MORROWIND プレイ日記

呪文剣士マジーム Majim のスチャラカ冒険記 その2


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◆ 種月20日 (5日目)

 まぶしい朝陽が昇ってきた。 旅立つにはいい朝だ。

 俺が昨晩、地図を眺めていると、セイダ・ニーン〜バルモラ間の街道に「ペレジアド」という街があることがわかった。
 帝国風の名前が付いたその街なら、「泥蟹の甲羅」なんぞではなく「冷たい鉄」で出来た馴染み深い鎧や、手頃な刀があることだろう。
 セイダ・ニーンからはそう遠くもないので、足を伸ばしてみることにした。

 俺が村役場から出ると、村はざわついている。
 「何かあったのかい?」 俺はダーク・エルフのおばさんに話しかけた。 彼女は他のダーク・エルフ同様ぶっきらぼうだが、ここに来たときから親身にしてくれる女性だ。
 「ふん。 役場の収税吏が行方不明になったんだとさ。」 彼女は勢いよく鼻を鳴らした。 「夜盗にでも襲われたのかもしれないねぇ。 別に『あいつ』がどうなろうと知ったこっちゃないけど、また税金を払わなきゃならないとしたら、事だわさね」
 みんなが心配しているのは、収税吏殿の行方ではなくて「税金の行方」らしい。 もっともだ。
 「ま、心配はしてないけど、あんたも気を付けるんだよ」 と言うおばさんに手を挙げながら、俺はセイダ・ニーンを発った。

    *        *        *

 毒虫を追い払いながら、薄暗い森や沼に隠れて見辛い街道をしばらく歩いていると、左手に海が見える高台に出た。
 ……おいおい、ちょっと待てよ。 ここらで左手に見えるのは「山」のはずじゃないか?
 あわてて懐から地図を出して街道の線を指でたどる。
 どうやら、途中で分かれ道に気付かず、西よりの街道を歩いてきちまったらしい。 まいったな。

 あわてて道を引き返そうとしたとき、空から『悲鳴』が降ってきた。

 「 うわーーーーーーーーーーーーーーーーーっ 」

 ドサリ、と大きな鈍い音がした場所に駆けつけると、一人の男が倒れている。
 慌ててかかえ起こしたが、もうすでにこと切れていた。
 も、もしや、これが今、行方知れずになっている収税吏か?

 青い山高帽をかぶり、青いローブを着込み、本を抱えている収税吏……なんぞ聞いたこともないので、彼は見たとおりの”魔法使い”だろう。 (いや、魔法使い「だった」のだろう)
 いったいコイツに何があったのか探るべく、失礼して懐の日記を拝見させてもらう。

 『もう奴らに馬鹿にされることはない! 最高の飛行呪文が完成した!』

 ………なるほど。 自ら最高の出来、と思った呪文で失敗しちまったのか……。 少々間抜けな奴だが、同じく失敗を重ねる まじない師である俺は、笑うことが出来ねえ。

 俺は、彼の身体を街道の脇に埋め、墓碑の代わりに彼の日記を置いた。
 知り合いが居たら形見の品として渡そうと、彼の持っていた帽子と刀と巻物は背嚢に納めた。

    *        *        *

 「さあ?」
 セイダ・ニーンに戻り、魔法使いのことを訪ねると、皆は首を傾げた。

 「さあ、って、空だって飛べる魔法使いだろう。 知らないのか?」 俺が言うと、よろず屋の親爺は一所懸命に頭を振り絞った後に答えた。 「知りませんなあ……」
 親爺は言葉を続ける。 「ここいらにゃ、盗人ももちろんですが、研究に没頭して隠れ棲んでいる魔法使いもいるらしいんですよ。 その一人一人までは、ねえ……」
 それじゃ、あの魔法使いもその一人、ってわけかい。
 俺は孤独な魔法使いの一生に思いを馳せた。

 魔法使いの刀を見ると、俺の刀よりは小振りだが、小さな雷の呪文が封じ込めてあった。 ちょいと気は引けるが、この形見の品はありがたく使わせていただくことにしよう。
 転落事故を引き起こした魔法の巻物は、使うのはゾッとしない。 とりあえずしまっておくことにした。

    *        *        *

 改めてセイダ・ニーンを発ち、ペレジアドに付いたのは昼時だった。

 ペレジアドは山あいに建つ、帝国風の小さな街である。
 最近出来た街なのだろう。 砦の周りには木と石の新しくて小ぎれいな建物が並び、通りには大ざっぱに石畳が敷いてある。
 いかめしい帝国の護民兵は多いが、武骨なこの街は気に入った。

 バルモラとは全然違う小さな通りを歩いていると、俺と同郷のノルド族の男に出会った。
 この地に来てから初めての同族だ。 嬉しくて思わず声をかける。
 「おう」 「おう」
 ノルド族は大抵、無表情で寡黙だ。 だが、相手も同様に嬉しかったらしく、軽く笑みをうかべている。
 「旅か」 「旅だ、お前は」 「仕事を探している」
 彼はノルド族にしても相当な体格で、腰から長剣を下げている。 新しい街だ、荒い仕事なら簡単に見つかるだろう。
 「旅なら酒場か鍛冶屋に行け」 「あるのか?」 「そこだ」 「助かる」
 俺は彼に別れを告げ、良い刀と鎧を揃えてあると言う鍛冶屋へ向かった。


