インタビュー/司法改革

聴覚障害者の実態知らない裁判官

裁判に手話通訳は不可欠

関東ろう連盟理事長●野澤克哉さん


◆障害の背景に目を向けて◆

 ──野澤さんは最初から耳が聞こえなかったわけではないそうですが?

 野澤 小学校1年生の7歳の時から、全く耳が聞こえなくなりました。自分の声も全く聞くことができません。聾学校に通い、高等部を卒業しました。そのころは手話通訳もいなくて、「つんぼ」とか「おし」と言われているような時代でした。聾学校では正規の勉強というものは少なくて、職業訓練が中心になっていました。卒業する時の学力は、普通の小学生の5年生くらいだったと思います。英語も全然できませんでした。

 ──聴覚障害者は言語力や学力が低いとうかがっていますが、そうした実態にはどのような背景があるのでしょうか?

 野澤 僕の場合は7歳から聞こえなくなりましたので、言葉を持っていたんですね。でも生まれつき聞こえないと、言葉の力というものがないんですね。教育環境や家庭環境が悪いと、聾学校に入っても教育条件が悪いですからなかなか年齢相応に発達しないということがあります。社会的経験は体が丈夫ですから、年齢相応のものを経験することができますけれども、言葉がそれに伴わないという状態です。小学校5年生くらいのレベルで言葉が止まってしまうことが、耳の聞こえない人には多いです。「抽象的な思考力」が育たないということが多いですね。

 ──野澤さんはどのように言語力を身に着けられたのですか?

 野澤 2年間の独学をして静岡大学に入りました。文理学部の史学科です。小学5年生くらいの学力しかありませんでしたので、小学6年生から高校3年生までの7年分の勉強を2年間で独学しました。大変厳しかったですね。1日に15〜16時間は勉強していました。そうしなければ普通の人たちと同じようにはできませんから、死に物狂いで頑張りました。なぜそんなに勉強したのかというと、人並みの生活をしたいという気持ちがあったんですね。

 特に40歳代以上の聴覚障害者のほとんどは、聾学校を卒業しています。今の若い人は普通の高校や大学に入ることが難しくないですけれども、そのころは聴覚障害者として国立大学に入学したのは僕が2人目で、当時は非常に珍しい。ほとんどの聾唖者は聾学校の中学、高校を卒業すると仕事に入るのが普通でしたね。

 大学卒業後、ソーシャルワーカーのような相談にのる仕事を始めました。弁護士に友人や知人がいましたので、民法の969条の改正運動なども一緒にやってきました。公正証書の遺言書作成に手話通訳や筆記通訳を認めさせるというこの運動は、たった1年間で法務省を動かして条文を変えさせることができました。昨年、東京弁護士会から人権賞をいただきました。

◆「契約」が理解できない◆

 ──聴覚障害者のそういう生活背景に、トラブル発生の原因があるわけですね?

 野澤 一番の問題は、社会生活経験はあるけれども、中高年の聴覚障害者の場合は自分の生活に手いっぱいで、法律的な言葉を必要としている生活レベルに達していない人が多いということです。契約書の文章や用語が読めないという以前に、なぜ契約というものがあるのか、なぜ契約という制度があるのか、そのこと自体が理解できないといったことがあります。

 なぜ契約書にハンコを押したかが分からないといった例が大変多く、全国あちこちで裁判になっています。

 裁判官には、聴覚障害者のこういう背景や実態というものがなかなか分からないんですね。歳もいっていて、結婚もして、子どももいて、仕事もしていて、それなのにどうして言語力が小学校の3・4年生くらいのレベルなのか、どうして契約書が読めないのかが分からない。「契約することの社会的な理解はあるはずだ」というような考え方をする裁判官が多いですね。

 聴覚障害者はそれなりの社会生活をしておらず、社会生活のレベルが低いので、仕事にしても単純な組み立て作業だとか、雑役的な仕事であるとか、レベルは高くありません。生活は普通にしていますが、契約とかローンとか、そういう問題にぶつかるとトラブルの対象になりやすいということがあります。

 ──鑑定を頼まれることがあるとのことですが、どういうことをするのですか?

