シリーズ●検証/石原「日の丸」教育(11)

 「君が代」不起立で停職処分

「先生、早く戻ってきて」

正門前に「登校」して青空授業


【前文】今春の入学式で国歌斉唱の際に起立しなかったとして、東京都教育委員会から停職一カ月の処分を受けた立川市立立川第二中学校の根津公子さん(五四歳)が、処分の取り消しを求めて、勤務校の正門前に抗議の「自主登校」を続けている。「先生、どうして中に入らないでここにいるの?」。生徒たちとの会話を通して、根津さんは「生きた教材」を使った青空授業を展開している。

 根津さんは、今年三月の卒業式での不起立を理由に減給十分の一(六カ月)とされるなど、今回が四回目の懲戒処分となったため、五月二十七日付で停職一カ月の処分を受けた。「日の丸・君が代」をめぐって停職処分が発令されたのは初めてだ。四月には福岡地裁が、不起立を理由にした教員の減給について、処分取り消しを命じたばかりだった。

 「起立しないだけで処分され、しかも停職処分なんて納得できない。私は悪いことをしたわけではない。本当は授業をしたいのに許されなくなった。そのことを生徒たちに分かってもらいたい」。そんな思いから、根津さんは停職期間の一カ月、朝から放課後まで学校の正門前に毎日登校することを決めた。

 「一つの価値観を押し付けて従わせる『君が代』斉唱は、教育を否定する行為です。そんな職務命令には従えない。服従しない者には徹底した弾圧を加えて学校現場から排除するやり方は、戦前の軍国主義教育や治安維持法を思わせます」と根津さんは話す。

 「まちがっていると思うことには命令でも従えないのです」と手書きした小さなプラカードを横に置いて、正門前の自主登校を始めた根津さんに、生徒たちの反応は率直だった。「先生、どうして学校の中に入れないの?」と疑問を持った生徒たちと、初日から早速話し込む姿が見られた。

 下校する生徒たちが、「処分って何?」「どうして立たないと処分されるの?」と次々に質問してくる。数人ずつの集団が入れ替わり立ち替わりやってきて、根津さんはそれらに一つずつ答える。

 事情が分かってきた二日目以降も、下校時になると生徒たちが根津さんの周りに何人も集まってくる。中には根津さんが挨拶しても黙って通り過ぎる生徒もいるが、「先生、体は大丈夫?」「教室でみんな心配してるよ」「ご飯は食べてるのか」「がんばれよー!」などと声をかけながら帰って行く生徒が少なくない。

 三年生の男子生徒は、「上からの圧力に負けない根津先生の行動は間違っていないと思う。自分の意見を貫き通してほしい。僕自身は卒業式で『君が代』は歌わないつもりです」と根津さんに声援を送る。また三年生の女子生徒は、「根津先生がいないと授業が寂しい。日の丸や君が代の強制は憲法違反だと思う。ナチスみたい。あんなに何でも縛り付けたら伸びる子も伸びなくなっちゃう」と都教委の姿勢を批判した。

 教室での授業は許されないが、正門前に立ち続けて自分の生き方を「教材」として生徒に見せることで、根津さんはまさに「生きた授業」をしているわけだ。

 同校の福田一平校長は、「学校の敷地外の行動だから校長としては善し悪しについてコメントできないが、停職処分を受けた先生が毎日校門の前に立つのは例がないので、地域や保護者にさまざまな影響はある。生徒には動揺を与えないように別の教員がフォローしている」と話している。

初出掲載(「週刊金曜日」2005年6月24日号)

=雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります。


●写真説明(ヨコ):「自主登校」の初日、正門前で教え子らと話し込む根津公子さん=2005年5月31日午後2時過ぎ、東京都立川市曙町の市立立川第二中学校で


【関係記事・A】

都教委の「君が代」強制

不起立でついに停職処分


【前文】国歌斉唱の際に教員が起立しなかっただけで、東京都教育委員会はついに停職処分を発令した。福岡地裁では一カ月前、不起立を理由にした教員の減給について処分取り消しを命じる判決があったばかり。「日の丸・君が代」を強制する都教委の「暴走」は、とどまるところを知らないようだ。

 都教委は五月二十七日、今春の入学式で国歌斉唱の際に起立しなかったなどとして、公立学校十校の教職員十人を職務命令違反で懲戒処分した。三月の卒業式の不起立で減給十分の一(六カ月)を受けるなど、今回で四回目の懲戒処分となった立川市立立川二中の根津公子さん(五四歳)が停職一カ月とされたほか、都立高校教員三人が二回目の処分で減給十分の一(一カ月)、同教員六人が戒告処分を受けた。戒告の一人はピアノ伴奏拒否、ほかの九人は不起立が処分理由とされた。

