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Share MILF -島原 吉野-

其の玖

あれは大学に入学した年……一人暮らしを始めた19歳になる年のことだ。
当然のように親に学費を出してもらった吉野は、せめて自分の小遣いくらいはと生まれて初めてのバイトに家庭教師を選んだ。
吉野にとってはラッキーなことに、家庭教師先はその家族も生徒となる少年もとても良い人達であった。
母親は吉野のような娘が欲しかったと言い、よく夕飯などもご馳走してくれた。
少年も同じ年頃の子と比べると少し幼く華奢に見えたが、とても明るく素直な男の子だった。
年齢もそれ程離れていない吉野とその少年はすぐに打ち解け、軽い冗談なども言い合える仲になった。
この年頃特有のおませな部分を多大に持った少年は、よく冗談で……
『先生はオッパイが大きくて重そうだから僕が手で支えてあげる』
などと今ならばセクハラ認定されるに違いないことを言い、吉野を困らそうとしてきた。
けれど吉野は、大学生となり大人びた態度を取りたい気持ちもあったのだろう……
『はいはい、そういうことはチンチンにお毛々が生えてから言いましょうね』
と軽くかわして、逆に少年を赤面させたりしていた。
まるで姉弟のように二人はとても仲が良かった。
けれどそんな幸せな毎日は、僅か数ヶ月ほどで終わってしまうのだ。

その日は蝉がやかましい真夏の日だった。
夏休みとなり家庭教師も無くアパートでゴロゴロしていると不意に携帯が鳴り、出れば相手は家庭教師先の母親だった。
『よ、吉野ちゃん……う、うちの子が……い、いなくなっちゃった!』
話をよく聞けば、その母親は勿論、吉野にとっても辛い現実が待っていた。
母親の話では、数日前に息子が倒れたという。
そして今日、検査結果を聞きに病院に出向いたところ、医師からやけに長く難しい病名を伝えられた後、息子の命はもって3ヶ月、長くても年は越せないだろうと言われたのだという。
そして気が付いたら息子の姿が見えなくなっていた、恐らく話を聞かれてしまったのでは、と。
とりあえず家庭教師先に向かおうと慌ててアパートを飛び出した吉野だったが、アパートを出た瞬間吉野の足は止まっていた。
アパートの前にその少年が一人立っていたからだ。
いつも満面の笑みを浮かべている少年なのに顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
小さい身体をプルプルと震わせて、恐怖に怯えていることは誰の目にも明らかだった。
そして吉野は、母親に一晩だけ息子を預かると連絡を入れ少年を部屋に招き入れた。
二人の間に会話はなく、少年はただただ咽び泣いていた。
怯える少年にかける言葉も見つからない吉野はそっと少年を抱きしめる。
少年は泣いた。
吉野の豊満な胸に顔を埋めながら、ただただ泣いた。
吉野のタンクトップが少年の涙でびしょ濡れになる。
それでも構わず吉野は少年の頭を抱き続けた。
そして、その夜……吉野は少年を男にした。
少年は涙を流しながら吉野の乳房を吸い、大きく開かれた吉野の股間にか細い腰を打ち付けた。
何度も何度も、あたかもこの世に生きた証を吉野の身体に刻みつけるように。

奇跡など起きなかった。
その年のクリスマスに少年は旅立った。
少年を見送る黒いワンピースを来た吉野のお腹には、紛れもなく少年が生を全うした証が息衝いていた。
誰もかれもが、父親は誰だ、子供を堕ろせと言ってきた。
けれど吉野は答えず、耳も貸さなかった。
大学を辞めることになっても、両親から勘当されようとも。
勘当する際、両親は手切れ金だと言い、卒業まで支払う予定だった学費を吉野に手渡した。
やがて吉野は子を産んだ。
可愛い我が子を抱く悦びを感じる一方で、その先は真っ暗な闇だった。
吉野の目の前に残高が僅かとなった預金通帳が開かれていた。
大学中退の子持ちの女。
世間の冷たさをヒシヒシと感じつつ、吉野は性風俗に身を投じることを決意した。

