コラム/インターネット論

◎大岡みなみの「HPジャーナリスト」


(4)公開するということの「覚悟」〜サイト批評ページ/上

 インターネットの世界には、「サイト批評のページ」というものがいくつか存在する。見ず知らずの他人が運営するホームページについて言及して、批評・評論するページだ。書籍で言えば「書評」みたいなものである。

 これらのページは多くの場合、ホームページを取り上げて論評する際に、いちいち相手に断ったりはしないし、リンクも勝手に張るのが普通だ。一方的に自分のホームページが評価されることを、不愉快に思う人たちもいるが、問題は、それが正当な批評行為か、正当な批評の範囲を逸脱しているかにあるだろう。

 今回から3回に分けて「サイト批評のページ」について考察する。リンクの問題は別の機会に改めて触れたい。

       □■□

 インターネットの世界で、知る人ぞ知るページがある。サイト批評としては老舗と言ってもいい「ホソキンズルゥム」というページだ。個人運営のホームページを一刀両断にして、鋭い切り口で辛口批評するのが「売り」で、少し前までは1点から5点の5段階評価による採点結果も公表していた。

 一日に平均1000件の訪問者がある人気サイトである。

 当然のことながら、高い評価を受けたホームページの作者は気分がいいが、最低に近い評価を下された作者は不愉快な気持ちになるだろう。中には、怒り心頭に発して抗議メールを送ってくる人もいる。「無断で他人のページに対して評価を下すのは失礼ではないか」「頼んでもいないのに何の権利があって勝手に紹介するんだ」といった具合である。

 ちなみに、僕の作っているホームページも知らない間に「ホソキンズルゥム」で批評されていた。

 ページそのものに対する評価は高かったのだが、「…オタク系にもシフトが感じられますが、かなり年配の方が無理しているという気もします」などと書かれているのを読んで、しばし絶句したのを覚えている。でも、「そういうふうに見る人もいるのかな」と軽く受け止めておけばいいのだ。参考にする程度でいい。第三者がページを見て、そのような感想を持ったのは事実だから。

 確かにここに掲載される批評は辛口で厳しい。しかし、少なくともこれだけは認識しておかなければならないことがある。インターネットでホームページを公開するというのは、世界中に情報を発信するということなのだ。

 いったんインターネット上でページを公開したら、どこでだれが見ているか分からない。不特定多数の人々に読まれることになる。そして、公開された創作物や著作物はさまざまな批評や評論、評価の対象になるのだ。そうした批評や評論は、原作者の意図とは無関係に、しかも一方的に表現される。著作物を公開するということは、実はそのような「覚悟」を伴うのである。

 公開ということで言えば、「ホソキンズルゥム」の批評対象は、読み物系ページを集めた「ReadMe!」というリンク集に掲載されているページである。このリンク集には、「自分の作ったページをみんなに読んでほしい」と考えるホームページの作者が、自主的に登録申請したものが掲載されている。不特定多数の訪問者に読まれることが前提になっているのだ。仲間内でひっそり楽しんでいるページが批評されているわけではない。

 もしも身内だけで楽しむなら、インターネットで世界中に情報発信する必要はないだろう。著作物を発表した時点で、正当な批評の範囲であるならば、自分の意に沿わない論評をされても甘受する覚悟は必要だ。これはインターネットの世界に限らない。

(この項つづく)


◇「ReadMe!」URL:

http://www.readmej.com/

◇「ホソキンズルゥム」は現在、サイト名を「ヘイ・ブルドッグ」に変更して運営されています。

◇「ヘイ・ブルドッグ」URL:

http://www4.gateway.ne.jp/~lovedog/


初出掲載(「ニフティ・スーパーインターネット」1999年8月号)

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