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Senior Mania -stepmother-

其の壱

「?……し…し、べや?…」
中庭の片隅に建てられた小さな建造物の前でわたるは立ち止まった。
純和風なそれは時代劇で見た茶室のようにも思えたが、入り口に掲げられた木看板には達筆な毛筆で『施部屋』と書かれている。
「本館から随分離れたこんなところに……しべや、か……何に使うところなんだろう?……」
その時だ、小首を傾げるわたるが不意に言葉を掛けられたのは。
「そこは当旅館では 『ほどこしべや』 と呼んでいるんですよ」
「え?……あ、女将さん…」
振り返ればそこには、和服に身を包んだこの旅館の女主人が立っていた。
なるほど老舗の旅館の女将というだけあってなんとも貫禄のある女性だ。
恐らく170センチくらいだろうか?わたるより30センチ近く高い身長が余計にそう思わせるのかもしれない。
けれども、しなやかな身の振る舞いに、綺麗にまとめ上げられた艶やかな黒髪、煌びやかな唇。
なによりもその男好きのする妖艶な微笑みは、子供のわたるであっても思わずドキリとしてしまうほどに色っぽい。
まさに美熟女という言葉がふさわしい和風美人であった。
「どうしたんです?坊ちゃん、一人でこんなところに……お母様と一緒ではないのですか?」
「あ、ママ……こ、こほん……は、母は大浴場です。ゆっくり時間を掛けて入ってくるから好きなことをしてなさいって……それで中庭がとても綺麗だったから散歩をしていたんです」
「あらあら、それは可哀そうに……坊ちゃん、一人で寂しかったですねぇ」
「そ、そんなこと……」
女将の年のころは恐らくわたるの母と同じくらいから、もしかしたら2、3年上の所謂アラフォーというやつだろう。
仕方がないことかもしれないが、あからさまに自分のことを子ども扱いしてくる女将の態度がわたるには少々気に入らなかった。
「こ、こほん!……と、ところでここは?……さっき、ほ、ほどこし、べや?って…」
「えぇ、そうです。うちは訪れたお客様に按摩…つまりマッサージを提供させていただいているのですが、その施術部屋のことを『施部屋(ほどこしべや)』と呼んでいるんですよ」
「マ、マッサージを…」
「はい、温泉とならび当旅館の自慢の一つなんですよ。ちょっと中をご覧になってみますか?」
「え?いいんですか?……は、はい、それじゃあちょっとだけ…」
そこまで興味があったというわけではないが、折角の女将の誘いを無下には出来ない。
女将に案内されるがままその部屋の中に入ったわたるだった。
中に入ればそこは何の変哲もないただの六畳の和室だった。
ただ一つのことを除いては。
「ふふふ……何もないところでビックリしちゃいましたか?見ての通り、ただ畳が敷いてあるだけの何にもない部屋なんですよ」
「え、えぇ……で、でも……あ、あれ、お、大きいですね。か、鏡…」
わたるが驚いたのは、入り口の向かいの壁に嵌め込まれた大きな鏡だった。
恐らく横2M縦1M……畳一畳分くらいはある大鏡だ。
「くす…あぁ、そうですね。和室にこんな鏡は普通無いですよね。実は、この部屋は女中の着付けやお稽古事にも使っているお部屋なんですよ」
「着付けやお稽古……」
「はい、ここで和服に着替えたり、宴会などでお見せする芸事のお稽古をしたりするんです。そのための鏡なんですよ」
「あ、あぁ、なるほど……」
「まぁ、表向きは、ですけどね……くす…」
「え?」
不意に含み笑った女将の顔を思わず見上げた時だった。
女将同様和服に身を包んだ一人の老人が 『施部屋』 に入ってきたのだ。
