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Seductive Madam(z) -hush-

其の壱

深夜2時。彼は、やっとのことで目的の場所にたどりついた。物音一つ立てず、忍び足でここまで来るのは、かなりの重労働だ。軽く一息ついてみる。しかし、まだ気を緩めてなどいられない。何しろ、これからが本番であり、さらに困難な作業をしなければならないのだから。
(……大丈夫…誰もいない…)
息を殺し、全神経を集中させて、辺りを覗ってみる。そして、いよいよ彼は意を決し、その部屋のベランダを取り囲む、高さ120センチほどのコンクリートの壁によじ登った。細心の注意を払って、間違っても音など立てないように。
(一階なんだから、こんな壁、意味無いよな…)
思わず笑みがこぼれる。
(…いけない…慎重に…慎重に…)
再び気を引き締めると、彼は、その部屋の物干し竿に手を伸ばしていった。

(やられた!)
澄恵が、下着を盗まれたことに気付いたのは、昨日と同じように雲一つ無い、晴天の朝だった。
(パンティ、盗まれちゃった…もう!それも、シルクの高いやつじゃない!)
澄恵は地団駄を踏んだ。いつもなら、下着を夜通し外に干したりしない。たまたま昨日は、昼間忙しく、仕方なく夜に洗濯をしたのだ。
(天気予報では、雨の心配は無かったし…でも、やっぱり、1階だものね…いくら、2階や3階と同じように、ベランダに仕切の壁があっても…失敗したわ)
「どうしたの?澄恵さん。深刻な顔して」
「え?あ、奥さん、おはようございます」
不意に声をかけてきたのは、隣の部屋に住んでいる主婦だった。彼女は、澄恵より6つ年上の38歳。とても親切な女性で、澄恵は、新婚の頃から何かと世話になっている。こうして彼女と、ベランダ越しに会話することもよくあることだ。
「どうしたのよ?朝から…」
「ええ…実は…その…盗まれちゃったみたいで…」
「盗まれた?何を?」
「あの…コレ…なんですけど…」
気まずそうに澄恵は、取り残された下着を指差した。女同士とはいえ、下着の話などするのは、やはり気恥ずかしい思いがする。
「え?コレ?…って、パンティ?」
「は…い」
「嫌だ、気味が悪い、下着泥棒なんて。そんな奴、近くにいるのかしら?」
「ホント、嫌ですよね」
「でも…澄恵さん、一晩中、干してたの?パンティ?」
「ええ…」
「それは、澄恵さんもいけないわ。盗んでくださいって、言ってるようなものじゃないの」
「やっぱり…そう思います?…」
「そうよ。ここは一階なんだから…こんな壁なんか、役にたたないわよ」
先輩主婦はそう言いながら、ベランダの壁をパンパンと手で叩いた。
「はい…今度から気をつけます」
その時、隣の部屋の窓から、一人の少年が顔を出した。
「ママ。僕のYシャツ知らない?早く着替えないと、学校に遅れちゃうよ」
その少年は、隣の主婦の子供である。正確な年齢は知らないが、確か中学1年生だったはずだ。
「おはよう、ボク」
「え?…あ、す、澄恵さん…お、おはようございます」
澄恵に気付いた少年は、やけにソワソワとしながら、ぺこりと頭を下げた。
「あら?アナタ、澄恵さんに『ボク』って言われても怒らないのね?最近、子供扱いすると、すぐ膨れるのに」
「あ、当たり前だろ!僕は、もう子供じゃないんだから…け、けど…何も、澄恵さんの前でそんなこと…」
「フフ…そうだったの…ごめんね、別に子供扱いしたわけじゃないのよ」
「え…も、もちろん…わ、わかってますよ…やだな、別に、澄恵さんに言ったわけじゃ…」
「何、照れてるのよ、おかしな子ね。ほら、早く支度しなさい。Yシャツなら、アナタの部屋のタンスに入れておいたわよ」
「え?あ、そ、そう…そ、それじゃあ…僕はこれで…」
もう一度澄恵に頭を下げると、その少年は、名残惜しそうに部屋の中に消えていった。
「まったく、いつまでたっても手の掛かる息子だこと」
「そんなこと…可愛らしい、坊ちゃんじゃないですか」
澄恵の言ったことに、間違いは無い。色白な肌に、ほっそりとした体つき、加えて女の子と見間違うほどの可愛らしい顔立ち。彼は「美少年」という言葉が、まさにピッタリと当てはまる男の子だった。
「その可愛らしいってのがね…」
「え?」
「ほら、あの子って、色も白いし、身体も小さいでしょう?確かに…親の私が言うのも何だけど、可愛らしいのよね…見た目が。でも、それが気に入らないみたいね、本人には」
「え?可愛らしい…ことがですか?」
「というより、周囲の人に、そう思われるのが…馬鹿にされてるって感じるみたい、あの子」
「ああ、なるほど…だから、さっき『僕は、子供じゃない』って…」
「そうそう。最近、変に大人ぶったりするのよね。似合いもしない、乱暴な言葉を使ってみたり…フフ…まだまだ、ガキの癖にね…」
「まぁ、でも、男の子はそれくらい元気なほうが…」
「そうかしら?澄恵さんも、今から覚悟しておいたほうがいいわよ。男の子が出来たら、苦労するから」
「はい。肝に銘じておきます」
主婦達の何気ない朝の会話は、こうして終わった。

