葬られた作文

いじめの真相を語り始めた子どもたち

教師や親の呪縛からの解放

 


【前文】自殺した娘に何があったかを知りたい、そのために、学校が生徒に書かせた作文を見せてほしい。学校や教育委員会を相手に裁判をしてきた両親の8年間の闘いは今、和解に向けて話し合いが続いている。一貫して真実を語ろうとしなかった教師たちに対して、20歳を過ぎた卒業生たちは、少しずつながら当時のことを話し始めた。
 

●二転三転する学校●

 「いじめを苦に自殺した中学2年生の娘に、学校で何があったのか本当のことを教えてほしい」。そんな切実な思いから、市教育委員会や学校などを相手に説明を求め続けている東京都町田市の前田功さん(54歳)、千恵子さん(53歳)夫妻の起こした裁判が、大詰めを迎えている。

 市教委や学校などに情報公開を求めた訴訟は、一審の東京地裁で前田さん側が敗訴。東京高裁でも控訴が棄却されたが、もう一つの学校の調査・報告義務を問う訴訟は東京地裁で今年9月13日に最終弁論が行われ、裁判所は和解を勧告した。

 その一方で、情報公開を一貫して拒み続け、裁判の中でも真相を隠し続ける学校側に対して、当時の在校生たちは、重い口を少しずつ開き始めている。これまで学校や親に縛られて多くを語らなかったのが、時間の経過とともに呪縛から解放された格好だ。

 二女の晶子さん(当時、町田市立つくし野中2年生)は1991年9月1日に自ら命を絶った。学校は「いじめはなかった」と繰り返す一方で、晶子さんの自殺直後に全校生徒に「事件について知っていることを何でもいいから」と言って作文を書かせた。

 両親は、事件について書かれているこれらの作文を見せてほしいと求めたが、学校は「生徒のプライバシーを侵害する」として拒否したため、町田市の個人情報保護条例に基づいて、個人情報の開示請求をした。市教委が非開示処分を決めたことで、舞台は法廷の場に移った。作文の非開示処分の取り消し請求訴訟は今年8月末、東京高裁で原告側控訴を棄却する判決が言い渡され、両親の訴えは退けられた。

 前田さんは上告を断念したが、その代わり、作文を当時の生徒たちに早急に返すことを学校側に申し入れ、返却された子どもたちから個人的に作文を見せてもらうことを模索している。

 学校や市教委側の説明は、これまでに二転三転してきた。「作文は生徒に返した」と言いながら、返していないことが明らかになると「廃棄処分した」と答えて、さらに保管されていることが分かると、今度は「生徒の所有物だから見せられない」などと次々に理由が変わっていくのだった。

●先生はうそつきだ●

 同じような対応を、ずっと法廷でも続けてきた学校関係者とは対照的に、晶子さんが自殺した当時の在校生たちの何人かは「作文は返してもらっていません」などと証言してくれるようになった。彼らは現在、大学生の年齢になっている。長い歳月が経って、言いにくかったことを言ってくれる子どもが少しずつ増えてきたのだ。

 昨年と一昨年、裁判の口頭弁論で証言したり陳述書を提出したりした卒業生たちは、学校の中でいじめが横行していたことや、晶子さんもいじめられていたことを明言した。さらに「作文は返されていないのに、返したなんて先生がうそをつくのはひどい」などと述べた。

 裁判で証言した大学生の一人は「中学生の時にはとてもこんな話はできなかった」と振り返る。

 「大学生の今だから言えると思う。不良グループに目を付けられるから、あの中学にいる時には怖くて絶対に無理。高校生でも都立高校だったら知っている同級生がいるのでやっぱり言えない。みんな怖かったんでしょう」

 それに加えて「忘れたい」と思う気持ちもあると話す。「自分が何もできなかったことで、ずっと苦しんで悩んでいる女の子もいるんです。そういうつらい気持ちは分かるから仕方ないと思う」

 一方で、別の大学生はこのように説明する。

 「いじめが怖いというだけではなくて、先生に対して自由にものが言えない空気があった。作文を返した返さないで学校と前田さんがもめているので、『返されてないよな。どうして平気でそんなうそをつくんだ、見せてやればいいじゃないか』とみんなで話して憤りを感じていた。でも、中学校では内申書の存在が大きい。担任の先生の考え次第で内申書はなんとでもなるんですよ」

 自分の子どもが、晶子さんの死や作文について発言することに難色を示す親も多い。証言台に立ってほしいと卒業生に依頼する電話を弁護士がかけると、親が子どもに取り次がずにシャットアウトしてしまうこともあるという。

 「成績がすべて、内申書がすべて、子どもの進学する学校自慢がすべて」という親たちは、学校や教師のすることには無条件に服従してしまう。体面を異様に重視する親たちによるプレッシャーが子どもたちのストレスを高めて、陰湿ないじめを誘発しているのではないだろうか。

