シリーズ●検証/石原「日の丸」教育(6)

 生徒不起立で教員に「指導責任」

言動にまで踏み込む都教委


【前文】「生徒が立たないのは教員に問題があるから」とする東京都教育委員会は、担任教員らに厳重注意などの指導をするという。思想・良心の自由に基づく生徒の行動について、教員の指導責任を問うのは前代未聞。生徒の自由意思を制約することになりかねない理不尽さだ。

 今春の都立高校の卒業式・入学式で国歌斉唱の際に起立しない生徒が多数いたなどとして、東京都教育委員会は五月二十五日、指導不足などを理由に学級担任や管理職ら計五十七人を厳重注意、注意、指導とすることを決めた。

 生徒の不起立を理由に指導されるのは、都立高校の全日制三校と定時制五校の計八校の教員ら。このほか教員に不適切な言動があったなどとして、全日制三校と定時制一校、養護学校一校の計五校の教員ら十人も同様に指導する。三月末で退職した教員や管理職は対象にならない。

 都教委は「国歌斉唱の適切な指導を求めるもので処分ではない」としている。指導対象とされた教員と管理職は六月中旬に都教委に呼ばれ、指導部長から口頭で十分ほどの注意や指導を受ける。

 生徒の不起立について、都教委は「教員の指導力不足か、恣意的な指導があった」と主張するが、都立高校の教員の多くは「高校三年生にもなれば生徒は自分自身で考えて行動する。高校生を馬鹿にしているとしか思えない」と反論する。

 生徒の八割が起立しなかった全日制都立高校の教員は、「教員の置かれている状況について生徒の関心は高くて、日の丸・君が代に抵抗感のない生徒も都教委のやり方はひどいと感じていたようです。都教委の強引さに反発して座った生徒もいたのではないか。周りの様子を見ながら行動する生徒もいるだろうが、今回は多くの生徒が自分で判断して立たなかった」と振り返る。

 外国籍や不登校・中退経験など、多様な生徒が集まる定時制のある都立高校では、九割以上の生徒が立たなかった。夜中までクラス討議を重ねて、自主的に起立しないことを決めた結果だという。別の定時制高校では、生徒の大半が「卒業式に日の丸・君が代はふさわしくない」として式場への入場を拒んだ。

 「定時制の生徒たちの目は社会に向かって大きく開かれている。世の中の矛盾に対する批判精神が高いんです」と関係者は指摘する。

 生徒の自主的な判断や行動について、都教委が教員の指導責任を問うのは前代未聞だ。「生徒の主体的判断を否定する」「生徒の自由意思を制約することにつながる」と学校現場からは批判の声が強い。

 そもそも立つか立たないか、歌うか歌わないかは、個人の「思想・良心の自由」の問題だ。教員がどれだけ懸命に指導したとしても、最終的に判断するのは生徒自身だろう。都教委の言う「生徒への適切な指導」は、憲法違反にもなりかねない。都教委は教職員だけでなく、とうとう生徒にも「日の丸・君が代」への忠誠を強制し始めたことになる。

 一方、都教委は教員の言動にまで踏み込んできた。ある都立高校では学級担任がクラスで「内心の自由」について説明したことが「不適切な言動」とされ、別の都立高校では卒業式の教員スピーチの中で、担任の一人が都教委通達について触れたことが「不適切な言動」とされた。

 都教委は「生徒に内心の自由について説明する必要はない」と校長を指導している。「生徒は日本国憲法については学習して思想・良心の自由が認められていることを知っている」というのが理由だが、同じことを何回説明したとしても何ら問題はないし、必要があれば反復して教えるのが教育だろう。今回の都教委の教員らに対する「指導」は、教育行政による教育内容への不当な介入と言わざるを得ない。

初出掲載(「週刊金曜日」2004年6月11日号)

=雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります。


●写真説明(ヨコ):「公教育に携わる教員が児童生徒に対して学習指導要領に反する偏った考え方を押しつけることは絶対に許されない」と答弁する石原慎太郎都知事=2004年3月16日、都議会予算特別委員会で


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