翌日の朝、澄恵は、激しい睡魔と戦っていた。理由は、夜更かし。友人から電話があり、ついつい長話をしてしまったのだ。電話が終わったときには、もう窓の外はすっかり明るくなっており、夫の起床時間、午前7時30分になろうとしていた。
(まいったな…夜通し電話するなんて、学生の時以来じゃない?ふわぁ…まったく…詩織が、変なこと相談してくるから…あぁ、眠いわ…)
学生の時ならば、そのまま眠ってしまえたが、結婚をしている今となっては、そうはいかない。眠い目を擦りながら、夫を起こし、朝食を与え、会社に送り出す。そして、掃除、洗濯。一段落した時は、既に午前10時を回っていた。
(ふうぅ…疲れた…あ〜あ、洗濯なんか後回しにすれば良かった…)
フローリングの床に置かれた二人掛けのソファに腰を下ろし、ようやく澄恵は一息つくことが出来た。
(でも、今しておかないと…夜になっちゃうし…また、パンティを盗まれたら嫌だもの…特に、今日のは、最近買ったやつだし…)
白いレースのカーテン越しに、影だけ見える洗濯物のパンティに目をやりながら、澄恵は、ひときわ大きな欠伸をする。
(ふわぁ…眠いわ…寝室に行かなくちゃ…でも…あぁ…駄目…もう…)
意思とは裏腹に、澄恵はソファの上に横たわると、そのまま深い眠りに落ちていった。学生の時ならばいざしらず、30を過ぎた今となっては、徹夜はさすがに堪える。それは文字通り、熟睡だった。ゆえに、今の澄恵の耳には、呼鈴の音など聞こえる筈も無かったのだ。

「あれ?ママ、出かけたんじゃなかったの?」
「これから、また出かけるわ。出かけついでに、コレをお隣さんに、届けようと思ったんだけど…澄恵さん、留守みたいね。だから、家に置いておこうと思って」
母親が息子に見せたものは、いわゆる「回覧版」だった。澄恵のマンションでは、時折こうして「回覧版」が回り、水道、電気の工事日程などが連絡されるのだ。
「あぁ、そうなんだ…それじゃあ、僕が後で、届けておくよ」
「そう。じゃあ、お願いするわね」

(そうか…今、隣には誰もいないのか…)
少年の通う中学校は、今日が創立記念日だ。少年は特に予定も無く、家の中でゴロゴロしていた。時計を見れば、正午を10分ほど回ったところだ。
(無用心だな、澄恵さん…洗濯物、干したままで…)
少年は、隣の部屋のベランダに、澄恵のパンティが干されていることを知っていた。いや、知らないわけは無いのだ。澄恵の部屋のベランダをチェックすることは、この少年の日課になっていたのだから。
(ビックリしたな…今日は、黒だったもんな…やっぱり、大人の女性なんだな…澄恵さん…)
彼は『女性の下着とは、白っぽいものだ』という固定観念を持っていた。
(だって、コレだって…白かったし…)
自分の部屋の勉強机の引出しを開けると、そこには美しいレースをあしらった、1枚のパンティが収まっていた。それは、間違い無く、昨日、澄恵が下着泥棒に盗まれたパンティだ。そのパンティを机の上に広げてみる。少年の頭に、それを見につけた澄恵の半裸が浮かんでくる。
(あぁ…み、見たい…澄恵さんのパンティ姿…で、でも…アレだったら…あんなの履いてたら、きっと、もっと…)
初めて目にした、ベランダの黒いスキャンティを思い返し、少年の股間は、徐々に体積を増していく。
(ああ…ママもいないし…今なら思いっきり、オナニーできる…で、でも…)
澄恵のパンティを見つめながら、少年は、オナニーの衝動を必死に押さえていた。澄恵の黒いパンティが気になって仕方が無かったのだ。