 鍛冶屋は、大柄で無口な壮年の男だった。
 店の棚には刀と鎧が種類ごとに整然と並び、作業場の金床には修繕途中の斧が置いてあった。
 「鎧を見たい」 俺が言うと、鍛冶屋の親爺は黙って品々を棚から下ろし、目の前に並べ始めた。 鎧は、鎖かたびらをはじめ、兜、肩当て、小手、具足、などなど、護民兵のものではない帝国正規軍の装備一式が、ほぼ揃っている。
 何故、正規軍の装備があるのか訊ねると、親爺は「当然」と言った風に肩をすくめた。

 「ここは『帝国教団』の街。 あたりまえさね。」

 げッ。
 俺は帝国だろうが何だろうが、宗教だの教団だのってのは、なるべく近付かないようにしている。 先ほど言った「気に入った街」ってのは撤回。
 こりゃ、とっとと買い物を済ませてバルモラにカシを変えた方がよさそうだ。

 だが、せっかく足を伸ばしたのだ。 鎧だけは買って行くことにする。
 鉄の小手はちと重い。 自分に合う、肩当てと具足を揃えた。
 ちょいと変わった形をしているが、軽くていい具合の兜があったので、こいつもいただく。

 フム。 試しに兜を付けてみる。
 ……しかし、壁の盾に映った自分の姿を見て、おったまげた。 自分の顔も見えねえ、まるで虫の仮面じゃあねえか。
 これじゃあ顔見知りの人間でも、飛び上がって逃げちまうだろう。
 すぐさま突き返すと、親爺はじーっとその兜を見て、黙って自分でかぶった。
 「………………。」
 「………………。」
 しばしの間、俺と、虫の顔した兜を被った鍛冶屋の親爺は、無言で見合う。
 ……………もしかしたら、親爺はこの兜をものすごく気に入っていたのかもしれない。 悪いことをした。

 詫びの代わりにもういっちょ、何かを買うことにした。
 ふと机の上を見ると、何かから削りだしたような骨張った盾が置いてある。
 奇妙な形と光具合だ。 さっきの兜と同じ材料で出来ているモンだろう。
 堅さの割に値段は相当安い。 即金で購入した。
 …………が。

 「親爺! 壊れかけてるぞ、これ!」 俺は叫ぶ。
 「直せ。」 虫仮面の兜の中からくぐもった声で、鍛冶屋は言った。
 「わかった。 打ち直してくれ。」 ここは鍛冶屋だ。
 「金貨300枚。」 ば、ばかやろう。
 「新品の方が安いじゃねえかっっ!!!」
 「そうだな。」
 「………………。」
 「………………。」

 微妙な空気を感じて、室内警護の護民兵が、つと近付いてきた。
 ここは、お互い「いい取引をした」と思いこんで、別れることにした。
 「またのお越しを」 悪意もなく鍛冶屋の親爺が言う。
 二度と来るか、の言葉を飲み込んで、俺は店を出た。


 陽はまだ高い。 急ぎ足で歩けば夕暮れにはセイダ・ニーンへ戻れるだろう。

 「なあ君。 帝国親衛隊(レギオン)に入らないか。」
 街を出ようとした俺に、こちらを見ていた帝国軍人らの一人が親しげに近付いてきて、耳打ちをした。
 冗談だろ。 と、思ったが、よく考えれば無理もない。 頭のてっぺんから足の先まで帝国軍の装備で身を固めている男だ。 親帝国派に見えるだろう。

 しかし何故、教団の土地で親衛隊が?
 「親衛隊(レギオン)は、帝国教団を守る役目も承っているのだよ。」
 なかなか面白い話を聞かせてもらった。
 どうやら帝国教団は帝国の宗教文化を新しい土地に根付かせて統治し易くし、親衛隊がそれを守る手足、というわけらしい。 (そして諜報機関『ブレード』は目と耳だ。)
 話をしてみると彼らは、武辺張ってはいるが真っ直ぐな、戦士として気持ちの良い連中だった。 ウワサに聞くような皇帝の犬 ── 私兵集団ではないようだ。

 個人的には気に入ったが、俺は帝国側にも現地側にも寄るつもりはないので、しごく丁寧にお断り申し上げた。
 彼らも軽い気持ちで誘ったらしく、あっさり 「残念だな。」と言って離れていった。