吉野は働いた。
子を育てるため、生活を守るため、ただただ仕事に没頭した。
勿論、抵抗がなかったわけではない、涙を流した夜も両手の指の数では足りないほどだ。
けれど全ては息子のため、吉野は遮二無二、男を喜ばせる技術を身に付けていった。
不慣れな行為も強面の店長や年配の常連客等に色々と教え込まれるうちになんとか様になってきた。
横柄な客、酔っ払いなど誰もが嫌がる客が訪れることも少なくない。
そんな相手も吉野は積極的に相手を務めた。
新米の自分はより多くの数をこなさなければ、生活を、息子を守ることなどできはしない。
どんな客だろうと、息子の顔を思い浮かべれば我慢することができる。
吉野は死に物狂いで働いた。
そして1年後、気付けばその店のNO1となり、同じ年頃のそこらのOLでは絶対に手にしえない程の大金を得るようになっていた。
仕事仲間は派手なアクセサリーに、ブランド物の服にバッグにと得たお金をつぎ込んでいたが、吉野はそうはしなかった。
家賃、光熱費、食費、託児所など、必要最低限のお金しか使わず、残り全てを貯金した。
この仕事は若いうちしかできないだろう、稼げるときに稼ぎ、蓄えられるときに蓄えなければ。
せめて可愛い我が子が成人するまでは、何不自由なく暮らせるように。
けれど吉野にとって嬉しい誤算があった。
20代半ばとなった頃、確かに年配のお客は減ってきたが、何故か若い男性からの指名が増えてきたのだ。
その中には童貞のお客が多数いた。
きっとあの家庭教師先の少年との体験が、吉野の中に息衝いていたのだろう。
吉野はそういった若い童貞の客を実に丁寧に接客した。
その童貞の初めてが少しでもいい思い出となるよう、失敗しても、早くても、童貞が満足いくまで懇切丁寧に相手を務めた。
そして気付くと『筆おろしの女神』などという愛称で呼ばれるようになっていた。
その手の専門雑誌から取材を受けたりと、図らずも吉野はその業界のプチ有名人となっていた。
しかし、これが転機を迎えさせられることになってしまうのだ。

吉野が三十路を間近に迎えるころ、確か息子は小学校の中学年だったか。
吉野の仕事が、息子の同級生の一部の親に知られることになってしまったのだ。
白い目で見られる一方、中には関係を迫ってきた恥知らずの父親もいた。
いや親ばかりではない、そんな中には驚くことに教師もいたのだ。
けれど一番辛かったのは、息子にも在る事無い事を言う輩が出てきたことだった。
吉野の目の前に開かれた預金通帳には、かつてとは3桁違いの数字が印字されていた。
それは、息子が成人し就職するまで二人で不自由なく暮らすには十分過ぎるほどの金額だ。
そして吉野はその業界からきっぱりと足を洗い、心機一転、別の地へ移り住むことにしたのだった。


「だけど……ずっと気掛かりに思っていたことがあったんです」
「気掛かり……どんなことでしょうか?」
ポツリポツリと呟くように身の上を話していた吉野の顔を高尾は覗き込んだ。
すると吉野は、今日幾たびか見せた自嘲気味な薄い笑みを浮かべていた。
「恥知らずなお父さん達や先生達です。当然お断りするんですが、その時……自分から誘っておいて、とか……色目使いやがって、とか……あは……あんな仕事をしてたから、自分でも知らず知らずのうちに男の人を誘うような、媚びを売るような態度になっちゃってたのかな、って……あはは……あんな恥ずかしいコトしてたんですもの…自業自得ですよね」
「……………………それが……」
「え?……よ、吉…原さん?…」
小さく呟きながら、隣に座る吉野の手に自分の手を重ねた高尾だった。
少しばかり驚いた様子で高尾を見上げる吉野。
「それが…………島原様の本当の悩み、ではないのですか?」
「っ…………」
高尾の視線から逃れるように吉野は俯いた。
高尾の手の下で、今の心境を現わしているかのように吉野の手が小さく震えている。