 そしてこのような親は、前田さん夫妻のように学校に対してものを言う人々にはとても批判的だ。平然とうそをついて事実を隠す教師たちを支えているのは、地域の親たちだと言えなくもない。

●ずっと来たかった●

 今年九月になって、当時のクラスメート2人が「お焼香に行きたい」と、前田さんの自宅に初めて来てくれた。

 「楽しい林間学校で晶子さんが独りぼっちで歩いていて、変だと思っていたんです。それはクラスのだれもが分かっていた。あの時に声をかけることができなかったのが悔しい…」。2人の級友はそう言って泣いたという。

 「(お焼香に)ずっと来たいとは思っていた。でも、先生が『いじめはない』という限りはクラスのだれも前田さんの家には行けなかったし、話をすることもできなかった」

 先生に命じられて追悼文を書いた生徒は、まだそんな気持ちになれないのに書かされて、しかも何回も何回も書き直させられ、ついには自分の文章ではなくなってしまったと前田さんに話した。嫌々ながら先生に従ったのは「内申書にかかわるよ」と脅されたからだという。

 千恵子さんは言う。「在学中は学校に楯突くことができなかったけれども、卒業して学校や先生や親の縛りから解き放たれ、子どもたちはやっと自分自身の考えで、自分の気持ちを話せるようになったのかなあ…。うれしかった。先生は平気でうそをつく。そのことで信頼関係が崩れたと子どもたちは言っています」

 卒業生たちの間では最近、かつて自分たちが書いた作文を返却してもらおうという動きが広がり始めた。学校や市教委に代わって、自分たちが前田さん夫妻にその作文を見せてあげるのだという。

 事実をきちんと話そうとしない教師たちについて、卒業生の一人はこんなふうに話した。

 「先生たちに対して信頼感はまるでないが、先生も社会集団・組織の中にいるから言いたいことが言えないのかもしれない。あんなふうにはなりたくないけれど、社会人になって組織の一員になったら、もしかしたら私も先生のようになっちゃうかもしれない。組織は怖いですね」

 作文非開示処分の取り消し訴訟と並行して、両親は「子どもが死亡した原因を、学校は保護者に調査して報告する義務があったのに怠った」として損害賠償を求める訴訟も続けている。こちらは今年9月13日に東京地裁で最終弁論が行われ、現在、関係者の間で話し合いが進められているところだ。

 しかし、市教委と学校側は「報告義務は認めない」という姿勢を崩そうとはしないため、和解に向けての話し合いは難航しているという。和解不成立の場合、判決は年内に出される。

初出掲載(「週刊金曜日」1999年11月5日号)

=雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります


●写真説明(ヨコ):晶子さんの遺影に向かって語りかける両親の前田功さん、千恵子さん=東京都町田市の自宅で


【続報】金曜アンテナ

町田の中学生自殺、学校側謝罪で和解

 東京都町田市立つくし野中学校2年生の前田晶子さん(当時13歳)の1991年9月の自殺をめぐり、両親の功さん(54歳)と千恵子さん(53歳)が「いじめが原因と考えられるのに、学校側は十分な調査をせずに保護者への報告義務も怠った」として、市や学校(当時の校長ら)に損害賠償を求めた訴訟は11月12日、東京地裁(梶村太市裁判長)で和解が成立した。市と学校側が虚偽報告などを認めて両親に謝罪する内容で、実質的には前田さん側の全面勝訴と言える。

 和解条項によると、町田市と学校側は、全校生徒に書かせた作文の焼却について市教委に虚偽報告をしたことや、自殺原因に対する調査や両親との情報交換が不十分だったことなどを認め、前田さんに謝罪した。その上で両親がこれから、晶子さんの自殺原因について独自調査する時には、真剣に応対することを約束した。

 さらに今後、学校内で生徒の自殺などが起きた場合、市や学校側は保護者らと誠意を持って情報交換し、問題解決を図るために最大限の努力をすることも誓った。両親は賠償請求を放棄した。

 保護者に対する学校の調査・報告義務を初めて認めた形になっており、「親の知る権利」を考える上で高く評価される和解内容と言えるだろう。担当判事は和解協議を通じて、原告側の心情や言い分に深い理解を示したといい、そのこともあって両親は和解に応じる気持ちになったという。

 父親の功さんは「謝罪して学校は変わると約束したのだから、判決以上の効果があると思う。和解の精神を生かして、教育行政を変えていく活動をこれからも続けていきたい」と話している。

 町田市の山田雄三教育長は「今後このような事故が起きた場合、教訓として生かしていきたい」とのコメントを発表した。

初出掲載(「週刊金曜日」1999年11月19日号)


●関連記事として、前田さん夫妻へのロングインタビューを「インタビュー/司法改革」のページに掲載しました。


「ルポルタージュ」のインデックスに戻る

フロントページへ戻る

 ご意見・ご感想は norin@tky2.3web.ne.jp へどうぞ