 「日の丸・君が代」をめぐっての停職処分は初めて。都教委は一昨年十月に国旗掲揚や国歌斉唱を徹底させる通達を出して以降、職務命令違反を理由に約三百人の教員を懲戒処分しているが、全国でも東京都が突出しているのは、加重累積処分で教員を従わせようとしている点だろう。

 国歌斉唱の際に起立しないだけで、処分がいきなり「戒告」からスタートするのも異例だが、不起立などの職務命令違反が二回目、三回目と重なるにつれて、どんどん重い処分になっていくのが都教委処分の特徴だ。「職務命令違反を何回も繰り返すと分限免職ですよ」と都教委人事部の管理主事から忠告された教員もいる。

 福岡地裁(亀川清長裁判長)は四月二十六日、国歌斉唱の際に起立しなかった北九州市の教員4人に対する市教委の減給処分について、「社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の範囲を逸脱している」などとして処分の取り消しを命じたが、都教委の今回の処分発令は裁判所の判断など眼中にないと言わんばかりだ。それだけに学校現場に与えた衝撃は大きい。

 それでも、停職処分とされた根津さんは「自分にうそをつかない生き方を示すことで、教育に責任を持ちたい。子どもたちには自分で考えて判断する人間になってほしい。免職は嫌だが理不尽なことには服従できません」と話す。

 こうした懲戒処分のほか、都教委は今回、卒業式と入学式で生徒や保護者に対して、不適切な指導や言動があったなどとして、都立高校五校の教員五人を厳重注意や指導とすることを決めた。

 関係者によると、ホームルームや式場で、憲法で保障されている「内心の自由」について触れて、「斉唱も起立も各自で判断して下さい」などと説明したことが「不適切」だと判断された。また休日に、前任校の卒業式に来賓として出席した都立高校教員が「いろいろな強制がある中であっても、自分で判断し行動できる力を磨いていって下さい」と述べ、国歌斉唱の際に起立しなかったことも問題にされたという。

 「思想・良心の自由」という当たり前の基本的権利を説明したことまで、とがめ立てされることに対し、教員らは「どこが問題なのか理解できない」と憤る。

 都教委指導企画課の岩佐哲男課長は、「厳重注意や指導は処分ではない。何がどう適切でなかったかなど個別の事例についてはお答えできない」としている。

初出掲載(「週刊金曜日」2005年6月3日号)

=雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります。


●写真説明(ヨコ):憮然とした面持ちで、停職処分の通知書を教員仲間に見せる根津公子さん=2005年5月27日午後5時過ぎ、東京・本郷の東京都教職員研修センター分館前で


【関係記事・B】金曜アンテナ

「君が代」処分、研究者122人が抗議声明

 今春の入学式で国歌斉唱の際に起立しなかったとして、東京都教育委員会が立川市立立川第二中学校の根津公子さん(五四歳)を停職一カ月としたほか、都立高校の教員九人に減給や戒告の懲戒処分を発令したことに対し、教育学や憲法学などの研究者百二十二人は六月二十二日、「処分は憲法違反だ」などとする抗議声明を発表した。

 声明に名前を連ねているのは、堀尾輝久・東大名誉教授(教育学)、西原博史・早大教授(憲法学)、水島朝穂・早大教授(同)ら。西原教授らは同日、都教委に出向いて声明文を手渡した。

 研究者は声明で、「国歌斉唱の際、教員に職務命令を出して起立させることは、憲法と教育基本法に照らして違法としか考えられない」「個々の教員に起立・斉唱の職務命令を発し、その違反に対して処分するのは、教員を利用することによって子どもたちを特定の価値に従わせることを目的とするもので、教育委員会が有する権限の範囲を著しく逸脱することは明らかだ」と都教委の姿勢を真っ向から批判。関係するすべての処分撤回を求めている。

 また、「日の丸・君が代」をめぐって都教委から停職処分を受けた初めてのケースとなった根津さんは、処分の取り消しを求めて都人事委員会に審査請求する方針だ。

初出掲載(「週刊金曜日」2005年7月1日号)


【関連記事】=上記の3つの記事に登場する家庭科教諭・根津公子さんの「関連ルポ」を、このほか次の通り掲載しています。ご参照下さい。

(1)「『偏向授業』と決め付け」

(2)「つくられる『指導力不足』教員」 =「偏向授業」の続編です

(3)「Tシャツ着用で退廷命令」


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