「島原様、正直に申し上げますが……ナイトサービスは書類審査だけではないのです。はい、初めてのお客様の場合、サービス提供は1週間後からとお伝えしましたが、それはお客様のことをこちらでも調べさせていただくお時間を頂戴するためでございます。そして……私は島原様のかつてのお仕事を知りました。それがどんなに清廉潔白なお考えに基づいて下された決断だったのかも」
重ねた手をギュッと握りしめる高尾。
その高尾の手の甲に、吉野の涙が一滴落ちた。
「どうかご自身を卑下なさらないでください。これまで歩んだ人生を恥ずかしいなどと思わないでください。出会ってまだ間もない私がこんなことを言っても、島原様のお心を癒すことは出来はしないでしょうが……一つだけハッキリと断言出来ることががざいます。島原様は、人としても女としても御立派にお務めを果たされているのですよ」
「お、お務め?……立派に?…わ、私が?」
「坊っちゃんです。私は、島原様の坊っちゃんと一晩を過ごさせていただきました。とても素直な優しい坊っちゃんだと思いました。あんな立派な坊っちゃんをお育てになられたこと、それは……誰が何と言おうとも胸を張れることなのですよ」
「!……ぁ…ぁぁ……あ、あり……ぅぅ……ありがとう……ございます……ぅぅ……」
高尾の手の甲にさらに何滴もの雫が落ちる。
しかし高尾はそんなことには気にも留めず、吉野の手をしっかりと握りしめる。
「恐らく島原様のお悩みは……お二つではないですか?一つは、かつてのご職業を坊っちゃんに知られること」
「っ!」
その言葉に吉野の身体がビクリと震えた。
それを今は敢えて無視する高尾だ。
「もう一つは……知らず知らずのうちに、ご自身が坊っちゃんを誘惑してしまったのではないかとお考えになられていること」
「!!!」
その言葉を聞いた瞬間、それまで俯いていた吉野がハッと顔を上げた。
そして怯えたような、それでいて睨むような視線を高尾に向ける。
それは高尾にとって恐らく予想していたことなのだろう。
高尾も応えるように吉野の瞳をジッと見据えた。
数十秒の間、二人は視線を交錯させたまま身動き一つしなかったが、やがて吉野がまるで降参でもするかのように諦めの苦笑いを浮かべたのだった。
「よ、吉原さんは……なんでもお見通しなのです…ね。ぇ、えぇ、そうです。き、きっとそうです……わ、私も…もう隠し事なく、全てを白状します…ね。わ、私は…確かにそう悩んでいま…した。い、いえ…悩みなんかじゃない……きっと…お、恐れていたのです。そ、それが…怖かったんです。ボクに……あの仕事のことを知られたらどうしよう…ボクに嫌われたらどうしよう…って……」
「…………」
「わ、私…心無い男性達から言われたことがずっと気になっていた私は、住む場所を変えてから身嗜みに凄く気を遣うようになりました。努めて肌を露出しないように夏でも胸元がしっかりと隠れた長袖のものを着て…スカートも履くのを止めました。お化粧も出来る限りせずに……少しばかりお金が溜まって当分の間働く必要が無くなったとはいえ、父親のいない家庭で母親が仕事をしていない、というのはおかしいですよね?だからパートを見つけて働くことにしたんですが、その職場とか、息子の学校とか……間違ってももう二度と男性に色目を使っているなどと言われないよう、本当に気を付けていたんですよ。も、勿論…」
「勿論?……」
「勿論、か、家庭でも…です。あは……私、家の中を裸どころか下着姿でさえ歩き回ったことないんですよ。ボクに恥ずかしい格好を見せないように……」
「その頃から……もしかしたらお坊ちゃんを惑わせてしまうかも、とお考えになられていたんですね」
静かに告げられた高尾の言葉にコクリと頷く吉野。
いまだ手を重ねている高尾の手の甲にまたポツリと吉野の涙が落ちる。
「こんな女が……あんなことをしていた女が……ボ、ボクの母親だなんて……ボ、ボクが可哀そうで……し、しかも……あれほど…あれほど気を付けていたのに……あの仕事を止めてから……お、男なんて一切近付けたことが無いのに……そ、それでもボ、ボクは……私のパンティで……わ、私のせいで……私のせいで!!あ、あ、ああああああぁぁぁぁぁぁぁ……」