憧れの澄恵。そして、澄恵のパンティ。一昨日、少年は、それらが夜になっても、澄恵の部屋のベランダに干されていることに気がついた。いつもなら、夕方には取込まれてしまう魅惑のパンティ達。実はこの少年には、誰にも言うことの出来ない、秘密の楽しみがあった。それは、ベランダの澄恵のパンティを目に焼き付け、夜になってからそれらを思いだし、オナニーをすることだ。
(澄恵さん、取込み忘れたのかな?…パンティ…澄恵さんのパンティがそこに…)
少年の心臓が高鳴っていた。いつも想像の中で楽しんでいたそれらが、手の届くところにある。
(よ…よし…や、やろう…盗んじゃおう…)
そして、夜、家のものが全て寝静まったことを確認した後、少年は下着泥棒へと変身した。

(ア、アレも…アレも欲しい!)
今、少年の頭の中は、先ほど見た澄恵の魅惑的な黒布で一杯だった。そして、母親の話では、隣の家には、今、誰もいないという。一度、悪事を働いた少年にとって、『もう一度…』と思うのに、さほど時間はかからなかった。
(だ、大丈夫さ…この前だって、上手くいったもの…明るいけど…隣は誰もいないみたいだし…音に気を使わない分、この前より簡単だよ…きっとそうだよ…)
緊張感に震えながらも、自分を奮い立たせる少年。ベランダに出てみると、隣のベランダの目的のソレは、まるで少年を誘うように、ヒラヒラと艶かしく揺れている。
(よし!大丈夫!)

(ん…んん…ん?…あれ?ここ…どこ?…あぁ、リビングね…そうか…ここで、寝ちゃったのね…私…)
ふと目を覚まし、澄恵は、大きく伸びをした。壁掛けの時計に目をやると、12時30分をさしている。およそ2時間ほど眠っていた計算だ。
(ふぅ〜まだ眠いわ…当たり前よね。2時間しか眠ってないもの…あぁ…眩しい…)
窓から差込む日差しが、やけに眩しく感じる。思わず手をかざし、眼をかばう澄恵。
(ふぅ…いい天気ね…これなら洗濯物も、もう乾いたかしら?…ん?…あ!!!)
澄恵は、慌てて両手で口を押さえた。ベランダに面した窓には、白いレースのカーテンがかけられている。そこに人影が映っていたからだ。驚きと同時に、ゾク、ゾクッと寒気に似た恐怖を感じた澄恵だった。
(な、な、な、なんなの?!だ、誰?…こ、怖い…ん?え?…あ!わ、私の…パンティ!)
その人影の腕がス〜っと伸びたのだ。その先には、今朝干した、澄恵のパンティが吊るされている。
(下着泥棒だ!ど、ど、どうしよう?…)
混乱する澄恵。しかし、そうしている間にも、人影の手は更に長く伸び、目的のものまで近づいていく。
(よ、よ〜し…わ、私が、追っ払ってやる…だ、大丈夫よ…ひ、昼間だし…いざとなれば、大声出せば…)
静かに立ち上がり、部屋の片隅に置いてあった夫のゴルフパターを手にすると、澄恵は、猫のようにソロソロと窓際まで歩み寄った。
(大丈夫よ…窓には、鍵が掛かってるし…カーテンだけ開けて…大声を出せば…よし、いくぞ!…ん?…あら?…ちょっと?…)
窓際まで近づいたことにより、カーテンの向こう側が透けて見えるようになったのだ。
(ボ、ボ…ボク?!)
澄恵は、目を疑った。そこに見えたのは、なんと隣の家の中学生ではないか。彼は、ベランダの壁によじ登り、精一杯、腕を伸ばし、なんとか目的のモノを掴もうとしている。よほど必死なのだろう、彼は、部屋の中の澄恵には気付きもしていないようだ。
(な、なんてこと…まさか隣のボクが下着泥棒だったなんて…)
余りの驚きに、澄恵の手から、ゴルフパターがスルッと抜け落ちていた。

