教育基本法「見直し」

ずらり並んだ改正支持

中教審が東京で公聴会


【前文】中央教育審議会が全国五カ所で予定している「一日中央教育審議会」(公聴会)が、東京を皮切りに始まった。「幅広い国民の意見をうかがう」ための公聴会は、本当に幅広い意見を聴くことができたのだろうか。教育基本法「見直し」の歩みは着々と進んでいる。


●「陸の孤島」で厳重警備●

 教育基本法の「見直し」に向けて中間報告をまとめた中央教育審議会は十一月三十日、東京・有明の東京ビッグサイトで「一日中央教育審議会」と銘打った公聴会を開いた。公聴会はこの後、福岡、福島、京都、秋田の全国四会場で開催が予定されていて、東京会場が初回となる。

 この日、意見発表をしたのは高校教員や主婦、会社員ら十人。

 文部科学省によると、東京会場の意見発表には首都圏を中心に八十六人の応募があった。意見発表者は当初六人を予定していたが、「できるだけ多くの意見を述べてもらいたい」として、募集を締め切った後で急きょ十人に増やしたという。傍聴には五百人の定員に対し、六百六十七人の応募があったため抽選。当日の来場者は約三百五十人だった。

 会場となった東京ビッグサイトは、JR新橋駅から新交通「ゆりかもめ」で二十分の陸の孤島。さらに参加者は厳重な警備とボディーチェックで迎えられ、会場は緊張した空気に包まれた。文部科学省の担当者は「都心の大規模施設は予約がいっぱいで押さえられなかった」と説明する。厳重な警備体制については「警察・警備会社からの要請だ」としている。

 公聴会には、三十人の中教審委員のうち鳥居泰彦・中教審会長(前慶応義塾長)ら七人のほか、遠山敦子文部科学大臣と河村建夫副大臣が出席した。

 意見発表に先立ち「中間報告」の概要を説明した鳥居会長は、欧米や韓国で教育改革が進められてきた事例を示しながら、教育基本法「見直し」の必要性を力説。そのうえで、「家庭の教育力の回復」「日本人としての自覚」「国と郷土を愛する心」など、報告に盛り込まれた項目を紹介した。

●なぜか賛成意見が圧倒的●

 開会から三十分。ようやく意見発表が始まった。そこには、中教審の教育基本法「見直し路線」と愛国心を積極的に後押しする発言が、ずらりと並んだ。

 神奈川県の医師・奥平邦雄さん(五三歳)「子どもたちの道徳心の欠如は、大人社会の価値観や人生観の混乱に原因がある。宗教が教育から排除されたのが問題で、宗教的人生観や素養を子どもたちに示すことが大事だ」

 東京都の主婦・河村ユリ子さん(五二歳)「教育基本法の『平和への希求』の理念が、反戦平和運動の破壊や混乱を招いた。愛国心がタブー視されている現状は不愉快だ。伝統文化・国家の歴史を否定する教育は子どもの健全な成長を阻む。家庭教育の重要性を認識し、家庭の秩序を復活させなければならない」

 東京都の外資系企業勤務・高橋俊雄さん(三九歳)「自立した個人による社会契約の考え方や、競争原理の導入が必要。日本人のアイデンティティーが問題になっているが、公共・国・社会とは何なのかを考える教育が大切だ」

 千葉県の元民生委員・田村治子さん(五九歳)「日本人の心を再生するには教育しかない。国や郷土を愛する心について中間報告に盛り込まれたのは喜ばしいが、なぜ『愛国心』と堂々と書かないのか。今こそ日本人の誇りを取り戻す教育をすべきだ」

 千葉県の元団体役員・針ケ谷勉さん(六九歳)「自己中心的な考え方が、学力低下や勤労意欲の退化につながっている。権利ばかり教えるのではなく、公徳心や国家安全を担う義務こそ教育されるべきだ。家庭の責務を明確にしなければならない」

 静岡県の高校教員・深澤直幸さん(四○歳)「授業態度や姿勢、茶髪、言葉について子どもを指導しているが、根本にあるべき日本人としての感性や美意識が欠如している。文化伝統の体現者として日本人のアイデンティティーを示す国民教育が必要だ。滅私奉公の精神や国家に尽くす使命を教えなければならない」

 一方、はっきりと教育基本法の「見直し」に反対する意見を表明したのは、神奈川県在住の都立高校教員・青木茂雄さん(五五歳)だけだった。

 青木さんは「教育基本法の実現こそが計られるべきで、変える必要は全くない。愛国心を強要するなど、教育内容への行政の関与こそ戒められなければならない問題だ。国のために死ぬのが当然と教えて、自分の頭で考えない人間を大量につくった戦前の学校教育を反省し、理想実現のために制定されたのが教育基本法ではなかったのか」と主張した。