    *        *        *

 セイダ・ニーンに帰ってきたのは、陽も傾いた頃だった。

 村に切れ込んだ海辺では、護民兵たちが腰まで海に浸かっていた。
 「どうした?」 俺が、きしむ音を立てる橋の上から大声で訊ねた。
 「おお。 行方不明になった収税吏のプロセッサスを探しているんだがね……… こいつ!」
 彼が剣を振り下ろした先には、凶暴な甲骨魚がいた。
 護民兵も大変だ。 ここらの凶暴な魚介類から村を守りつつ、起こった事件も解決せにゃならん。
 「んじゃ、俺は山の方を探してみますわ。」 お人好しにも、俺は叫んだ。
 護民兵は黙って、少々大きな甲骨魚と格闘していた。 ご苦労さん。


 収税吏が仕事を終えて、セイダ・ニーンを離れた後に行方不明になったとしたら、それは次の街へと向かう街道沿いだろう。
 俺は山あいの大きな岩の上に立ち、辺りを見回した。
 ………それらしき影は、見あたらない。

 もうちょい街道沿いに北へ登ってみるか。 そう思って下を向いた俺は、おったまげて滑り落ちそうになった。
 俺の立っていた岩の割れ目の間に、奇妙な具合にねじれた男の身体があった。
 猫そこのけに岩を滑り降りて確かめてみると、……死体だ。

 魔法使いの死体を見たのは、今日の朝だっけか? もうあれから何日も経った気がする。

 冷たくなった男の身体を探ると、羊皮紙にしたためた納税記録と、何百枚もの金貨があった。
 間違いない、こいつが行方不明の収税吏、プロセッサスだ。


 俺が、このことを村役場に届け出ると、役人は大げさなほど嘆き悲しんだ。
 「………で、金は、無事だったかね?」 役人は俺をすかすように眺める。
 別にガメるつもりはなかった俺は、収税吏の持っていた金をむっつりと机に置いた。
 どうやらこちらの方が心配だったらしい。 役人はとたんに上機嫌になった。
 「いや、感謝するよ、実際……」 役人は白い髭をしごいた。 「君のような正直者に見つけてもらって。」

 役人は続けた。 「しかし、だね。 殺した奴が金に手を付けていない、というのは大いなる謎、だと思わないかね。」
 確かに夜盗なら身ぐるみ剥いで行くだろう。 怨恨、という線もあり得る。

 役人は、興味を引いた俺の表情を見逃さなかった。
 「犯人を見つけだして……、うん、倒してくれれば、金貨を500枚、払おうじゃないか。 どうだ、君?」

 倒す? 殺すってことかい。
 役場なら、見つけてお縄にするなら解るってもんだが、いきなり殺すってのは穏やかじゃねえな。
 ちょっと解せないが、とりあえず犯人を見つけることは承諾した。
 金貨500枚か、ヒュウ!


 やれやれ、長い一日だった。
 朝から夜にかけて2つの死体とご対面。
 そして明日から殺人事件の犯人探し。
 役場地下の粗末な寝床に身体を横たえると、俺はすぐに眠りに入った。




◆ 種月21日 (6日目)

 今日の朝も昨日と同じく、憎らしいほどの青空だ。

 昨日の事件は、狭いセイダ・ニーンにすぐ知れ渡ったらしい。
 村中、その噂で持ちきりだ。
 俺は犯人探しの為、村人に聞き込みを始めた。
 住人の中に犯人はいなくとも、ちょいとした手掛かりくらいはつかめるだろう。

 「やっぱりね。」
 俺は、聞き込んだ連中のそんな言葉に鼻白んだ。
 プロセッサスの死に、同情的な者は一人もいない。

 「いつかはこうなる、と思っていたさね。」 おばさんが、物憂げに言う。
 「あたしらの稼ぎじゃ払えないくらいの金をもぎ取ってさ。 無理な取り立てで頭に来ている若い連中もいたし。」
 はねっかえりのダーク・エルフ娘も割り込んできて叫ぶ。
 「そう!そう! だいたいさ、大金とった帝国があたしらに何を ──」
 娘はおばさんに目で制されて口をつぐんだ。

 「俺は、別に帝国の者じゃないよ。」 俺は口を曲げて笑う。
 ── まぁ、正確に言えば、『ブレード』の構成員という立派な帝国側の人間なのだが、とりたてて帝国と皇帝への思いは、無い。
 「どっちにしても、帝国もお前さんも同じ『余所者 Outlander 』だ。」
 離れて話を聞いていた、ダーク・エルフの爺さんが、ふいと去って行く。
 おばさんは、決まり悪そうに無言で俺の顔を見た。

 ちょっとした間を終わらせたのは、はねっかえり娘だった。
 「そういえばさ。」 娘は、目をしばたかせた。
 「あの収税吏、ヴェドラーノさんとは仲が良かったみたい。」 俺が眉をひそめて名前を思い出そうとしていると、おばさんが助け船を出した。 「ほら、あの、灯台守の。」
 ああ、思い出した。 俺がファーゴス事件で灯台を荒らしちまった時に、笑って許してくれた、親切な女性だ。
 あの彼女が、評判の悪い収税吏と?  世の中、わからん。
 「彼女に聞けば、何か知ってるかもよ。 行ってみなよ。 ほら。」
 「あ、ああ。 すまんな、助かった。」
 親切心だけではなく、自分の好奇心もあるのだろう。 この娘は、俺を灯台へ追い立てた。