今まで心に思い続けていたことを語り切ったからだろうか。
とうとう吉野はぼろぼろと涙を零しながら泣き崩れた。
今度はまるで吉野が土下座をするかのように、高尾に手を握られたまま床に顔を伏せる。
そんな吉野の背を高尾は包み込むように抱きしめた。
「島原様……先程も言いましたが、島原様が坊っちゃんを育てられたことは胸を張れることなのです。時が経てば、もしかしたら坊っちゃんが島原様のかつてのご職業を知るときが来るかもしれない。ですが!あんなにもお母様のことが大好きな坊っちゃんが、島原様のことを悪く思うわけがありません!えぇ、そんなことは絶対にありません!感謝しこそすれ、島原様のことを悪く……ましてや嫌いになることなど絶対にありません!昨晩、坊っちゃんを男の子にしてあげた私が断言します!そんなことは絶対にないのです!」
まるで怒っているかのような、かつてない程の高尾の強い口調。
思わず顔を上げ高尾を見上げる吉野。
驚いたことに、あのいつも凛とした態度の高尾の目にも薄っすらと涙が浮かんでいた。
「よ、吉原……さん?……そ、そうでしょうか?……わ、私は……あの仕事を知られても……母親でいられるでしょうか?……」
「当り前です!あの子の母親は…島原吉野!貴女しかいないのですよ!」
吉野を抱く高尾の腕に力がこもる。
その抱擁を受けた吉野の目からさらに多くの涙が溢れた。
「あ、ありがとう……ございます……ありがとう…ござ……う、う、うぅぅぅぅ…」
「それに……坊っちゃんを惑わしたかもしれないと思われていること、ですが……」
「……?……そ、それが?……」
「家でも素肌を晒すような真似はせず、常に肌を隠していらっしゃった……裸どころか下着姿でさえも……それならば、そろそろ思春期に差し掛かった坊っちゃんがたまに見かけた女性の下着……パンティに興味をそそられてしまったのは、むしろ仕方のないことかもしれませんよ?まったく女性に免疫が無かったわけですから……」
「あ…」
「島原様?これも私が断言します。坊っちゃんは正常です。切欠は島原様のパンティであれ、島原様に惑わされてあんな奇行に走ったというわけでは決してありません。どうかご安心ください」
「そ、そうでしょうか……そうでしょうか?……わ、私が……」
「島原様のせいではありません!」
きっぱりと断言する高尾。
ある意味きつい口調なのだが、吉野は何故か心が救われるような思いがするのだった。
「それに…」
「え?……それに?…」
不意に打って変わって囁くように高尾が呟いた。
思わず高尾の表情を窺う吉野。
「それに……正直、羨ましいことです。愛する息子に……オナペットにされるなんて……」
「え?」
「あ…コ、コホン……なんでもありません」
「?…」
珍しいこともあるものだ。
顔を赤らめた吉野が、呟きかけた言葉を誤魔化すように軽い咳ばらいをしたのだ。
「……ん……で、ですので、どうかご安心ください。島原様のかつての仕事も、坊っちゃんの奇行も、島原様が気に病まれるようなことでは決してないのです。いえ……これは私からのお願いでございます。どうか……どうかお悩みになられませんようお願いいたします。坊っちゃんのためにも……明るいお母様でいらしてくださいませ」
そう吉野に伝え、改めて深々と頭を下げた高尾だった。
「…………あ、ありがとう……ございます……は、はい……す、すぐに、そんな気持ちには…なれないかもしれないけど……よ、吉原さんに言われたこと……は、はい……あ、ありがとう……ございます…ぁ……ありが……ひっく…ぁぅ……ぅぅぅ…」
泣き崩れる吉野に抱き竦める高尾。
互いの体温を感じつつまるで吉野の心の傷が癒えるのを待つかのように、暫しの間そこに佇む二人の熟女であった。

「あ…ありがとう…ございました…す、少し…落ち着くこと…できまし…た…」
暫くして吉野が身体を起こす気配を見せた。
高尾はそれを補助するように吉野の両肩に手を添え共に身体を起こす。
