シリーズ●検証/石原「日の丸」教育(10)

 「強制」進む都立高校卒業式

それでも生徒は発言する

厳戒態勢の学校現場から


【前文】国歌斉唱の際に起立しない教職員が大量処分される都立高校。今年の卒業式では教員の間に重苦しい沈黙が広がった。教育委員会は生徒への「適正な指導」を要請し、校門前でのビラ配りに校長が神経を尖らせるなど、「日の丸・君が代」の強制はエスカレートするばかりだが、生徒たちは静かに異議申し立ての声を上げている。

 都立戸山高校の卒業式。各クラスの代表が、卒業証書を受け取るために壇上に上がって簡単なパフォーマンスなどを繰り広げる。この学校の伝統だ。その中の一人で卒業式委員長の男子生徒は、マイクを手にして短くこう発言した。

 「教育委員会の方にひとことお願いがあります。これ以上、先生をいじめないで下さい」

●答辞で苦言/先生をいじめるな●

 学校に「日の丸・君が代」を押し付けてくる東京都教育委員会の執拗な「指導」に対し、抗議のメッセージだった。生徒や保護者からわき起こったひときわ大きな拍手は、十数秒にわたって鳴り止まなかった。校長の隣に座る来賓の都教委職員は、苦笑しているように見えた。

 大学受験を控えながら、卒業式委員長として校長交渉を続けてきた。式の運営のほか、国旗・国歌の扱いをめぐっても議論を重ねた。「みんな座ろう」と呼びかけてしまえばこれほど楽なことはない。でも卒業生にもさまざまな意見がある。「一つの価値観しか見いだせないなら都教委と同じではないか」。それが、卒業式委員会のメンバーが悩んだ末にたどり着いた結論だった。

 校旗を中心に国旗を掲揚できないか、国歌斉唱の前に学園歌を歌ってはどうか。そうした提案はことごとく却下されたが、一年生の式への参加や、ブラスバンドによるエンディング演奏は認められた。

 「見た目は昨年の卒業式と変わらないかもしれないけど、やることはやったという充実感があります。生徒自身が声を上げることの意味を後輩に分かってもらいたかった」

 卒業式委員長は万感の思いを込めて、冒頭の発言をしたのだった。

 さらに、「卒業生の言葉」を述べた代表四人のうち男子生徒の一人が都教委の姿勢を批判した。「僕は天皇を人格者として尊敬しているので君が代を歌いましたが、先生の処分を振りかざして人質にした強制はおかしい」などと発言し、思想統制社会の怖さと、自分で考えて行動することの大切さを後輩に訴えた。

 これに対して、卒業式後に保護者が主催する「祝う会」で同校の佐藤徹校長は、「きょうの生徒の発言はいかがなものか。拍手をする保護者もいかがなものか」と怒りをぶちまけた。校長が挨拶を終えても会場から拍手は全くなかったという。

 「都教委批判がよほどこたえたのでしょうか、おめでとうの言葉もなくそんな話が延々と続きました。卒業生の発言は、きちんとものを考えて必要があれば声を出してほしいということ。そういう主張ができる子どもを育てたのは戸山の教育の成果じゃないですか。校長先生はそうは考えられないのでしょうか」

 母親の一人は残念がる。そして、「今後、生徒の発言を学校や都教委がチェックすることにならなければいいのですが」と心配した。

 佐藤校長は、「内容が問題というのではなく、卒業式という公の場での卒業生の発言として適切ではないと思っている」と話す。保護者批判については、「そんな批判をするわけがない」と否定した。

●規制と弾圧/ビラ配り許さない●

 二〇〇三年十月の都教委通達(実施指針)以降、都立高校では国歌斉唱の際に起立しない教員やピアノ伴奏を拒む音楽教員ら約二百人が処分されているが、二回目は減給、三回目の処分はさらに重くなり、その次は分限免職(クビ)だとうわさされている。しかも処分を受ければ、定年退職後の再雇用(嘱託教員)の道は閉ざされてしまう。

 処分された教員が勤務一年目で異動させられたり、通勤時間が片道二時間半以上かかる学校に動かされたりするケースもある。管理職の言うことを聞かない教員は、人事異動で徹底排除されるのだ。

 「不起立を貫きたいけど躊躇してしまう」と訴える教員は多い。処分と人事による威嚇効果は相当なものだ。「『日の丸・君が代』不当処分撤回を求める被処分者の会」によると、今春の卒業式では十六日までに四十人が起立しなかったという。

