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Senior Mania -landlady-

其の伍

数十分後、わたるは食堂にいた。昨晩と同じ席に座ったわたるの目の前には、朝食(実際には昼食の時刻だが)というには、あまりにも豪勢な食事が並べられている。なるほど、やはり女将の料理の腕は大した物だ。けれどもわたるは思うようにそれらを食べることが出来ずにいた。何故なら…。
「坊や、一杯食べてよね。昨日の晩は残しただろ。あたし、料理は得意なんだよ」
などと言いながら、女将がわたるの目の前の席に座り、わたるが食事をするのをじっと観察していたからだ。
「う、うん…わ、わかり…ます。これを見れば…女将さんが料理が得意だってこと…」
他人にじっと見られながらでは、食事も思うように喉を通らない。ましてや、わたるには女将に対して後ろめたさがある。
(な、なんで、女将さん…じっと僕のこと見てるんだろ?…け、今朝のこと…ま、まさか…ばれてるんじゃ…)
女将に、自分のした「わるさ」を見透かされているような気がして、わたるはゆっくりと食事をするような心境になれなかったのだ。暫くの間、わたるにとって気まずい時間が流れた。
「ところでさ、坊や…何時に帰るんだい?」
わたるが何とか半分ほど朝食を食べた頃だろうか、突然女将がそう聞いてきた。
「え?…ええっと…べ、別に時間は決めてないですけど…あ!…そ、そうか…そ、そうですよね。本当ならもう…ご、ごめんなさい…こ、これ食べたらすぐに出て行きます」
いまの時刻は午後1時。てっきり、チェックアウトを催促されていると思ったわたるだ。けれどそれは間違っていた。
「え?…アハハ…違う違う。そうじゃないよ…別にいいんだよ。何時までいてもらってもさ」
「え?…で、でも…迷惑じゃ…」
「言ったろ?…今はそんなに忙しくないって…それに今日は…アハハ…寝坊しちゃったしね。玄関もまだ開けてないよ…フフ…まぁいいか。お客さんも来る予定はないし…今日は休業だよ。だからさ…坊や、ゆっくりしていきな」
「で、でも…」
「いいんだよ…実はさ…坊やにちょっと申し訳ないって思っててさ…」
「え?…」
「坊や、昨日ゆっくりお風呂入れなかったんだろ?…あの酔っ払い達がいてさ…」
「え?…ま、まあ…」
「だからさ、もう一度ゆっくりお風呂に入っていきなよ…今日は絶対に誰もこないからさ」
「は、はい…」
元々女将に対して後ろめたさを感じていたのはわたるの方である。その女将に申し訳ないなどと言われてばつの悪さを感じたわたるは、素直に女将の言うことに従うことにした。

(わぁ…やっぱり気持ちがいいや…)
再び風呂に入りに来たわたるは、改めてそのすばらしさに感心した。檜の良い香りがたちこめる浴室。窓からさしこむ暖かな日差しは、檜の色を艶やかに輝かせている。そこはとても静かで、ときおりピチャ、ピチャと天井から湯気の雫が落ちる音しか聞こえない。そんな心地の良い広い空間に、今度こそは本当に一人きりなのだ。
(まったく、デブ・ハゲコンビさえいなければ…ずっと、このお風呂は僕の貸し切りだったのにな…でも…もういいや…最後にこんな気持ちの良い思いが出来たんだから…)
堂々と身体を伸ばして浴槽に身を沈めるわたる。心から檜風呂のすばらしさを堪能していた。
(ゴトン…ゴトゴト…)
その時だ。わたるの背後・脱衣所の方から不意に奇妙な物音が聞こえてきたのは。
「!…ま、まさか…」
慌てて身体を起こし、浴槽の淵に身を隠すようにするわたる。またしてもあのコンビが…昨日の嫌な出来事が脳裏に浮かぶ。不安を抱きながら、わたるは恐る恐る脱衣所の様子を覗った。すると…。
(ガラガラガラッ!)
ついに、入口の引戸が開けられた。
(!!!)
