司法改革●クローズアップ裁判

誤認逮捕・起訴で1年以上も拘置

「検察調べ印象にない」

被告が会見、司法の怠慢浮き彫りに

 窃盗と有印私文書偽造、詐欺罪などに問われて逮捕・起訴され、約1年1カ月にわたって拘置されながら、判決を目前に「無実」だと分かったために釈放された愛媛県内の男性(51歳)が3月30日、松山市の愛媛弁護士会館で国選弁護人の松本宏弁護士とともに記者会見した。男性は「やってもいないのに、なんで犯人に仕立て上げられなければならないのか」などと、捜査当局への怒りと不信感を強く訴えた。証拠よりも自白を重視する警察の犯罪捜査の在り方が改めて問われると同時に、こうしたずさんな捜査をチェックする立場である検察官や裁判官が、本来行うべき検証作業を怠っていた事実も浮き彫りになった。

●判決の4日前に釈放●

 この男性は、宇和島市内の知人の女性宅から1998年に貯金通帳と印鑑を盗んで、翌99年1月にこれらを使って現金50万円を引き出したとされ、昨年2月1日に愛媛県警宇和島署に逮捕された。松山地検宇和島支部は同月12日に窃盗罪で起訴し、6月23日に詐欺罪で追起訴した。男性は、警察による捜査段階では容疑を認めていたが、昨年3月23日の初公判から後は一貫して起訴事実を否認していた。

 地検支部は昨年12月21日の論告求刑公判で懲役2年6月を求刑。今年2月25日に、松山地裁宇和島支部で判決が言い渡される予定になっていた。

 しかし今年1月、高知県警南国署に昨年10月に強盗到傷容疑で逮捕された大阪市内の男性が、宇和島の窃盗事件を自供したとの連絡があった。松山地検は判決公判直前の2月21日に愛媛県内の男性の拘置取り消しを求め、男性は即日釈放された。

●刑事に迎合して自供●

 弁護士会館で松本弁護士と会見に臨んだ男性は、捜査当局による取り調べの様子や、誤認逮捕・起訴されてから1年以上にわたって拘置されたことに対する思いなどを、とつとつとした口調で明らかにした。

 男性は警察の取り調べについて、「防犯カメラに写っている姿が自分に似ていると刑事に追求された。暴力だとか長時間に及ぶような取り調べはなかったが、だんだん強い言い方や大声になり、『証拠は上がっているのだから素直に自供したらどうだ』『否認の時間が長引くと罪が重くなるぞ』などと迫られ、頭の中がまっ白になったので自供してしまった。(警察での取り調べを)家族や勤務先に知られたくないという気持ちもあったし、恐怖心もあった。本当はやっていないのだから正直に早く言わなければいけないと、ずっと思っていた」と話し、刑事による取り調べに迎合していく経緯を説明した。

 さらに男性は「なんで、やっていないのに犯人に仕立て上げるのか。僕の言うことを信じてもらえずに追求される状態だった。刑事さんが次々に話を進めて、答えられないと刑事さんが言葉を補って、僕が『そうです』などと言った。悔しいのは、否認してからどうして新たに取り調べをしなかったのかということだ」と、捜査の在り方に怒りと不満をぶつけた。そして「言いたいことは山ほどあるが、長期間拘置されて刑事さんが憎い。(警察など捜査機関には)もうかかわりたくないので、謝りに来ても会いたくない」などと述べた。

 また、釈放後の生活について「とにかく早く裁判が終わってのんびりしたい。(1年以上の拘置で)体は弱くなったし、前にやっていた仕事もなくなってしまった。少しずつ運動したり、職業安定所に通ったりして過ごしている。新しい仕事に早く就きたいが、現在の就職状況や自分の年齢から考えるとなかなか見付からない。めどは全く立っていない」などと話し、これからの暮らしに不安な気持ちをのぞかせた。

●機能しない検察捜査●

 検察による取り調べはとても簡単だったという。「警察の調書をもとになぞるだけ。1回、わずか一時間くらい調べられただけだった。検察官の取り調べはほとんど印象にないと記憶している」と男性は証言した。

 男性の弁護人を務めた松本弁護士は、捜査機関の在り方の問題のほかに、当番弁護士の依頼の周知徹底や、被疑者段階で国選弁護人を付ける制度の必要性を強く訴えた。「警察署に連れて行かれると、容疑者は孤立無援の状態になる。そういう状況での容疑者の心情を考えて、捜査当局はまず証拠をきちんと集めることに努めるべきだ」

 検察の姿勢に対しては「警察の調書をもとに、別の見地から調べるという検察のチェック機能が働かなかった。防犯カメラに写っていたとされる人物が男性と同じなのか、現場に連れて行って同じような位置に立たせてみるとか、カメラに写っていた時間の男性のアリバイはどうだったのかとか、きちんと検証して証拠を採取していれば今回のようなことにはならなかった」などと、検察段階でのきちんとしたチェックがなかった問題点を指摘した。

 同弁護士によると、4月21日に予定されている公判で検察側から「本当の容疑者」の供述調書が提出されると予想しており、男性に対する無罪判決が出るとすればそれを見てから後になるだろうという。

●弁護士会が調査開始●

 また会見終了後、弁愛媛護士会の人権擁護委員会(西嶋吉光委員長、委員20人)の緊急会議が同弁護士会館で開かれ、男性に対して人権侵害があったとして事実関係の調査を始めた。この日は10人の委員が出席し、同委員会のメンバーでもある松本弁護士から今回の事件の捜査・公判経過が報告された。未開示の証拠や捜査資料を検察に請求するほか、男性や関係者から事情聴取もしたいとしており、誤認逮捕・起訴された原因の調査・研究を委員会として進める方針だ。

 防犯ビデオの人物の評価に際して証言者に誘導や暗示などはなかったか、逮捕するまでに男性のアリバイや筆跡などの裏付け調査をしたか、起訴から追起訴まで4カ月も間があるのはなぜか、などの疑問点についても検討する。人権侵害の事実が明らかになれば、警察や検察など関係者に対し、警告や勧告、要望を出すことになる。

 委員長の西嶋弁護士は「容疑者が弁解しても聞き入れてもらえないことから、虚偽の自白を生んでしまう典型的事例だ。公判では、被告人のアリバイを確かめるための現場検証が採用されなかったが、こんな重要な問題を検証しなかったという点では、弁護人は裁判官の訴訟指揮に対しても不満があるだろう。保釈制度が不十分なのも問題で、逮捕後の早い段階で保釈が認められていれば、こんなことにはならなかったのではないか」と話している。


【写真説明】 「やっていないのに犯人に仕立て上げられ、職も失った…」。誤認逮捕・起訴された男性(手前)は弁護士とともに記者会見し、取り調べの様子などを語った=3月31日、愛媛県松山市の愛媛弁護士会館で

【写真説明】 誤認逮捕・起訴でどのような人権侵害があったのか。愛媛弁護士会の人権擁護委員会は人権救済の調査を始めた=3月31日、愛媛県松山市の愛媛弁護士会館で

初出掲載(「月刊司法改革」2000年5月号)


●誌面の都合で雑誌掲載時にカットされた部分を復活させました。


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