 野澤 弁護士に頼まれることもありますし、検察庁や裁判所から頼まれることもあります。

 読み書きが十分できず、判断力も十分ではなく、学校にも行っていないという聾唖者は今も大勢います。そういう人たちは、遺産相続の時にだまされて財産を取られてしまったり、兄弟の保証人になって後で責任を負わされたりといったトラブルが多いのです。

 耳が聞こえない人たちの読み書きの能力を調べたり、どの程度の社会生活レベルにあるのか、どのような社会的背景を持っているのか、どうしてこのような問題を起こすのか、なぜ契約書が読めないのか、そのようなことを鑑定して具体的に立証するわけです。

 つい1週間前にも頼まれて、千葉県船橋市内の51歳の聾唖者の鑑定をしました。自分の息子にだまされて、土地を売り飛ばされてしまう契約書にハンコを押してしまった、という事件でした。ハンコを押すという行為の社会的意味が理解できていたのか、契約書の文章が本当に読めなかったのか、読めなかったのならそれはどうしてか、といったようなことを鑑定しました。

 ふだんは農業をしたり、会社に勤めて簡単な仕事をしていたりしていますが、契約のある社会というものを知らない人が結構いる。そのような聾唖者がトラブルに巻き込まれるのですね。

 ──こういう実態は、一般にはあまり知られていませんね?

 野澤 聴覚障害者は見ただけでは分かりませんからね。見かけは普通の人と全く一緒で、たばこも吸うしお酒も飲みます。

◆裁判に通訳者は不可欠◆

 ──手話通訳は聴覚障害者に必要不可欠な存在ですよね。裁判においてはどのような問題点があるのでしょうか?

 野澤 刑事事件では聴覚障害者には通訳がついて裁判所が通訳費用を負担しますが、民事については自分たちで通訳を探さなければいけないので、なかなか厳しいですね。手話通訳の派遣制度のようなものがあることはあるのですが…。

 ──手話通訳者を探すのは、かなり難しいことなのですか?

 野澤 手話通訳者はたくさんいますが、裁判では専門用語が多いですよね。そういうレベルの言葉に慣れている通訳者でなければならないので、簡単には確保できません。東京や神奈川、大阪のように手話通訳者が多い所だとまだいいのですが、地方に行きますと裁判をスムーズにこなせるだけの通訳者は少ないのです。

 例えば警察に逮捕されたとしますと、舞台が警察、検察、裁判と移っていきますが、通訳はそれぞれの場面で別々であることがいいんですね。同じ通訳者だと予断を持ってしまいます。警察から検察に行った時に前に出た話が頭に残っていると、予断が入ってしまいますので、通訳はそれぞれ別々の者を派遣するべきだと考えています。

 大都市では通訳者がたくさんいるのでそういうこともできるのですが、地方ではそうはいかないですね。資格がある通訳者が2人や3人しかいないというところもあります。

 資格を持った手話通訳者は全国に1014人いますが、東京には247人、神奈川は55人、横浜は30人いますが、2人とか3人しかいないという県もたくさんあるわけです。1人で全部を担当すると、どこまで正確に客観的に通訳しているのか分からないですね。裁判でわれわれの人権がどこまで守られているか、まだまだ完全ではないのです。

◆施設で人権感覚を学べ◆

 ──裁判官の印象についてお聞きしたいのですが、聴覚障害者に対する理解はあると思いますか?

 野澤 地方公聴会でのほかの方々の発言を読んでいますと、裁判官を信用しているという公述人はほとんどいないようですね。「市民感覚がない」とほとんどの人が指摘しています。僕もやはりそう思います。

 われわれ聴覚障害者が民事事件で弁護士を頼んだら、裁判所に通訳を一緒に連れて行きます。ところが「弁護士に全部任せればいいから、通訳者をわざわざ連れて来る必要はない」と言う裁判官がいらっしゃいます。僕の経験した範囲では、これに近い感覚の裁判官は多いですね。

 ──制度だけの問題ではなくて、司法を支えている法曹一人ひとりの問題であるわけですね?

 野澤 ロースクール(法科大学院)をつくるのでしたら、できるだけ当事者である障害者を非常勤の講師などに招いて、実際の話を十分に学習してもらうとか、障害者の施設などで実習するといったような制度があってもいいかなと思います。

 学校の先生にしても、一般企業や障害者施設に3カ月くらい研修に行く例がだんだん増えてきていますよね。現役の裁判官や弁護士さんも、3年に1度くらいは障害者施設に1カ月ほど研修に行かせて、一緒に寝泊まりしながら生活させるということを、やろうと思えばできるはずだと思います。当然やっていいことではないでしょうか。

 ──法曹の中でも、弁護士は人権感覚があると一般的には思われていますね?