わたるは目を疑った。何故なら、いま勢い良く開けられたのは、わたるが様子を覗っていた『男』の脱衣所の入口ではなかったからだ。それは『女』側の入口だった。そしてそこから現れたのは、間違いなく女将の姿だったのだ。
「どうだい、坊や?…湯加減のほうは?」
あっけらかんとそう言いながら、女将は浴室に入ってきた。
「お、お、おか…」
「なんだよ、坊や。何、慌ててんだよ?」
素っ裸で風呂に入っているところに(当たり前だが)、突然女性が入ってくれば、わたるでなくても驚くのも無理はない。しかし女将はそんなことにはお構いなしの様子だ。
「お、お、女将さん…な、な、なにか?…」
「ん?…昨日さ、お風呂入ってないんだよね。ほら、酔っ払ったまま寝ちゃっただろ?…でさ、折角だから坊やとでも入ろうかと思って…う〜ん…やっぱり迷惑?…坊やは一応、お客さんだもんね」
相変わらずわたるは普通の客のようには扱われていないらしい。けれど、そんなことは今のわたるにはどうでもいいことだった。
「で、でも…お風呂に入るって言っても…お、女将さん…き、着物、着てるじゃないか」
そうなのだ。風呂に入ろうとしているにも関わらず、女将は全裸ではなかったのだ。女将は、薄手の真っ白な着物を身につけていた。
「ああ、これかい?…坊やの歳なら知らないのもしょうがないね。これはね、湯具さ…ゆかたって言うんだけどね」
「ゆ、ゆぐ?…ゆかたって…ゆ、浴衣?…」
「ゆかたって言っても、普通の浴衣じゃなくてね。昔のひとは、入浴する時にこういうの着てたんだよ」
「そ、そ、そうなんだ…」
女将の説明に返事をしたものの、そのまま黙り込んでしまったわたるだった。
「ん?…なんだい、坊や?黙り込んじゃって…やっぱり、邪魔だったかい?」
「そ、そんな…邪魔だなんて…そ、そんなこと…ない…です…けど…」
「けど?…」
「………」
女将との混浴。わたるにとってこんな嬉しいシチュエーションはない。何しろ女性との混浴を夢見て、この宿にわたるは泊まりに来たのだから。けれども当のわたるが全裸なのにも関わらず、女将はゆかたなるものを身につけているのだ。
(こ、こ、困るよぉ…こ、これじゃあ…ぼ、僕だけ、女将さんに見られちゃうじゃないか…は、恥ずかしいよぉ…)
わたるは恥ずかしくて仕方なかったのだ。2人とも全裸であるならば、わたるも諦めがついたであろう。もっとも女将が何一つ身にまとっていなければ、羞恥に身を震わしている暇もなかったかもしれないが…。
「けど…なんだよ、坊や」
「…い、いえ…な、なんでも…ない…です…」
「なんだよ。おかしな坊やだねぇ…まぁ、いいか。じゃあ、お邪魔するよ…」
「…は、はい…ど、どう…ぞ…」
女将は手桶にすくった湯を自分の肩から浴びせかけると、よくいの裾がはだけないよう手で押さえながらきっちりと両足を揃えて浴槽の淵に腰掛けた。湯につけた脚を軽く円を書くように動かす女将。その女将からまるで逃げるように反対側の浴槽の淵まで移動するわたるだ。わたるは湯船の中だというのに正座をすると、両手をしっかりと個間の上に置いた。そんなことをしなくても湯の中のわたるの股間など、もともと女将からは見えはしないのだが。
「なんだよ坊や。そんな遠くに行くことないじゃないか」
「い、いえ…その…こ、こっちのほうが…あの…窓に近くて…その…景色がいいから…」
「景色?景色っていっても、坊やはこっちを向いてるじゃない」
「え、あ…その…」
女将が浴室に入って来た時から気が動転しているわたるだ。満足にこの場を取りつくえるわけもない。
「ホントにおかしな坊やだねぇ。そういえば坊や、朝から…あたしの部屋にいた時から、なんか様子がおかしかったよね。どうかしたのかい?」
「え?そ、そ、そんなこと…な、ないです…な、なんでもない…です…」
「そうかなぁ?…クスッ…まぁいいか。何でもないってことにしといてあげるよ…ウフフ…」
女将は何故か含み笑いをしながらそう答えた。怪訝そうに女将を見るわたる。この時、そのわたるの視線を知ってか知らずか、女将はわたるの動揺をさらに激しくさせる行動を起した。
「あ〜…いい湯だ…こんなの着てたら、ちょっと熱いねぇ…」
そう言いながら女将は、ゆかたの胸元を大きく開くと両肩を大胆に露出させたのだ。ほぼ水平に開かれたゆかたの襟元は、女将の豊満な胸の頂点付近にとりあえず引っかかっているといった状態だ。もう数センチずり落ちれば、きっと乳首が見えてしまうに違いない。
「お、お、おか…おか…み…さん…」
女将の大胆な姿に呆然とするわたる。しかし女将の行為はまだ終わっていない。今度はゆかたの裾を摘むと大胆に左右に開いたのだ。わたるの目前に晒される、ふくよかで真っ白な2本の太腿。まるで超ミニスカートの女性が椅子に腰掛けているような光景となった。
「お、おか…おかみ…女将…さ…ん…」
わたるは目が飛び出るほどの思いだった。すでにゆかたは女将の裸体に纏わりつく布きれのような存在でしかない。