「あぁ、お客様を待たせてしまいやしたかい?」
恐らく目が不自由なのだろう。
目は終始瞑られたままで、片手には杖を、もう片方の手は壁を触れながら、そろりそろりと足場を確かめるようにしてゆっくり歩いてくる。
「いいえ、私よ。お仕事の時間かしら?」
「あぁ、女将さんでやしたか。へぇ、予約のお客様が御一方…」
「あぁ、そうだったのね。それでは坊ちゃん、申し訳ありませんが、見学はこれくらいで……後はよろしく頼みましたよ」
「へぇ」

「ごめんなさいね、坊ちゃん。案内している最中に…」
「い、いえ、こ、こちらこそ。何の建物か不思議に思っていたので…ありがとうございました」
女将に気を遣って当たり障りのない言葉を返すわたる。
そんなわたるの心情など手に取る様にわかる女将は苦笑いだ。
「そ、それじゃあ、僕は……」
「あ、待って、坊ちゃん。まだお母様はお部屋に戻ってはいないのでしょう?」
「え?は、はい…多分まだ…」
「それじゃあ、坊ちゃんはまた一人に……ねぇ、よかったらうちの自慢の按摩がどんなものかご覧になりませんか?」
「え?」
立ち去ろうとしたわたるに、女将は思いもよらない提案をしてきた。
「さっきのおじいさん、実はうちで一番腕の良い按摩さんなんですよ。その仕事っぷりを見ていきませんか?」
「は、はぁ…」
部屋同様、正直それほど興味は無かったが、きっと女将は自分のことを不憫に思って提案してくれたのだろう。
それほど子供じゃないのにな、と思いつつも女将の誘いを断る言葉も見つからない。
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ…」
そういうとわたるは『施部屋』に戻ろうとしたのだが…
「あ、坊ちゃん、そっちじゃ無いですよ。部屋の中ではお客様にご迷惑がかかるので、どうぞこちらに…秘密の部屋にご案内します…くす…」
「え?ひ、秘密?…」
そう言って女将『施部屋』の裏手にわたるを案内するのだった。

「こ、ここ…は?」
『施部屋』の裏手に回ると、なるほど関係者以外立入禁止と書かれた扉がある。
女将は帯から鍵を一つ取り出し、その扉を開けわたるを招き入れた。
建物の構造から考えると、そこは多分先ほど見学した部屋と隣合わせの部屋だろう。
けれど先ほどよりは断然狭い、畳2畳を縦に並べた細長い部屋だった。
基本的には何もない部屋だが、目を引いたのは壁にカーテンのような幕が掛けられていたことだ。
「ここは本来ただの物置につかっているところなんです。凄く狭いでしょう?ごめんなさいね」
「い、いえ、そんなことは…け、けど…こ、この幕は?…」
「はい、それがこの部屋の秘密なんですよ。あ、坊ちゃん、一つお願いがあるんですが…このことは、絶対他言無用ですよ。いいですね」
ほんの少し凄みを聞かせる女将にたじろいだわたるだ。
「ごくっ……は、はい…ぜ、絶対誰にも言いません!」
女将の迫力に負けたわたるの口から思わずそんな言葉が零れた。
「それでは……よいしょっと」
女将が幕の片側にぶら下がっていた紐のようなものを下に引っぱると、あたかも演劇の緞帳のようにその幕がゆっくりと上がっていった。
そして…
「あ!こ、これは…」
そこに見えた光景に思わず唖然としてしまったわたるだった。
幕の後ろには窓があったのだ。
それも先ほど見学した部屋にある鏡と同じくらいの大きな窓だ。
異なるのは…
「こ、ここは……さ、さっきの 『施部屋』 ?……」
そう、その窓からは先ほど見た 『施部屋』 が丸見えだったのだ。
きっとこれから訪れる予約者のための準備なのだろう、あの盲目の老人が押し入れから布団を取り出し丁寧に敷いている。