 灯台に入ると、ヴェドラーノさんは微笑んだ。 「何かご用ですか?」

 俺がプロセッサスの死を告げると、とたんに彼女の笑みは消えた。
 「ああ! 何てこと! 何てことでしょう!」 彼女は号泣した。

 俺は慌てふためいた。
 こんな時に、しかも女性にかける言葉を、俺は知らない。
 だが、プロセッサスが死んで嘆き悲しむ人間が一人でもいたことに、俺はいくらか安心感を覚えた。 (俺が死んで嘆き悲しむのは、でかい身体を収める穴を掘らにゃいかん墓堀り人夫くらいのもんだろう。)

 「……すみません。 取り乱したところをお見せしまして。」
 目を手巾でおさえると、彼女は俺に向き直る。
 「俺は、収税吏を殺した犯人を追っている。」
 俺は出来るだけ、無表情に話を始めた。
 「情報が欲しい。 彼を特に恨んでいた者に、心当たりはないか?」

 ヴェドラーノさんは、そっと自分の頬に手をやる。
 「プロセッサスさんは……、皆さんには少々疎まれていたようですけど……、実はとても優しい方だったんですよ。 少なくとも私には。」
 ほう。
 「来る度に、きれいな宝石や首飾りをプレゼントしていただいて。」
 ……おいおい、田舎の小役人の、どこにそんな金があるんだ?
 「そして、私にお話をいたしました。 いろいろな土地のお話や、みんなからお金を集めるのが、いかに大変か、とか。」
 ふむ。 孤独なプロセッサスは、誰にでも親切なヴェドラーノさんに夢中になって、彼女に貢いでいたってことかな。
 気持ちはわからんでもないが。

 「………そして、今度は、『指輪』を持ってきてくれる、と申しましたの。 ………おわかりになりますよね?」
 なんてこったい。 俺はしばらくむっつりと黙り込んだ。
 でも、まてよ。 奴の死体からは指輪は見つからなかったな。


 俺はヴェドラーノさんから、プロセッサスとイザコザを起こしていた数人の名前を聞き出した。
 中でもギルニスという漁師は、自分の稼ぎに対してあまりにも税金が多すぎる、と、食ってかかっていたそうだ。

 フム。 ちょいと当たってみる価値はありそうだな。
 セイダ・ニーンの海辺にある、漁師たちの住む一角へ入ろうとすると、先ほどの爺さんが立ちはだかった。
 「余所者。 何処へ行く。」
 「ギルニス、って奴と話したいだけだよ。」
 「そんな者、知らん。 あっちへ行け。」
 まいったな。 村の連中との荒事は避けたいんだが。

 そんな時、一つの小屋の中から声がした。
 「爺さん、別にいいよ。 若いの、入んな。」
 そこは、ギルニスの家だった。

 ギルニスは、体格のいいダーク・エルフの男だった。
 長年の漁師生活で鍛え上げられ、腕っ節も強そうだ。 おそらく素手でも泥蟹の甲羅を叩き割れるだろう。
 家の中は、粗末だが小ぎれいにまとまっていて、温かい火が灯っていた。 申し訳程度の寝台の側には、この家には似つかわしくないような本が置いてある。
 「なんだ?」 ギルニスは、俺に向き直った。

 「俺は、収税吏プロセッサスを殺した犯人を探している。」
 「そうか、それは良かった。そいつならお前の目の前にいる。」
 ギルニスは、あっさりとプロセッサス殺しを認めた。

 「ああ、俺が犯人だ。 ── いや、聞いてくれ!」
 何かを言おうとする俺に、ギルニスは手で制して言った。
 「プロセッサスは村役人とグルになっていた。 俺たちをだまして税額を勝手につり上げて、その差額を自分の懐に入れてたんだ。」
 本当なら、俺がたたっ斬ってやる。 ……いや、もう殺されている。
 「その金をどうしたと思う? 奴は宝石やらを買い込んでいたみたいだ。」
 その一部は、ヴェドラーノさんの所へ、か。
 「俺は、俺やみんなをだましていたプロセッサスを許せなかった。 それで俺は、奴を海岸で問いつめていたら ── ついカッとなって ………。」
 殺した、と。
 「あんたが犯人を追っているのは知っている。 この話を信じるか、信じないか、は、あんたの自由だ。 どうする?」
 ギルニスは、言ってしまってせいせいした、という風な顔だ。

 ギルニスが、プロセッサスを殺した。 これは間違いない。
 村役人とグルになって、プロセッサスが不正をしていたとすると、役人がいきなり犯人を「殺せ」と言った理由も、辻褄が合う。
 ギルニスは、プロセッサスの金には手を付けなかった。 不正に怒って、という理由は(多分)真実だろう。

