シリーズ●検証/石原「日の丸」教育(1)

 都教委通達(実施指針)で職務命令

監視される都立高教師たち

「日の丸・君が代」強制


【前文】東京都教育委員会は十月、入学式や卒業式の「日の丸・君が代」の実施について、起立や斉唱の仕方を細かく指示する通達(実施指針)を出した。さらに、今秋から授業計画を毎週提出するよう求め、校長の監督強化も促している。都立高校の教員は管理と監視に悲鳴を上げている。

●国旗に向かって起立●

 「北朝鮮並みなんですよ、都教委のやり方は。処分をちらつかせて起立や斉唱を強制し、権力によって心の内面まで縛ろうとする。逆らったら文書訓告では済まないでしょうから、おとなしく立って下を向いているしかありません」

 ある都立高校のベテラン教員はそう言って、首をすくめた。

 都教委は十月二十三日、「入学式や卒業式等において教職員は国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する」などと規定する通達(実施指針)を都立高校長らに示した。教職員が校長の職務命令に従わない場合は、処分する方針を明確にしている。

 来年三月の卒業式を待たず、通達は各校の創立記念行事(周年行事)から適用された。

 適用第一号は十月三十一日。都立足立西高校の創立三十周年記念式典だった。生徒や教職員、PTA役員ら約九百人が出席した体育館では、舞台壇上正面に「日の丸」と都旗が掲げられ、式次第の冒頭で司会者がアナウンスを始めた。

 「国歌斉唱。ご起立ください。前奏に続いてご唱和ください」

 音楽専科教員が「君が代」をピアノ伴奏する中、教職員は全員が伴奏終了まで起立した。

 式典前日、教職員一人一人に対して、「会場の指定された席で国旗に向かって起立して国歌を斉唱すること。着席の指示があるまで起立していること」などと書かれた校長名の職務命令書が交付され、当日の休暇は一切認めない方針も示された。

 「先生方は自分の意思に反することをさせられるので、戸惑っているようだった。いろいろな考えがあるだろうが、処分のないように気持ちよくやろうと呼びかけました」。湯浅友功校長はそう話す。

 都教委は二十三日の臨時校長会で通達を出した後も、周年行事がある学校の校長を呼んで、式典の準備から運営まで細かく指示した。教職員の起立と斉唱を現認(確認)しなければならないから、教頭は司会をしないようにと指導し、教職員の座席配置にも注文を付けてきた。そのたびに計画案は変更させられた。

 通達が出されてから式典まで一週間。とにかく時間がないので慌てて対応したという。都教委の実施指針は「国旗とともに都旗を掲揚する」と定めているが、これまで同校ではイチョウの葉っぱをデザインした都のシンボル旗を使っていた。都旗は急遽、都から借りた。

 さらに都教委は当日、同校に高校教育指導課長や指導主事八人を派遣する異例の体制を敷いた。「国歌斉唱の際に教職員が起立して歌ったかをチェックするためではないか」という声に対し、湯浅校長は「初めてだから混乱が心配で来てもらうことにした」と説明する。

 「指導主事がこんなに大勢やって来て教職員を監視するなんて、どう考えてもまともじゃない」。教員の一人は、そう言って絶句した。

●同一文の職務命令書●

 翌日の十一月一日には、高島、大森、杉並工の三校でも創立記念式典が行われた。派遣された指導主事の人数は異なるが、足立西高校と同じような光景が繰り広げられた。校長から教職員一人一人に交付された職務命令書の文面も、足立西高校とほぼ同じだった。

 都教委によると、年内に計十五の都立高校でこうした記念式典が行われるという。八日の深沢高校、十四日の東大和南高校の創立記念式典では、国歌斉唱の際にそれぞれ数人の教員が着席したり退席したりした。

 着席した教員の一人は、「強制に反対する気持ちを、次代を担う子どもたちに示したかった」と話す。

 「内心の自由が侵されるというのに抵抗せず従うのでは、教員としての責任が果たせず、信念を曲げることになると思いました。処分のことは考えていなかったけど、ブラックリストに載ると異動などで不利になるかもしれません」

 式典で国歌斉唱する際に、個人的に最も負担を強いられるのは音楽専科の教員だ。ピアノ伴奏という「具体的行為」をさせられるからだ。実施指針では「国歌斉唱はピアノ伴奏等により行う」とされているが、校長たちは例外なく、「国歌の伴奏を行うこと」と書かれた職務命令書を音楽専科の教員に交付した。

 ある高校では、音楽専科の教員が「子どもが急に熱を出して休むかもしれないのだから、CDを用意しておいてほしい」と要望したら、管理職に「そんなものは近所の人に見てもらいなさい。本人が大けがで意識不明にでもならなければ休暇は認めない」と言われたという。

 「抗議したり意見を言ったりしても、校長には裁量も何もなくて都教委のロボットみたいなんですね。私の意地として一回も練習せずにぶっつけ本番で伴奏しました。なるべく早く終わるようにテンポも速くひいたんですが、放送部の生徒も気を利かせてボリューム調整して音を絞ってくれたみたいです」

 音楽専科の教員の一人は「ささやかな抵抗です」と言って、そんなエピソードを打ち明けてくれた。

 式典では国歌斉唱に先立って、司会者が「内心の自由」について触れることも許されなかった。その代わり、事前に各クラスで担任が生徒に説明したケースはかなりの数に上ったという。国歌斉唱の際、多数の生徒が着席した学校もあった。