「ふぅ…あ〜気持ちいい…ん?…ウフフ…なんだい、なんだい坊や。なに、ポカンと口開けてるんだい?…フフ…ウフフフフ…」
わたるの視線は、女将の半裸の虜になっていた。けれど女将は、そんなわたるの視線などどこ吹く風といった様子だ。
「どうしたんだよぉ?…ねぇ?坊やぁ…ウフフフフ…」
女将の微笑みが、いつしか淫靡なそれになっていた。女将の呼びかけにハッと我に返るわたる。
(あ、や、やば…)
わたるは焦った。女将の挑発とも言える行為に、自分の股間がムクムクと膨張していくのがわかったからだ。
(や、やばい…いくらなんでも…こんな状況で勃起しちゃったら…)
しかし、そんな心配は無用だったのだ。次の女将との会話で、その膨張は見事にストップさせられることになるのだから。
「ところでさぁ、坊や?」
「え?…な、なに?…」
「もうセンズリしたのかい?」
「…え?…」
その一瞬、耳を疑ったわたるだ。まさか聞き違えだろうと、女将の顔に懐疑的な視線を送る。
「…え?…な…なに?…」
「センズリだよ。セ・ン・ズ・リ。もうセンズリしたのかい?…坊や」
「…え?…セン…センズ?…え?…ええっ?!」
やはり聞き違えではなかった。女将は間違いなく『センズリ』といったのだ。自分に『センズリしたのか』と聞いてきたのだ。突拍子もない女将の質問に、目を丸くして驚きの声を上げたわたるだった。
「アハッ…なに驚いてんのさ、この子は。ねぇ、どうなんだい?今日はもうセンズリしたのかい?」
「な、な…な、なに言って…」
「ねぇ?どうなのさぁ?…もうしたんだろ?センズリ?」
何故そんなことを女将が聞いてきたのか、わたるには知る由もない。けれど、女将は勝手にわたるがセンズリしたと決め付けようとしている。わたるとしては、勿論黙ってそれを認めるわけにはいかない。唇を震わしながらわたるは反論した。
「きょ、今日は…し、してない…い、いや…その…し、してないよ!…も、もともと、そ、そんなこと…そんなこと…し、したことないよ!」
今日オナニーをしていないのは本当だ。けれど勢いあまって、つい嘘までついてしまったわたるだった。昨晩同様、多感な中学生としては年上の女性に『センズリしている』などと思われたくはなかったのだ。
「アハッ…いいんだよ、惚けなくたって。ホントはいつもセンズリしてんだろ?坊やはさ…ハハハッ…」
わたるの言葉になど耳を貸そうともしない女将だ。目を細め、わたるをからかうように薄ら笑いをしている。その女将に向って、ムキになって声を張り上げるわたる。
「そ、そ、そんなこと…し、してるわけないだろ!お、女将さんだって…女将さんだって昨日、言ってたじゃないか!…ぼ、僕は…そ、その…ぼ、僕は…こ、子供だからって!」
昨夜の酔っ払い達との言い争いからもわかるように、わたるは子供扱いされるのが大嫌いだ。自分で自分のことを『子供』などと…本来は、こんなことは言いたくはないのだ。けれど『いつもセンズリしている坊や』よりは、まだ『子供』の方がましだと考えたわたるだった。
「こ、子供だから…セ、セン…セン…ズリ…なんてしてるわけないって…お、女将さんだって言ってたじゃないか!」
わたるは、言い終わった後にハァハァと肩で息をするほど大声を張り上げた。そんなわたるの必死の形相に驚いたのか、女将の顔からあの薄ら笑いが消えた。
「……」
「……」
女将を睨みつけるわたる。その厳しい視線を戸惑いの表情で受け止める女将。二人の間に妙に緊張した空気が流れた。ところが…。
「………クスッ」
神妙な顔をしていた女将の口元に僅かに笑みが浮かんだかと思うと、それは段々と大きくなり、ついには高笑いに変わっていったのだ。
「クスッ…クスクスクスクスクス…アハッ…アハハハハッ…アッ〜ハッハッハ…」
「……」
しばらくの呆気に取られていたわたるだった。けれど、右手の甲を口に当てて高笑いをする女将を見ているうちになんだか無償に腹が立ってきた。
「な、何が…何が可笑しいのさ!」
先程よりも更に大きな声で女将を怒鳴りつけるわたる。しかし、わたるの悪あがきもこれまでだった。ついにわたるが女将に引導を渡される時が来たのだ。
「アッ〜ハッハッハ…いい加減にしなよ、このスケベ小僧が…フフフ…」
急に女将の口調が冷ややかになった。
「え?…」
「なにがしてないだよ。してるんだろ?センズリ。まったく、嘘ばっかり言って…しょうのないスケベ小僧だねぇ」
「な、なんのことさ…そ、それに…ス、スケベ小僧だなんて…」
「はぁ…まったくねぇ…あたしが気付かなかったとでも思ってんのかい?」
溜息混じりのこの女将の言葉に、わたるはピクッと身を震わした。
(…え?…な、なんのこと?…ま、まさか?…)
みるみるうちにわたるの表情は戸惑いのそれになっていった。わたるの心に暗雲が立ち込める。そう。わたるには確かに心当たりがあったのだ。