 式場で生徒に「内心の自由」について説明することは許されない。都教委が生徒への「適正な指導」を要請したのを受けて、卒業式の予行練習で「声が小さい」という理由から「君が代」を三回も繰り返し歌わせた学校がある。ピアノ伴奏を命じられたことで睡眠障害など心身の不調を訴え、学校を休まざるを得ない音楽教員も昨年に続いて出ている。

 息苦しさが増すばかりの都立高校だが、今年になってさらに異様な事態が続いている。卒業式シーズンの前から、「日の丸・君が代」の強制に反対する正門前でのビラ配りに対し、学校側が警察に通報するケースが相次いでいるのだ(3月4日号のアンテナ欄で既報)。

 一月下旬には地区校長会を通じ、「生徒にビラを配布している時は注意し、やめない場合は警察に通報して道路交通法違反で対応をお願いする」などと指示する文書も出回っている。都教委は「それぞれの校長の判断だ」とするが、「学校と警察が連携することはある」と両者の緊密な関係を否定しない。安易な通報は思想・表現の自由を脅かす恐れがあると弁護士らは指摘する。

 三月初め、都立野津田高校(町田市)と都立農産高校(葛飾区)で、いずれも卒業式の朝に学校敷地内で「日の丸・君が代」に反対するビラを配ったとして、男性三人が建造物侵入の疑いで警視庁に現行犯逮捕された。東京地裁八王子支部は、「建造物侵入罪と評価するのは困難だ」として野津田高校で逮捕された二人の勾留請求を却下。農産高校で逮捕された一人も釈放されているが、卒業式当日の各都立高校の正門前は、パトカーや私服警察官、ビラ配りに対する逮捕を監視する弁護士らが並んで、緊迫した空気に包まれた。

 ビラを配るのは、保護者、地域の市民グループ、大学自治会や労組系の政治団体とさまざま。戸山高校では卒業式の朝、PTA副会長ら保護者有志が昨年同様に正門前で、「思想・良心の自由が守られる戸山らしい自主自立の卒業式を」と訴えるメッセージカードを配った。「外部団体でなく保護者なのだから校内で配らせてほしい」と要望したが、校長は認めなかった。

●高校新聞部/無関心と気配りと●

 「日の丸・君が代」をめぐって都教委の締め付けは強まる一方だが、都立国際高校(目黒区駒場)の卒業式は、それでもまだ学校の名前通りの独自のカラーを残している。

 さまざまな国や地域出身の生徒を受け入れている同校では、それぞれの出身国の国旗をスタンドに立て、校旗とともに壇上に平等に並べて卒業や入学を祝ってきた。昨年の卒業式から、舞台正面には「日の丸」と都旗と校旗が登場した。

 昨年一月、生徒会が発行する週刊の広報新聞で、二年生の有志が投稿記事という形で「日の丸・君が代」を取り上げ、不起立教員の処分問題などについて訴えた。

 さらに昨秋の学園祭でも「私たちの卒業式」と題して展示を企画。再び「日の丸・君が代」の強制問題をテーマに掲げ、石原慎太郎都知事の人物像や語録を紹介しながら、「力ずくで強いることは憲法が保障した思想・良心の自由を侵しているのではないでしょうか。私たちも親もどの先生も辛い思いをせずに、気持ちの良い式典になってほしいです」と呼びかけた。

 展示に対する感想書き込みボードには、「石原知事が高支持率だということは、それだけ多くの有権者が支持しているということ。世間受けするパフォーマーが人気が出る。石原知事の技術が上手なのだ」「君が代くらいと言っているうちに、すべての意見が封じられることになってしまう危険性に、もっとみんな気付くべきですね」といった意見がぎっしり寄せられた。

 国際高校のように、生徒の発行する新聞に「日の丸・君が代」の特集記事が掲載されるのは、最近では珍しいことだ。そもそも、生徒会や新聞部(新聞委員会)など高校生の自治・言論活動は全国的に停滞傾向にある。都立高校でも生徒による新聞発行は少なくなっている。

 都立立川高校は、新聞委員会の活動が活発で、週刊ワープロ新聞と活版新聞を年間に三十号以上も出しているが、「日の丸・君が代」について特集を組んだのは五年前の二〇〇〇年が最後だ。この時は前年に成立した国旗・国歌法を受けて、「日の丸・君が代」の歴史と法制化の意味などを解説するとともに、全校生徒へのアンケート結果を詳しく紹介するなど、計四回にわたって精力的な報道を続けた。