 だが、ギルニスに不正を裁く権利は無い。
 そして、俺にも。
 大体、こいつを殺して喜ぶのは、あの村役人だけだ。

 「ギルニス。」 苦々しい思いで、俺は言った。
 「俺は護民官でも帝国軍でもない。 俺にはお前を裁けん。」
 しかし、奴が死んで悲しんでいる女性がいる。
 俺は、灯台守のヴェドラーノさんのことを話した。

 「………知らなかったよ。 村のみんなは、奴が死んでせいせいしてると思っていた……。」
 ギルニスは懐から、1つの可愛らしい指輪を出した。
 「盗るつもりはなかった。 ただ奴の死体とあまりに不釣り合いだから、捨てておけなかった。」
 信じよう。 いや、信じたかった。
 「ヴェドラーノさんに渡してくれ。 奴はそうするつもりだったんだろう…。」


 俺は、ヴェドラーノさんに指輪を渡した。
 「犯人は………、逃がしちまったけど、これは多分、貴女のもんじゃないか、と思ってな。」 俺は苦い嘘をついた。
 彼女はそれを両手でくるんで、目を閉じた。
 「ありがとう。 これは彼との思い出にします。」

 「彼のお金の出所には、おかしいな、とは薄々気が付いていました。 でも、怖くて聞けなかった。」 彼女は震える声で言った。
 「彼は悪いことをしていた。 そして、私はそれに気付かない振りをして、高価なものを受け取っていました。 これは、私も同罪。」
 それは、と言おうとする俺を制して、彼女は言葉を続ける。
 「私には、犯人を責める資格はありません。」
 彼女の言葉は、俺の胸をキリキリと締め付けた。
 今からでも遅くは無え。 ギルニスをたたっ斬ってくるか。

 「本当に、彼は、よい『お友達』でした……。」
 お友達……………。
 俺の頭の中は、ちょいと真っ白になった。
 「お友達?」 俺はつぶやいた。
 「ええ。 私はきっと彼のことを忘れませんわ。」
 彼女は、宝石箱を開け、いそいそと指輪をしまった。

 「これは、ささやかですけど貴方へのお礼。 お受け取りになって。」
 ヴェドラーノさんは、2瓶の回復薬を俺の手に渡した。
 「プロセッサスさんのようにあちこちを旅する貴方には、きっと役に立つと思います。」
 「ど、どうも。」
 俺はおたおたしながら、間抜けな礼をのべた。


 村役場に戻ると、役人が声をかけてきた。
 「おお、君。 犯人は見つかったか。」
 「 ── いや、難しい。 こいつは帝国護民官に頼んだ方がいい。」
 俺が真面目くさって言うと、役人は黙りこくった。 けっ。

 後味の悪い事件だ。




◆ 種月22日 (7日目)

 金貨500枚がフイになっちまったので、なにか儲け話を見つけにゃならん。
 (何だかんだ言って、あてにしていたんだ、と、俺は苦笑する。)

 俺はふと、南の小島を探検することを思いついた。

 数日前、薬草採りをしている時に、セイダ・ニーンから東へ行った海岸から、うすぼんやりと小島が見えたのだ。
 地図と照らし合わせてみると、御丁寧にその箇所へ「×」印が付いている。
 ちょいと行ってみる価値はありそうだ。


 この日はあいにく、朝から薄い霧が出ていて、海岸からはよく小島が見えなかったが、高台に登るとうっすらと島の影が見えた。
 泳ぐには遠いが、「水上走破の呪文」を唱えれば、簡単に渡れる距離だ。

 さて。 と、海岸に降りると、水底に白い影が見えた。
 (ここらの海は澄んでいて、とても綺麗だ。)
 目を凝らすと、貝が幾つも海草の中に横たわっている。
 「……………食えるかな?」

 俺は呪文もかけず、海に潜った。
 海草の茂みをかき分け、貝を開ける。 こ、こりゃあ……。
 『真珠だ……。』
 海の中で口を利いたらあっという間に土左衛門。 心の中でつぶやいた。
 真珠。 これは俺のお国でも貴重品だ。
 幸いまだ、息は苦しくない。
 俺は、そこらにある貝を開けまくり、心の中でハミングしながら真珠を採った。 貝にしてみりゃ、ハミングどころじゃないだろうが。
 小島の探検。 いきなり大収穫だ。

 ガツン!

 相当な衝撃を喰らう。 しかも何度も、だ。 ガツン! ガツン!
 刀を抜いて、ゆっくりと振り返るが、海中は暗く、自由が利かない。
 俺は、猛烈な速さで岸へ向かった。
 岸にたどり着くと、息を付くまもなく振り返って、刀をかまえ直す。

 俺を襲ったのは、ここらに棲んでいる甲骨魚だった。
 血の匂いを嗅ぎつけて、何匹も集まってやがる。
 俺は、刀を振り回して甲骨魚に斬りつけるが、固いわ、すばしこいわ、後ろからも襲ってくるわ。 泥蟹に比べたら、相当な難敵だ。