「ガタンッ!」
(ヒッ!!!)
少年の驚きは、ただならぬものだった。何しろ、誰もいないと思っていた部屋から大きな物音が聞こえたのだから。思わず、窓に視線を移す。カーテン越しに見えるのは、間違いなく少年の目的のモノの持ち主、澄恵だった。
「すっ!澄恵さん!…あ!う、うわぁ!」
少年はバランスを崩し、ベランダの壁から転がり落ちていた。手にしっかりと、澄恵の黒いパンティを握り締めながら。
(…い、いたのか…澄恵さん…ど、どうしよう…)
澄恵の部屋のベランダで四つん這いになりながら、顔を上げることすらできずにいる少年。やがてゆっくりと、窓が開けられていく。
「ボ、ボク…あなた…な、なんてことを…」
戸惑いの口調で、澄恵が呟いた。しかし、少年に返す言葉があろう筈もない。
「あ、あ、あの…そ、その…ぼ、僕…そ、その…」
「言い訳はあと。こ、こんなところ、誰かに見られたらどうするの?…と、とにかく、お入りなさい」
「…は、はぃ…」
観念した少年は、がっくりと項垂れ、とぼとぼと澄恵の後についていった。

(ふぅ…困ったわね…)
澄恵は、先ほどまでベッド代わりにしていたソファに腰を下ろし、あれこれと少年の対応を考えていた。少年はといえば、ガラス張りの床置テーブルを挟んで、澄恵の正面に正座している。俯き、若干震えながら、小さくなっている少年は、とても気の毒に思えた。
(人目が気になったから、思わず部屋の中に入れちゃったけど…う〜ん、どうしよう?黙ってても、しょうがないし…でも、何から話せば…)
少年を部屋に招いていから、既に10分が過ぎようとしている。にも関わらず、二人の間に、まだ会話はなかった。途方にくれ、テーブルの上に目を落とす澄恵。そこには、先ほど少年が盗もうとした黒いパンティが広げられている。
(まったく、男の子って不思議ね…こんなモノ、なんで欲しがるんだろ?…女物っていうだけで、ただのパンツじゃない…まぁ…何に使うのかは、大体、想像できるけどね…)
この年頃の少年の隠れた楽しみ。澄恵だって、それくらいは知っている。そのことについて、特に気味が悪いとか、いけないことだと思うほど、理解が無いわけではない。
(でも…それと、泥棒は話しが別だし…ふぅ…黙っていても、しょうがないわね…よし)
「ねぇ、ボク…」
澄恵としては、少年を怯えさせないようにと、つとめて優しく、静かに話しかけたつもりだった。ところが、驚いたことに少年は…。
「ヒッ!ご、ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!」
正座の姿勢のままピョンと後ろに飛び跳ねると、そのまま床に頭を擦り付け、大きな泣声を上げながら、土下座をし始めたではないか。
「ごめんなさい、ごめんなさい…ヒック…ごめんなさい、澄恵さん…許して…くださいぃぃ」
泣きじゃくり、無様に土下座する少年のその姿は、可哀想を通り越して、滑稽ですらあった。一方、澄恵は、そんな少年の姿を唖然として見つめていた。
(な、な、なに?…なによ…ちょっと、声をかけただけでしょう?…何も、そんなに泣かなくても…)
「わるさ」を見つけられたとは言え、仮にも中学生の少年が、このように大げさに泣き喚くものだろうか。まるで、小学生、いやそれ以下の幼稚園児のような態度ではないか。ふと澄恵は、昨日、少年が言っていた言葉を思い出した。
『僕は、もう子供じゃないんだから…』
澄恵の口元に、薄っすらと笑みが浮かんでいた。
(やれやれ…声をかけただけで、そんなに震えるなんて…それも、涙を流して…フフ…いくら大人ぶっても、やっぱり、まだまだ子供みたいね、ボク…ウフフ…)
これが母性本能とでも言うのだろうか。少年を見る澄恵の視線は、とても優しいそれになっている。
「ボク…もういいのよ…そんなに泣かないで…」
「……」
「ね?おばさん、怒ってないから…だから、顔を上げて…」
既に澄恵は、少年の行為を許そうと思っていた。少年が余りにも可哀想に、そして、可愛らしく思えたからだ。所詮は、まだ中学生の子供なのだ。下着泥棒にしたって、その責任はむしろ、この年頃の少年の目に付くところに、不用意にパンティを干した自分にあるのかもしれない。そう考えた澄恵だった。