 また、東京都の自営業・小貫大輔さん(四一歳)は「教育改革は必要だが、国家や中央政府の統制で、全員が右へならえしなければならないような改革はおかしい。自由で多様な教育こそが、主体的で創造的な市民をつくることになる。『教育を受ける権利』よりも『教育をつくる権利』と言った方がいい」と訴え、国による教育統制の動きに懸念を示した。

 教育基本法の「見直し」に反対したり、少なくとも疑問を投げかけたりする立場から意見表明したのは、この二人だけだった。

 意見発表が終わり、発表者と中教審委員との質疑応答に移って間もなく、傍聴者が声を上げる一幕があった。戦前の軍国主義教育と教育基本法の理念について、鳥居会長へ質問する内容だった。呼応して傍聴席から「一方的な賛成意見ばかりじゃないか」「反対意見も聞いてください」などの野次が飛び交い、場内は一時騒然となった。文部科学省側の要請で、発言を続けた傍聴者二人が警備の警察官に連れ出された。

●「アリバイ作り」と批判●

 公聴会の初日を終えた鳥居会長は、「制定から五十五年間ずっと改正されていない教育基本法について、国民に理解してもらう必要がある。意見発表者の人選は、応募者全体の意見内容に合わせて案分比で決めた。賛成六人、反対二人、その他二人、の三グループ。組織的な応募があったかどうかは私には分からない。途中で質疑中断の混乱があったのは残念だったが、もう少し冷静にやりたいね」と感想を述べた。

 文部科学省生涯学習政策局の布村幸彦政策課長は「性別、地域、年齢など、幅広い意見が聞けるようにバランスよく発表者を選んだつもりだ。一方的な意見ばかりということはない。不規則的なことがなければ、傍聴者との意見交換もやりたい」と語った。

 これに対して、公聴会を傍聴していた東京都内の小学校男性教諭(五三歳)は「十人の意見発表者がどういうふうに選ばれたのか、とても疑問だった。『改正』に賛成する意見が多すぎて、あまりにもアンバランスな印象だった」。東京都内の主婦(五○歳)は「あらかじめシナリオが用意されている出来レースのような公聴会だと感じた。日本の伝統文化やアイデンティティーに固執し、女性の権利を抑えつけようとする意見を聞いていて、戦前戦中の国防婦人会を想像した」と話す。

 この日、公聴会場前では独立系の教職員組合員や学生、市民らがビラを配って、教育基本法の「改悪」反対を呼びかけた。

 また、東京・有楽町のマリオン前では公聴会終了後、教育基本法「改正」反対市民連絡会のメンバーが、「見直し」反対を訴えた。同連絡会は、子どもと教科書全国ネット21、子どもと法・21、日本YWCA、日本消費者連盟など三十団体で組織されている市民グループ。主婦や学生、教員ら約二十人がリレートークや歌などのパフォーマンスを繰り広げた。

 二回目の公聴会が十二月七日に予定されている福岡では、若手弁護士らを中心にした市民グループが公聴会場周辺を「人間の鎖」で取り囲み、教育基本法「見直し」反対をアピールする予定だ。

 教育基本法「見直し」の動きに教職員組合は反発姿勢を強めており、地域組織を中心に各地で集会やシンポジウムを開いている。

 日本教職員組合(日教組)の中村譲書記長は「基本法の理念が生かされてこなかったところに、今の子どもたちと教職員の困難がある。初めに『改正』ありきで、アリバイ的に公聴会を開くのではなく、時間をかけて開かれた議論をしてほしい」と訴える。

 全日本教職員組合(全教)の石川喩紀子副委員長も「見直すよりも生かすべきだという意見はかなりあるはずで、中間報告は納得できない。公聴会を開いたということで、国民のいろんな意見を聞いたことになってしまうことには疑問がある」と話している。

初出掲載(「週刊金曜日」2002年12月6日号)

=雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります。


●写真説明(ヨコ):教育基本法について「幅広く国民の意見をうかがう」ために開かれた「一日中央教育審議会」(公聴会)=11月30日、東京都江東区有明の東京ビッグサイトで


「ルポルタージュ」のインデックスに戻る

フロントページへ戻る

 ご意見・ご感想は norin@tky2.3web.ne.jp へどうぞ