吉野の表情は、確かにどこか吹っ切れたような涼やかなものに思えた。
それを見てホッと胸を撫でおろしつつ、優し気に微笑んだ高尾だ。
「……本当に…大丈夫そうですね。安心いたしました」
「は、はい…ご心配おかけして申し訳…」
「島原様」
吉野が謝罪の言葉を口にするや否や、それを遮るように高尾が口を挟む。
「繰り返しになりますが私共のモットーは『働くミセスを応援する』です。島原様のお役に立てたのならそれが本望。私共に謝罪の言葉など必要ありません。『ありがとう』と一言くださっただけで満足でございます」
毅然とした態度で、それでいて菩薩のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべる高尾。
そんな高尾を眩し気に見つめ、何度も感謝の言葉を口にする吉野だ。
「…あ、あぁ……ほ、本当に…ありがとう……ありがとう……ございま…した…」
「あ、これではまるで、私が『ありがとう』を強要したみたいですね……うふふ…」
「い、いえ、そんな……ご、ごめんなさい、そんなつもりで…」
「ほら、島原様、また謝っていますよ」
「ご、ごめんな……あ……い、いやだわ私ったら……あは…あはは…」
少し前の重苦しい雰囲気もどこへやら。
しばし見つめあい微笑みを零しあう二人だった。
「ふふ…やっと笑顔になられましたね……さて、それでは『ご報告』の続きを……」
「え?…あ……あの……ちょ、ちょっと……」
「はい?…なんでございましょう?」
報告を再開しようとした高尾をふいに吉野が呼び止めた。
見れば、どことなく表情に赤みがさしている。
それは今までのような切羽詰まった様子ではなく、敢えて言うならばもじもじとしたどこか恥ずかし気な表情だ。
「どうなさいました?島原様…」
中々喋ろうとしない吉野に高尾が声を掛ける。
すると吉野は、やはり恥ずかし気な面持ちで躊躇いがちに口を開いた。
「あ、あの……ま、また……そちらのサービスをお願いしても…よいですか?」
「え?……はい、それは勿……」
「あ、あの!ま、また……よ、吉原さんにお、お、お願いしたいんです!」
「え?」
高尾の返答をさえぎるように言葉を重ねた吉野。
その態度や表情は、あたかも少女が少年に恋の告白でもするかのようだった。
「どうされました?島原様……サービスのご提供は勿論、私が担当することも構いませんが……ただ…」
「ただ?」
「坊ちゃんには、当分の間、シェアミルフは必要ないかと……」
「い、いえ…いえいえ、違うんです!ボ、ボクのことじゃなくて…」
「?……」
意図がつかめず小首を傾げる高尾。
少々慌てすぎてしまったか、一つ小さな深呼吸をして気を落ち着かせてから吉野は高尾に真意を伝えた。
「あ、あの……ま、また…吉原さんと…お、お話をさせていただきたいんです……な、内容はなんでも…なんでもいいんです。ま、また…ちょ、ちょっと落ち込んだ時とかに…わ、私の、ぐ、愚痴とか。き、聞いてもらいたいなって……あ、あの、も、勿論、シェアメイドのお代は……」
「島原様…」
「は、はい!」
しどろもどろではあったが、吉野のいうことは理解できた高尾だった。
つまりは、話し相手としてシェアメイドを利用したいということなのだろう。
確かに吉野の想いはそれだった。
これから先、自分が何かに思い悩み先に進むことができないような時に、また高尾に相談させてもらいたい、力になってもらいたいと思ったのだ。
しかし高尾は、顧客にここまで信頼された喜びを感じながらも吉野の期待に沿わない答えをする。
「吉原様、誠に申し訳ございませんが、シェアメイドではそのようなサービスは提供しておりません」
「え?……あ…あの…」
「ただお話しをするだけ……それが働くミセスを応援することになるとは思えませんし、またそもそもそんなことでお客様からお代金をいただくことなどできません」
高尾ならば了承してくれるだろうと、ただ漠然と思っていた吉野だった。
けれど確かに言われてみればその通りかもしれない。