「うふふ…びっくりしましたか?さっきの鏡…あれはマジックミラーなんです。そう、あちらから見ればただの鏡。反対側のこちらからみればただのガラス窓…」
「な、なんで…こ、こんな仕掛けが?…」
その問いに少々困ったような表情を見せた女将だ。
「坊ちゃんには分からないことかもしれませんが……マッサージをご提供する際、時々、勘違いをなさるお客様がいるんですよ」
「か、勘違い?…」
「はい。お客様が男性で施術する側が女性の時に……困ったことにたまにトラブルが起きてしまうんです」
「トラブル?…」
女将の言葉の意味が掴めず、キョトンとした表情のわたる。
そんなにわたるに溜息交じりに女将は答えた。
「男性のお客様が…いかがわしい行為をせがんできたりするんですよ。そんなサービスではないのに……あ、やっぱり坊ちゃんには分からないことですよね、ごめんなさいね」
「あ…」
女将の言葉とは裏腹にハッとした表情になったわたるだった。
大人の世界では、そのような…女性が男性に性的なサービスを施すお店があることはわたるも知っていたからだ。
みるみるうちに顔を赤く染めるわたる。
そのわたるの態度はきっと女将にとっては意外なことだったのだろう、少々驚いた素振りを見せた。
「あらあら、おばさんの言っている意味が分かるんですね……くす……意外とおませなこと、坊ちゃんたら…くすくすくす…」
「そ、そんな…し、知ってます…そ、それくらい…」
「あぁ、坊ちゃんを馬鹿にしたわけじゃないんですよ。ごめんなさいね」
子ども扱いされて面白くないわたるは、チェッと軽く舌打ちする。
そんな態度も女将にしてみれば微笑ましいのだろう、口元に笑みを浮かべ説明を続ける女将だ。
「それで…あんまりしつこいお客様の場合、助けが必要になりますので…お客様が男性でこちらが女性の時はここで一人見張りをすることにしているんです」
「な、なるほど…そのための仕組み…なんですね」
「これはうちにとっては極秘事項なんですよ。この仕組みを知っているのも数人しかおりませんし…ですので、坊ちゃん?ぜ〜ったいに誰にも言わないでくださいね。約束ですよ」
「も、もも、勿論です!だ、誰にも言いません!」
どうしてそんな大事なことを部外者の自分に?とも思ったが、少々強めな女将の言葉に、またしても頷くしかないわたるだった。
「あ、それとあまり大きな声は出さないでくださいね。この部屋の壁には防音材を入れていますので多少の大きさならあちらには聞こえませんが、大声を出したり、振動を与えたりしたら流石に…」
「な、なるほど…は、はい、き、気を付けます」
「はい、お願いしますね。その代わり…というと変ですが、これを使うと…」
女将がその部屋に据え付けられた箪笥からタブレットのPCを取り出した。
そして、何やら操作すると……
『ご、ごほん…』
不意にタブレットPCから音が聞こえたのだ。
「え?こ、これは…」
「はい、隣のおじいさんの咳払いですね。そう、これを使うとこちらにはあちらの音声が聞こえるんですよ」
純和風な建物や着物姿の女将には少々似つかわしくない仕組みに面食らった表情を見せるわたる。
「やーね、坊ちゃんたら、そんな顔して。おばさんだってこれくらい使えるんですよ…うふふ…」
「え?…い、い、いえ、そ、そんな…そんなこと思ってない…です…」
女将に心を見透かされたことに驚いたわたるは、慌てて否定の言葉を口にする。
だけれども、本当にわたるが驚き慌てるのは、この直後のことだったのだ。

『あぁ、よくいらっしゃいやした。ささ、入っておくんなせぇ』
タブレットから老人の声が聞こえてきた。
「あ、お客様がいらっしゃったようですよ、坊ちゃん。それじゃあ、静かに見学してくださいね」
「は、はい……」