 野澤 今まで付き合ってきた弁護士の人たちは、仲間ということもありますが、積極的にわれわれの集まりに来て手話を学んだりしています。少なくとも裁判官よりは人権感覚を持っている人が多いと思っています。もちろん全部が全部そうだとは言い切れませんけどね(笑)。

 ──検察官の人権感覚については、どんな印象を持っていますか?

 野澤 刑法40条に「『いん唖者』の行為は罰せず、または刑を軽減する」という規定がありました。そういう規定をいろいろ勉強しているようです。聾唖者の場合は殺人とか放火といったものよりは、窃盗など軽い事件が多いので、その規定を適用して早く処理してしまおうというような意識や考え方が強いかなと思います。本当に人権感覚があるからというのではないようですね。

 でも、少なくとも裁判官より検察官は話はよく聞いてくれますね。僕も時々、鑑定を頼まれて検察庁に行きますが、話はよく聞いてくれます。

◆障害者差別の欠格条項◆

 ──「欠格条項」を変える運動にも取り組んでいらっしゃいますね?

 野澤 われわれが署名活動などをしながら闘っている運動の一つです。耳の聞こえない者に限らず、話せない者、目の見えない者に医師免許や薬剤師免許を与えない、試験も受けさせずに門前払いする、などといった法律による規定を変えさせる運動です。障害者を差別する70以上もの欠格条項が日本の法律にはあって、日本身体障害者団体連合会で一緒に活動していますが、耳の聞こえない者を差別する法律が一番多いので、われわれが中心になって運動をしています。その法律により差別を受けた当事者でなければ裁判が起こせないことにも、強い疑問を持っています。

 ──法曹界では聴覚障害者はどのくらい活躍しているのでしょうか?

 野澤 現在のところ、大阪、東京、名古屋に4人の聾唖者の弁護士がいます。手話通訳者を秘書として雇ったり、筆談したりして法廷に立っています。裁判所で証言した時にお目にかかったことがありますが、全く普通と同じようにやっています。

 被告や原告が聾唖者の場合、それぞれに専門の通訳が付いていて、弁護士にも自分専用の通訳がいます。傍聴席の聾唖者のためにも通訳が付いて裁判が進められていきます。ただ、聾唖者の被告や原告の理解が足りない場合にはテンポが遅くなりますが、事前に弁護士が裁判官に対して「言葉をかみ砕いて話してほしい」などと要望していますね。

 障害者に門戸が広がっていけば社会の認識も変わってくると思います。国会も障害のある議員が活躍することで変わってきましたからね。

◆手話通訳を公費負担に◆

 ──司法制度改革に対して、このほか要望することはありますか?

 野澤 手話通訳や筆記通訳を民事事件の時にも公費負担してもらえれば、われわれ聴覚障害者も裁判に親しみが持てると思います。弁護士を頼むにしても、聾唖者のことを理解している弁護士はまだまだ少ないです。弁護士を探すのも大変です。法律扶助協会というものはありますが、この制度を知っている人は一般でも少ないですが、聾唖者で知っている人はさらに少ないですね。

 ──司法制度改革審議会の地方公聴会で、公述人として意見発表されましたね?

 野澤 手話通訳を通じて委員の方々の意見も伺いましたが、熱心に取り組んでいるなあというふうに感じました。公述人の中には重い問題や命にかかわる問題を話されている方もいました。皆さんが話されたことを、少しでもいい形で司法制度改革に取り入れてもらえればと思います。委員からもそれなりの反応があったのではないかと思います。

 地方公聴会は全部で4カ所で開かれましたが、障害者の公述人は私一人だけだと聞いています。私の場合は、たまたま東京弁護士会の先生方に友達が多くて、そちらからの働きかけもあって公述人に選ばれました。このような背景がなければ、あまり障害者がこのようなところに出してもらったり、受け入れてもらえたりはしません。

 手話通訳者をつけて公聴会に出たい、その費用を負担してもらえるか、という交渉もかなり時間がかかりました。結局は公費負担としていただきましたが、もっと気楽にだれもが発言できるようになればいいですね。


【野澤克哉さんプロフィール】 のざわかつや。1939年、静岡県生まれ。現在、東京都立保健科学大学非常勤講師、国立身体障害者リハビリテーション学院非常勤講師、関東ろう連盟理事長など。

初出掲載(「月刊司法改革」2000年10月号)


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