 やっと全部屠ると、俺は少々の ── 相当な傷を受けていた。
 セイダ・ニーンの漁師がたくましいワケが、今、わかった。
 俺様としたことが、魚介類ごときに危険な目に遭うとは不覚。

 メモ : ここらは さかなも きょうぼうだ

 治癒の指輪で傷を治しながら、俺はこの土地を呪った。


 改めて「水上走破の呪文」を唱え、小島へ渡るとそこは、
 『泥蟹の巣』
 だった。
 岩かと思えば泥蟹、泥蟹、泥蟹。 また泥蟹だ。
 足はのろいし、大した脅威ではないのだが、こうも数がいると、甲羅が固いだけにちょっと手こずる。
 刀も刃こぼれして来やがった。 くそっ。

 ここで俺は、おととい空から落ちてきた魔法使いの剣を思い出した。
 小ぶりだが、雷の呪文が封じ込めてあったはず。 試すにはいい機会だ。
 雷の剣を泥蟹に振り下ろすと、ガツンとした手応えと共に、細い雷光が走った。
 雷光は、泥蟹の甲羅にゃ関係ないらしい。 泥蟹はあっさりと倒れた。

 こりゃあいい。
 愛刀「沈没丸」(おっとっと)の代わりにしばらくこいつを振るってみるか。
 魔法使いさん、ありがたく使わせてもらうよ。
 剣の名前は「墜落丸」………じゃ、えらく縁起が悪りいな。
 「雷光丸」とでも呼ばせてもらおう。


 ここは、幾つかの小さな島が集まって出来た群島だった。
 島から島へ渡り、地図の「×」印へと近付く。

 ………おおっと。 粗末だが、桟橋がある。 人がいるのか?
 俺は用心深く剣を抜いて辺りをうかがったが、人の気配はない。
 桟橋に近付くと、小さな船が舫(もやい)綱でつながれている。
 そう古いものではないが、しばらく使われていないようだ。

 そうか!
 こりゃあきっと、いつぞや退治た盗っ人どもの「水揚げ場」だ。
 さっそく、小舟に積んである荷を調べる。
 ………が、荷を全部開け終わった俺は、ため息をついた。
 ムーン・シュガーの残りカスが少々残っているだけで、大したものは無い。 大抵の物は水揚げしちまった後のようだ。 (そして、その直後に俺様が押し入った、のだろう)

 しかし、盗っ人の水揚げ場程度の箇所に、「×」印を付けるか?
 俺は丘を登り、この島の向こう側へと出た。

 大海原が広がっている。 霧が晴れりゃ、美しい景色だろう。

 足元を見ると、………沈没船だ!

 これが「×」印の正体、だな。
 岸の近くに沈んでいるが、海上に出ているのは船の腹だけだ。 中に入るにゃあ、潜って入り口を探さにゃあなるまい。
 俺は、ざんぶ、と海の中へ身を躍らせる。

 息を継ぎ継ぎ調べ、薄暗い海中で入り口らしきものをやっと見つけた。
 だが、こいつぁ、船の中に入っても息が持たんだろう。 「水中呼吸薬」は大した時間持たないし、「水中呼吸の呪文」はまだ覚えていない。
 目の前にお宝はあるんだが………。
 遠くから、でかい甲骨魚が迫ってくるのが見えた俺は、あわてて船の上へ登った。


 日も暮れて星が見え始めた頃、俺は、とぼとぼとセイダ・ニーンへと帰ってきた。
 収穫は、何粒かの真珠だけ、だ。 が、これは小島に渡る前に採った物。
 結局、小島へ渡った収穫はゼロに近い。
 やれやれ。

 「いらっしゃい。」
 相変わらず人の好い、よろず屋の親爺の声が俺を出迎える。
 「今日はどうしました。」 しょぼくれた風の俺を見て、親爺は訊ねる。
 「今日は、ここらの漁師の偉大さを、身をもって実感した。」
 親爺は吹き出した。 「それは、それは。」

 真珠は貴重品だが、セイダ・ニーンではそれを採って暮らしている者がいるせいか、その数は少なくはない。 俺の採ってきた真珠は、そこそこの値段で売れたが、思ったほどの値は付かなかった。
 「ああ、こいつはありがたい。」 驚いたが、よろず屋の親爺は、甲骨魚のウロコを、思ったより高い値で引き取った。
 「薬の材料になるんですが。」 親爺は肩をすくめた。 「こいつの材料は他と違って『おとなしくない』ものでして、ね。」
 今度は俺が吹き出した。




◆ 種月23日 (8日目)

 「まじない師なのに、神聖都市ヴィヴェクを見たことがないの!?」

 アライルのよろず屋の二階に居る、ガイドのエローンに大声で言われたのは昨日の晩だった。
 「俺ぁ、算盤高い連中が金を搾り取る為に作った神だの聖だの付いている所にゃ、近付きたくないもんでね。」 ひょいと肩をすくめる。
 「そりゃあんた、牽強付会てもんだわ。 剛毅なまじない師も戦士も、ヴィヴェクに集まるっていうから、行って損は無いと思うけど。 ─── 『ブレード』のためにもさ。」
 エローンの最後の言葉は小声だったが、俺の心をちょいと動かした。
 「剛毅な戦士も、か。」 俺はおごそかに言った。
 「剛毅な戦士も、ね。」 エローンもおごそかに言った。
 俺はヴィヴェクへ向かうことに決めた。