こっそりと施術の様子を覗き見るなど少々後ろめたい気持ちもあるが、確かにこんな経験などそうそうないだろう。
緊張の面持ちで隣の部屋を窺うわたる。
やがて入り口となる襖がゆっくりと開かれた。
「……ん?…え?…えぇっ!?」
『ごめんなさいね、ちょっと遅くなってしまったかしら』
タブレットから聞き覚えのある声が聞こえてくる、それもそのはず。
「マ、ママッ??」
そう、そこに現われたのは、わたるの義理の母親・みきだったのだ。
「あら、ご予約のお客様は坊ちゃんのお母様だったんですね。そうか、なるほど…施術を受けるから坊ちゃんに時間が掛かるってお伝えになられたんですね」
「そ、そうみたい…ですね。き、聞いていませんでした…」
きっと女将の言う通りなのだろう。
浴衣に茶羽織を羽織った姿のみきの額は、薄っすらと汗ばんでいるように見える。
多分風呂から上った後、すぐにここを訪れたに違いない。
『いえいえ、いま準備を終えたところでさぁ。少しも待っておりやせんよ。さぁさ、こちらへ』
『あら?あなた、目が…』
『へぇ、まったく見えやせん。でも心配しないでくだせえ、仕事はきっちりやらせてもらいやすから』
『あら、ごめんなさい、そんなつもりで言ったんじゃなくてよ。それに昔は按摩といえば盲目の方が多かったのでしょ?』
『へぇ、そのようで…奥様、とお呼びしてよろしいですかい?』
『ええ、構わないわ』
『奥様のお召し物は…浴衣ですかね』
『当たりよ。凄いわね、触れてもないのに』
『へぇ、奥様が入ってこられた時、うちの温泉の匂いがしたんで。風呂上がりには浴衣かな、と』
『なるほどね』
『袢纏は羽織ってらっしゃいますか?羽織っているならそれだけ脱いで、あっしの前に背を向けて座ってくだせぇ』
『ええ、わかったわ』
みきはスルリと茶羽織を脱ぐと、老人に背を向けあの大鏡に向かって正座した。
思わず身を隠すような仕草をしてしまったわたるだ。
「くす、坊ちゃんたら。隠れなくても大丈夫ですよ。お母様は鏡を見てらっしゃるだけです…うふふ…可愛い、坊ちゃん」
「あ、そ、そうですよね。あは…僕ったら、やだね…あはは…」
「それにしても、坊ちゃんのお母様は……随分とお綺麗ですねぇ、女の私から見ても羨ましいくらいですよ」
「そ、そうです…か?お、女将さんだって凄く綺麗じゃないですか」
「あら?坊ちゃんたら、本当におませなんですねぇ、お世辞なんか言っちゃって…ふふふ…でも、ありがとうございます。坊ちゃんみたいな可愛らしい坊やにそんな風に言われたら、おばさんも嬉しくなっちゃいますよ」
「そ、そんなお世辞なんかじゃ…」
照れ隠しに愛想笑いを浮かべるわたるは、姿勢を元に戻すと改めて義母の姿を見た。
(はぁ〜確かに…やっぱりママは綺麗だなぁ…)
その思いは、決して身内の贔屓目と言うわけではなかった。
みきの容姿は、ある意味で旅館の女将とは対照的といえるだろう。
緩やかなウエーブのかかった茶髪のロングヘアに、少々つり目がちな端正な顔。
どちらかといえば和装よりも洋装が似合う都会的な美人なのだ。
そしてそれだけではない。
(相変わらず大きいなぁ。ママのおっぱいとお尻は…)
わたるの感想通り、みきはドがつくナイスバディの持ち主だった。
浴衣の上からでもそれとわかる巨乳と巨尻。
年頃のわたるにとって目の毒ともいえるそのプロポーションは、男ならば誰もが振り返って見てしまうだろう。
(浴衣姿なんて初めて見たけど……何を着てもママはやっぱり素敵だな…)
都会的な美人顔に垂涎のナイスバディ。
そしてその容姿だけではなく仕事においても、何人もの部下を束ねるやり手のオフィスレディとして知られるみき。
わたるはそんな完璧なみきが……苦手だった。