「さぁ、これでお顔を拭いて…」
先程よりも優しく語り掛けながら、テーブルの上のティッシュを2、3枚抜き取り、少年に手渡す澄恵。その澄恵の視線は、まさに母親のように慈愛に満ちていた。ところが…。
「う、う、嘘だ!す、澄恵さん…ゆ、許してくれるわけないよ」
今まで、ただ泣き崩れていた少年の態度が急変した。差し出された澄恵の手を払いのけると、怒ったように、大声を張り上げたのだ。
「な、何故?…おばさん、許してあげるわよ、ボクのこと…」
とまどう澄恵。少年の顔は、激しい怒りの表情だ。
「な、何を、怒ってるの?…お、おばさん…何か気に触るようなこと言ったかしら?」
「ゆ、許しくれるって言っても…す、澄恵さんは…澄恵さんは、ママに言いつけるに決まってる!」
「え?…」
少年を見れば、怒りながらも、目から涙をぽたぽたと流している。
(あ…なんだ、そういうこと…お母さんに言いつけられるのが怖いのね…ふぅ…こういうのを、逆ギレっていうのかしら?…)
さも呆れたといった表情で、ため息をついた澄恵だ。
「大丈夫よ、ボク…そんなことしないわ…おばさん、言いつけたりしないわよ」
「う、う、嘘だ!嘘だよぉ…ヒック、ヒック…」
「ホントよ。絶対、誰にも言ったりしないわ。今日のことは、二人の秘密にしておこう…ね?ボク」
「嘘だ…嘘だぁ!」
少年の態度は、まるで、おもちゃ屋の前で「買って買って」と駄々をこねる子供のようだ。何を言っても耳を貸そうとしない少年を、澄恵は、なんとかなだめようとする。
「ボク、そんなに泣かないの。ね?おばさん、誰にも言わないって言ってるでしょ?」
「嘘だぁ…嘘だよぉ…」
「ボク、もう子供じゃないんでしょ?昨日、自分でそう言ってたじゃない?だったら、聞き分けのないこと言わないで…ね?お願いだから、おばさんの言うことを信じて…」
「でもぉ…でもぉ…」
「ね?お願い、ボク。おばさんを信じて…もう泣き止んで…」
「だ…だ、だってぇ…」
少年は一向に泣き止む気配もなく、澄恵の言うことを信じようとはしない。
(ふぅ〜…やれやれ…とんだ『大人』だこと…)
成す術がない。再び深々とため息をついた澄恵だった。
(困った子ねぇ、ボクったら…そんなに、泣くんなら、最初から泥棒なんてしなきゃいいのに…それもパンティなんて…まったく、こんなモノ盗んで、一体何をしてるんだか…子供の癖にね…)
机の上のパンティに視線を落とした澄恵は、ふと、少年がしているであろう、下着泥棒とは別の、もう一つの「わるさ」を想像してしまった。思わず口元に笑みがこぼれる。今、目の前にいる、まるで幼稚園児のような少年に、余りにも似つかわしく無い行為に思えたからだ。
(そんなことだけ、大人なんだから…こんな泣き虫の坊やがねぇ…きっと、お母さんの目を盗んで、こっそりとしてるのね…ボクの秘密よね…?…ん?…秘密?…そうか…ボクの秘密…か)
その時、澄恵の頭に、少年を納得させるための、ある手段が浮かんだのだ。しかもそれは、少年に自分を信用させるばかりではなく、2度と少年が下着泥棒をしなくなるという、一石二鳥の、まさに名案だった。
(…で、でも…それは…少しやりすぎ…かも?…けど…このままじゃ、いつまでたっても、ボクは泣き止みそうに無いし…仕方ないわよね…)
泣きじゃくる少年をなだめるためだけに、そこまでの荒療治をする必要があるだろうか。若干、躊躇した澄恵だったが、泣き崩れる少年を見ていると、『何とかしてあげたい』という気持ちのほうが勝ってくる。
(そうよ、仕方ないのよ…これは、ボクのためなんだから…私は、ボクを納得させるために…2度とボクに下着泥棒なんかさせないために、そんなことをするのよ…仕方なく、ね…)
あくまでも少年のためなのだ。そう自分に言い聞かせると、澄恵は、冷静な口調で少年に語り掛けた。
「ボク…わかったわ。おばさんが何を言っても、ボクは信用してくれない…それなら、こうしましょう…私とボクの…私とボクだけの秘密を作るの」
「…え?…ひ、秘密?…」
「そう…秘密。それも、絶対に人には言ってはいけない…いえ、他人になんか話すことが出来ないような…そんな秘密…」
「……」
少年は訝しげに、澄恵の顔を見つめていた。