 朝、彼女にのせられたかな、と思いつつ、長足虫にゆられて神聖都市ヴィヴェクへ向かう。
 神聖都市ヴィヴェクは、帝国がこのヴァーデンフェルに侵攻したとき、抵抗の拠点となった最南端の海上都市だ。
 話によれば、現在でも活き神さまのヴィヴェク様に治められているという。
 もしかしたら、ヴィヴェク様の即身成仏を拝んでいるのかもしれん。
 ううっ、ゾッとしねえ話だ。 なんまんだぶ。

 川沿いの長足虫乗り場を降りたが、ヴィヴェクは見えなかった。
 「ここから遠いのかい?」 振り返って俺が聞くと、船頭は空を指さした。
 ヒュウ。
 見上げると、船頭が指さした先には、海の上にそびえ立つ巨大な建物が見えた。 薄い霧の立つ海岸では、その頂きも見えない。
 まるで、でっかい墳墓だな。 俺は心の中でつぶやいた。
 (後々には、その感覚が正しい、と思えるのだが、それはだいぶ後の話だ。)

 『ここよりヴィヴェク』
 と、描いた標識を通り過ぎると、俺はヴィヴェクの巨大さに圧倒された。
 住民はこの「中」に住んでいるのかい。
 頭を冷やして考えてみると、ここは「砦」ということが判る。
 橋を落としちまえば難攻不落の大要塞。
 帝国軍が、ここを拠点とした陣営と条約を結んだのも、実に合理的な話だ。
 堅牢な橋を渡ってすぐの建物は、『外国人街』と呼ばれる一角だった。
 住民の姿はまったく見えない。

 「何処へ行く。 余所者。」
 無表情なダーク・エルフの護民兵が、俺をとがめる。
 帝国に最後まで抵抗した拠点だ。 余所者が歓迎されないことは判っていたが、いきなりそれかい。
 振り向いて何か言おうと思った俺は、ギョッとした。
 無表情だと思っていた彼の顔は、仮面だったのだ。
 「………観光、いや、仕事を見つけに、だ。 この『外人街』に。」
 気勢をそがれた俺は、しどろもどろになって答えた。
 「フーム?」 彼は俺を上から下までねめつけた。

 「ここに仕事はあるかい?」
 「答える義務はない。」
 「『外人街』にゃ、まじない師も集まってるのか?」
 「お前が知る必要は無い。」
 ……こりゃ、とりつく島もねえ。

 「じゃあな、護民兵さん。」
 「私たちは護民兵ではない。 『選士』だ。」 初めて奴が反応する。
 「『選士』?」 頭にはきてたが、聞いたことのない言葉に、俺は聞き返す。
 「私たちは神王ヴィヴェクに選ばれた衛士だ。 ヴィヴェクを守る為に存在する。 余所者の護民兵とは違う。」

 「なるほど。 衛士か。」 「違う、選士だ。」 「わかったよ、護民兵。」 「違う!」 「ああ、戦士か。」 「違う!!」 「何だっけ。」
 仮面の顔色でさえも変わりそうになり、剣の柄に手をかけそうになったとき、俺は衛士をからかうのをやめて駆けだした。
 「『余所者』め!」 背中に彼の罵声を浴びる。

 ……やれやれ、あーいうのを見るとからかいたくなるのが、俺の悪い癖だ。
 気付くと、クスクスという笑い声が聞こえる。 平たい傘のような帽子をかぶったダーク・エルフの少女が、俺の方を見ていた。
 「俺はもめごとを起こすつもりは無いんだけどね。 あっちから来ちまう。」 俺は何故か少女に言い訳をする。
 「知らなイ。 見てなイよ。」 少女は奇妙な発音で、ニッと笑った。

 「オマエ、客か?」 少女が言う。
 きゃ、客って……おい。 俺はオタオタしながら少女を見る。
 「船。 運河渡るの速いネ。 乗れ乗れ。」
 なんだ、渡し船か………、ホッと(ちょっとガッカリと)した。
 聞けば、他の一角 ── 『闘技場』や『聖地』へ行くには、長い橋から橋を歩き回るより、船に乗って運河を行った方が、うんと速いそうだ。
 確かに、霧にけぶって見える一角は、だいぶ遠い。
 「いや、今日はこの『外人街』に来ただけだから。」
 「そか。 道に迷うナよ。」
 少女は、大の大人を心配して、手を振った。

 …………… 道に迷った。

 と、言うより、「入り口が見つからねえ!」
 回廊をうろうろしていた俺は、血走った目でヴィヴェクの壁を蹴っ飛ばした。
 本物の墓石じゃあるまい。
 「開けゴマ」とでも叫ばにゃ入り口は開かねえのか!