 マスコミ論調や学者らの意見の受け売りでなく、自分たちの卒業式に対してどう考えるかに主眼を置いた記事だった。同紙のアンケートによると、卒業式で国歌斉唱の際に起立すると答えたのは三五%で、起立しないは四三%。また、斉唱するは一四%で、斉唱しないは七四%だったが、「みんなが起立している中で自分の意志を貫き通すことができますか」との問いには、できるが二八%に対して、できないは三七%など、興味深い結果が掲載された。

 都教委通達以降、ますます「日の丸・君が代」は生徒の身近な問題になっているはずだが、特集記事は皆無だ。高校新聞の研究を長年続けている新聞教育研究所の大内文一さんも、「都立高校で、日の丸・君が代を特集した新聞はここ数年見たことがない」と話す。社会問題への関心が薄れてきているのだろうか。

 実は、立川高校の新聞委員会では昨年四月に、卒業式と「日の丸・君が代」について取り上げる話が編集会議で出たという。しかしその企画は中止になった。理由は「顧問の先生に迷惑がかかるから」だった。

 同校の新聞は、顧問教師であっても記事内容を事前検閲することはない。しかし、紙面で正面から「日の丸・君が代」を扱うと顧問や管理職にまで影響が及ぶだろうと考え、新聞委員会の生徒は「大人の判断」をしたのだった。

●主役は生徒/声を上げ考えよう●

 今年二月中旬と三月上旬。都立高校を卒業した大学生や現役高校生らが、都立高校の現状や「日の丸・君が代」について考えるネットワークをつくろうと呼び掛け、若い世代同士が議論する会が都内であった。

 「身近な人が傷ついて辛い思いをすると、敏感に反応するし関心や興味を持つよね」という意見から、話はどんどん広がっていった。「日の丸・君が代」の問題で担任やお世話になった先生が処分されると、生徒たちの感性は鋭く反応する。そして都教委の強引なやり方に疑問や反感を持つようになるというのだ。

 「上からの圧力で学校を取り巻く状況が厳しくなると、政治に関心を持つようになる。矛盾しているかもしれないけどこれって希望が持てるんじゃないかな」

 「(命令と処分で強制する)都教委は自分の首を絞めているよね」

 「でも、おかしいねとか、ひどいねと言うだけで、そこで思考や行動がストップしていることも多くてそれ以上は声が上がらない」

 「そこで終わったら意味がない。二年生や一年生に現状を伝えて、現役にもっと頑張ってもらわないと」 「先生が一枚岩になって徹底的に抵抗して、都立高校の教育が動かなくなるような状態に持っていくことで、これまで興味がなかった人たちに知ってもらうという手もあるんじゃないか」

 十代の議論はまだまだ続く。

 「愛国心は一概に悪いと思わないけど、強制はおかしい。学校の近くに右翼の街宣車が何十台も来るのを見ていると、戦争は本当に終わったのかなと思って恐怖感を覚える」

 「愛国心はみんなが持っている。都教委は愛国心を利用して象徴をつくり上げようとしている。日の丸・君が代の強制はそういうことを考えるきっかけになると思う」

 熱のこもった話し合いはなかなか尽きない。高校生や大学生が今の都立高校を取り巻く環境に異常さを感じ、なんとかしたいという思いがひしひしと伝わってきた。

初出掲載(「週刊金曜日」2005年3月25日号)

=雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります。


●写真説明(ヨコ):卒業生の出身国の旗が壇上に平等に並ぶ都立国際高校の卒業式。都教委通達以降は、舞台正面に「日の丸」と都旗が掲揚されている=2005年3月11日、東京都目黒区駒場の同校で

●写真説明(ヨコ):「日の丸・君が代」の特集記事を5年前、4回にわたって掲載した高校新聞。ここ数年はこうした記事はほとんど見られない

●写真説明(ヨコ):卒業式や「日の丸・君が代」の強制について考えようと、卒業生や現役都立高校生らが呼びかけた集会。真剣な討論が展開された=2005年3月5日、東京都杉並区で


【関連記事】このルポに関連する解説記事を、「論説・解説・評論」のページに、「卒業式の主役はだれ?/生徒は意思を示した」として掲載しました。ご参照下さい。


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