ただの話し相手になるために貴重な時間を費やすなど……
「あ……そ、そうです……よね……あは、やだ私ったら、な、何言ってるんだろ……ご、ごめんなさい……そ、そうですよね……そ、そんな時間、あるわけないですよね……よ、吉原さんは、と、とても、忙しい方なのに……」
誤魔化しの作り笑いを浮かべる吉野だが、震える肩がその落胆の度合いの大きさを示していた。
が、その落胆は次の高尾の言葉で一瞬にして消え去るのだ。
「ただし……それはあくまでもシェアメイドとしては受けられない、という意味です」
「え?……シェアメイドとして……って?」
今度は吉野の頭にクエスションマークが浮かんでいた。
そんな吉野に優しく微笑みながら、言葉の意味するところを補足する高尾だった。
「つまり、話し相手になる程度のこと、お仕事としては受けられないという意味です。だって……そんなこと、ただお友達になれば済むことじゃないですか」
「え…と、友…達?…」
「はい、お友達です。私と島原様がお友達になれば相談事や悩み事、そんな話をするのは当たり前になりますよね?お友達ならば…そうは思いませんか?」
「あ……は、はい……と、友達……なら……そ、そうです…ね……で、でも…」
急な展開に頭がついていかない吉野だった。
驚きと喜びと戸惑いと……いろんな想いや感情が入交り、心と頭が混乱してしまった吉野だった。
「でも?なんですか?……島原様は、私とお友達になるのはお嫌でしょうか?」
「そっ!そそそ、そんなことな、な、ないです!こ、こここ、こちらからお願いしたいくらいですっ!……た、ただ…」
「ただ…なんでしょう?」
「わ、私みたいな女が…よ、吉原さんの友達、だなんて…あ、あんな仕事をしていた女が…」
「島原様!」
「ひっ!」
まるで叱責するかのようなトーンで高尾が吉野を呼びかけた。
思わず首をすくめてしまった吉野だ。
「先ほど申しましたが…かつてのご職業のこと、どうかお悩みにならないでください。ご自分を卑下なさらないでください。それに……実は私の方こそ、島原様とお友達になりたいと思っているのですよ」
「え?よ、吉原さん…が?」
驚きというよりは呆気にとられた様子で高尾の顔をうかがう吉野。
そんな吉野にゆっくりと高尾は首を縦に振った。
「島原様は…きっと私などが想像する以上に波乱万丈な人生を送られてきたのでしょう。そんな貴女に…かつてのご職業のことも含め是非お話を聞かせてもらいたい。私などでは窺い知れないほど深く濃い人生を歩んでこられた貴女に、私の方こそ色々とご教授いただきたい、私はそう思っているのです」
「そ、そんな……か、買いかぶり…過ぎです…私なんて、そんな…」
「それとも…やはりかつてのご職業に触れられるのは、お嫌でしょうか?」
「い、いえ、そんなこと…ないです…よ、吉原さんになら…な、なんだって…聞かれても……で、でも…ほ、本当に…本当に…私と…と、友達になってくれるんです…か?…こ、こんな私と…友達に…」
「はい、是非……え?…し、島原様…ど、どうしたんですか?」
珍しく高尾が慌てた素振りを見せた。
なぜなら吉野の瞳からポロリと大粒の涙がこぼれ始めたからだった。
「わ、私……と、友達なんて……こ、子供の…が、学生の頃しか……そ、それも…い、家を追い出されてからは…み、みんな疎遠になって……も、もう十数年…と、友達なんて…ひっ…ひっく…うぅぅ…」
その言葉だけで吉野の想いを高尾は理解した。
ただ生活のため子供のため、本当にそれだけのためにここまで生きてきたのだろう。
自分のことなど何も考えず、ただそれだけのために……高尾は、俯き涙を流す吉野を正面からそっと抱いた。
ピクリと身体を震わせた吉野だったが、それ以上特に抵抗の素振りもみせず高尾の肩の辺りに額を預ける吉野。
その吉野の耳にそっと高尾が囁いた。
「私とお友達になってくれますね?」
「……はぃ…はぃ……よ…よろしく…ぉ、ぉ願い…しますぅ……ぅぅ…」
またしてもしばし無言で抱き合う二人だった。