 回廊を延々と三周して、渡し船の少女に笑いかけるのも三回目。
 アーチで日陰になっている壁に寄り掛かろうとした俺は、前につんのめった。
 アーチの影と思いこんでいた箇所は、暗くて急な上り坂だったのだ。

 ここが、 入り口。 俺の頭は思わず呆けた。
 「散歩、長かったナ。 ここ広いわかっタか?」 悪意のない少女の声。


 大きな扉を開けると、ヴィヴェクの一角に入った。
 ヴィヴェクは、巨大な砦の中に通路や部屋を穿ったような街だ。
 しかし街中は冷たい石の外観とは違って、一面にあたたかな光が灯り、壁のあちこちにはタペストリが掛かっていた。
 天井に連なっている灯りは、東方の「提灯」と呼ばれるものを思わせる。
 吹き抜けを思わせる広場には回廊がめぐり、人々がにぎやかに行き交っていた。

 「兄サン、広いヴィヴェクの案内図、いるカ? 2セプティム。」
 いきなり、ローブをまとった若いダーク・エルフの女性が寄ってくる。
 簡単な案内図だが、右も左もわからない俺にはありがたい。 「たのむ。」 硬貨と案内図を交換した。
 案内図を見ると、ここ『外人街』から橋を渡って、『寺院』までは様々な一角 ── 『闘技場』『聖地』、「ラァルー」や「レドラン」など『一族』(グレート・ハウス=ダーク・エルフの一族)の本拠 ── のあることがわかる。
 フム。 なるほど。
 ここヴィヴェクは、ダーク・エルフの本拠でもあるわけだ。

 回廊通りを歩いていると、近頃起きている殺人事件の噂がささやかれていた。
 「余所者」など数人が、外の回廊でスッパリと喉を切られるそうだ。
 くわばら、くわばら。
 親切な若い男は、「現場には近付かない方がいいよ。」と言ってくれたが、その「現場」とやらの場所が、さっぱりわからん。

 階下の広場では、ダーク・エルフも余所者も入り混じり、小さな市場を開いていた。
 村のよろず屋では手に入らないような薬や、まじない器具が、広げられている。 中にはまじないの呪文を「売っている」まじない師もいた。
 ただし俺には高価で、手の出せんものが多すぎる。
 「ほら、兄さん。 ひやかしなら、どいて。」
 黒髪の女まじない師は、ひらひらと手を振る。
 「魔力の回復薬は、あるか。」
 「80。」
 「そりゃ、値札の倍だろ!」
 「70。 いやなら、他行って。」
 他の市場も似たようなものだ。 しぶしぶとその値段で手に入れる。

 広場の中には、ガイドのダーク・エルフが立っていた。
 「ようこそ、ヴィヴェクへ。」 流暢に歓迎の言葉を述べる。
 「ヴィヴェクは運河で隔てられたいくつもの建物 ── 私たちは『カントン』と呼んでいますけど ── に分かれています。 迷わないように、これをお持ち下さい。」
 先ほど買った「案内図」が山のように置いてある。
 「ご自由にお取り下さい」の張り紙と共に。
 ………くっそー、あのアマ。 無料の案内図、売りつけやがった……。
 生き馬の目を抜く、どころか、尻子玉まで抜きそうな街だ。

 廊下(外の街でいえば「通り」だ)を行くと、しっかりと店を構えている部屋もある。
 薬屋に入ると、さまざまな薬草や没薬の匂いにつつまれた。
 キツい感じのする金髪のまじない師は、ブリトン族の女性だろう。 入って瓶をながめる俺をだまって見ている。
 ひやかしかと思われているか、と、心の中で苦笑しつつ値札を見ると、俺はひっくりかえりそうになった。
 手持ちの金では、一瓶も買えない。
 俺の顔色を見て察したのか、彼女が話しかける。
 「うちの薬は、いい材料を仕入れているし、とても純度が高いの。 ── まじない師なら、解るでしょう?」
 うう。 確かに、俺の持ってる小さな乳鉢ひとつじゃ、ろくな薬はできん。
 何も買えない俺は、そっと店を出る。 結局、ひやかしになっちまった。


 外に出て、風に当たる。
 遙か下を眺めると、運河に流れ込む水が飛沫を立てていた。
 俺は思った。 この街は、余所者ではなくて、「貧乏人」を排除する。
 余所者で貧乏人(さらに歩行音痴)の俺には、居心地の悪い街だ。


 俺はまるで、負け戦から命からがら帰ってきたような気分で、セイダ・ニーンに帰ってきた。

 ガイドのエローンが話しかけてきた。
 「いい街だったでしょう?」
 「『最高』の街だったな。」 嘘はついてない。


 豪遊した訳でもないのに、懐が相当寂しくなってきた。
 明日は、バルモラまで足を伸ばして、仕事を探してみるとするか。

- Inspired Music in VIVEC : "Yellow Magic Carnival" / Tin Pan Alley

(続く)
(2002/ 8/22)

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