 こうした学校現場の混乱や動揺について、都教委の賀澤恵二・高等学校教育指導課長は、「実施指針違反者は処分の対象になるから校長は厳しく対応したのでしょう。学校の管理運営の権限は校長にあるので、都教委が直接指導するわけにはいかない」と説明する。

 教員の行動を監視しているという声には、次のように反論した。

 「式典には学校設置者として祝意を述べに行った。現場の状況を体験させたいと考えて指導主事を連れて行ったが、立たない教員がいないか監視したという事実はありません。体育館にピアノがない学校や音楽専科の教員がいない学校もあるので、可能な学校はピアノ伴奏をしてくださいと指導しています」

●だれのための週案か●

 都教委の実施指針が出される下地は、今年四月の都教委定例会の議論にあった。「国歌斉唱時に一部の教員や生徒が起立しない、司会が内心の自由について説明する、舞台を使わずフロア形式の式をしている」などの学校が問題だとされ、教育委員が課題のある学校名の公表を都教委に迫った。

 これを受けて都教委は、今春の式典での国旗掲揚・国歌斉唱の実施状況を調査。「国旗を正面に掲げずに三脚掲揚した高校が六割ある」などの数字を学校名とともに公表し、七月の都議会で、新しい実施指針を策定する方針を打ち出した。

 「都教委は愛国心教育を強化してきている。そのうち、起立しないと非国民という声も出てくるのではないか」と東京都高等学校教職員組合の鈴木敏夫副委員長は顔を曇らせる。

 七月の都議会では、都議が「都立高校では週案(一週間の指導計画)が提出されていない。授業内容を知れば、管理職が教材などの事前チェックもできる」と質問し、これを受けて都教委は、九月から都立高校での週案導入を決めた。

 都立高校ではこれまで、年間指導計画は作成していた。教員が何を教え、生徒は何を勉強しているのかを知ってもらうため、冊子にしてオープンにしている学校もある。しかし週案は現場教員の負担が大きく、作成する教員は皆無だった。

 週案の義務化には、教職員組合から反対の声が強く上がった。「教育内容について校長が教員を監督し、教材の適否まで判断することは許されない」というのだ。校長、教頭、主幹のラインによって、週案を管理や監視の道具に利用する意図があるとして、授業への介入を心配する意見も出されている。 

●リストに載れば排除●

 東京都ではこのところ、都立高校の教職員に対する締め付けが急ピッチで進んでいる。「アメとムチでがんじがらめで息が詰まるようです」と現場教員は話す。

 今年から導入された主幹制度は、新しい中間管理職の創設として話題になった。

 「エリートとして校長や都教委に認められた教員と、そうじゃない教員とを分けて、露骨に給与で差を付けることになる。まさにアメ。管理職の一方的な業績評価によって異動が決められてしまうのも問題だ」といった声がある。

 一方、授業観察、通勤経路の見直し、週案や自己申告書を提出しない教員のチェックなどは、前にも増して厳しくなった。

 「都教委や管理職に楯突く人間を狙い撃ちして、排除するための材料集めをしているのではないか」という批判もある。

  例えば人事考課制度導入に伴って始まった授業観察は、毎学期行なわれることになっているが、大規模校では教員数が多すぎて管理職の負担が大き過ぎる。評価基準や公平性が不明確だ、教職員をランク付けして分断することにつながる、などの反発も現場には根強い。

 このため実際の運用では、管理職が教室の前を歩いただけで「見た」ことにするなど、各学校の実態に応じて時間や回数は臨機応変に対応している。ところが、「日の丸・君が代」に批判的な教員の場合は、校長と教頭が授業を最初から最後まで見て「内容が偏っている。都教委に報告するぞ」などと厳しく指導されたという。

 都内の公立中学校では、男女共生や平和教育に熱心な教員を「偏向教育をしている」と攻撃して、政治的に排除するために授業観察をするといったことも起きている。

 「日の丸・君が代」が踏み絵として使われ、あぶり出されてブラックリストに上がった教員が狙い撃ちされるのだとしたら、思想統制以外の何ものでもない。

 教職員の自由な議論の場だった職員会議が、「校長の補助機関」とされて、職員室の様子は一変した。教員は「言っても無駄」と発言しなくなった。従順な教員づくりは着々と進んでいる。

初出掲載(「週刊金曜日」2003年11月28日号)

=雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります。


【都教委の実施指針(要旨)】

◆国旗◆式典会場の舞台壇上正面に掲揚。国旗は向かって左、都旗は右に併せて掲揚。屋外は来校者が十分認知できる場所に掲揚。掲揚時間は式典当日の始業時刻から終業時刻。

◆国歌◆式次第には「国歌斉唱」と記載。司会者が「国歌斉唱」と発声して起立を促す。教職員は会場の指定された席で国旗に向かって起立して斉唱。斉唱はピアノ伴奏等による。

◆会場設営◆舞台壇上や正面に演台を置いて卒業証書授与。児童・生徒は正面を向いて着席。教職員の服装は、厳粛かつ清新な雰囲気の中で行われる式典にふさわしいものとする。


●写真説明(ヨコ):都立足立西高校の創立30周年記念式典。都教委の通達(実施指針)に従って、国旗と都旗が壇上正面に掲揚された=2003年10月31日、東京都足立区で

●写真説明(ヨコ):都教委から周年行事に派遣されて来た指導主事たち。都教委は「監視目的ではない」と説明している=2003年11月1日、東京都大田区の都立大森高校で


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