄拘束は続いている。

初出掲載(「月刊司法改革」2001年7月号)

=雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります。

◆本稿は新聞用語に従って、「拘置」「身柄拘束」などの表現に統一して表記しています。「月刊司法改革」は法律雑誌なので、法律用語の「勾留」や「身体拘束」などの表現に統一して誌面掲載されました。被疑者・被告人に対する措置としては、「拘置」も「勾留」もどちらも意味は同じです(ただし「拘留」は刑罰の種類の一つなので別の意味になります)。


●写真説明(ヨコ):拘置理由開示公判の傍聴に集まった教員仲間や市民ら。この日の法廷で、逮捕されてから初めて渡壁さんの姿と声に接することができた=5月25日午前10時45分、千葉市中央区の千葉地裁前で


「ルポルタージュ」のページに、本稿の関連記事として「『不適格教員』にされた『金髪先生』の言い分」「逮捕・懲戒免職された『金髪先生』の無念」を掲載してあります。事件の背景などを追跡した短編ルポです。


「インタビュー&記事/司法改革」のインデックスに戻る

フロントページへ戻る

 ご意見・ご感想は norin@tky2.3web.ne.jp へどうぞ