●講演採録/JCJ神奈川支部例会(1998/10/15、横浜市内で講演)

書くべきことを書くということ

新聞社の現場から見えてきたもの

 こんにちは。「記者として何を伝えなければいけないのか」を考えながら仕事を続けてきました。まず、これまでの経歴を紹介します。1986年に埼玉で新聞記者としてのスタートを切りました。県警や司法を担当して草加支局、越谷支局を経てから、1992年に神奈川へ。横浜の多摩田園支局、港北ニュータウン支局、県庁などを担当してきました。現在、整理部に異動して4年になります。

 埼玉では自由な取材活動ができましたし、神奈川でも初めは楽しく取材できたのですが、県庁担当になってから、権力に対峙(たいじ)するような記事や弱者の立場に立って書いた記事が、次々にボツにされてしまいました。それが原因でデスクとケンカして整理部へ異動させられました。

 ■自由な雰囲気

 埼玉では新人の編集局員は全員が校閲部に配属されました。僕は一刻も早く現場に出たかったので編集局次長と交渉しました。「じゃあ、勤務時間外ならば好きにやってみろ」ということになりました。校閲の仕事をしながら、休日や空いている時間を使って取材して、地域版や社会面のトップ記事などを書いたのです。さらに、自由自在に使えるページを月に1回1ページもらって、内勤の記者仲間と特集ページを作りました。僕は「愛国心と民主主義の関係」について考えてみたかったので、「日の丸がある風景」という連載ルポを書いたのですが、これは結構反響がありました。記事は高校の授業でも取り上げてもらいました。内勤記者から外勤記者になって、草加支局時代には、草加の街に多くいた出稼ぎ外国人をテーマに連載ルポを社会面で書いたりしました。昼間に地区版の原稿を書いてから、夜中にパキスタン人のアパートへ取材に行ったりして、工場で指を切断した外国人労働者が一方的にクビにされたことなどをルポにしました。

 神奈川は都会的な空気が漂い、海の香りをかぎながらする仕事に僕は心から満足していました。最初は、横浜の多摩田園支局というところに配属され、支局長も「好きなようにやれ」と言ってくれました。この支局はどこの記者クラブにも加盟していないので、役所の発表を書くというノルマはありません。その代わりに記事にするネタはすべて自分で拾ってきます。ちょうど、横浜市緑区に米軍のジェット機が墜落してから15年目の秋でした。今でも事故で苦しみ続けている人たちの気持ちを探ろうと5回ほどの連載を企画するなど、何でも自分の判断で自由に取材して書くことができる環境でした。

 ■「ナチ式敬礼」                   

 次に県庁担当に異動しました。少しでも役所の外に出る時間を作るようにして、僕は記者クラブから外に出て行って現場取材を試みました。ここで、担当デスクとその派閥につながる編集幹部と衝突することになってしまったのです。

 デスクとの関係が決定的になったのは、高校総体開会式で行われてきた「ナチ式敬礼」の記事でした。神奈川県高等学校教職員組合(神高教)の有志が調べたところ、参加高校全体の6割がこの敬礼をしていたというのです。データ関係も調べて、ドイツのテレビ局の東アジア支局なども取材しました。「きちんとした歴史認識があれば、公の場でのこういう敬礼はあり得ないことだ」という声を紹介する問題提起型の記事を書き上げました。社会面トップに記事は掲載されました。翌日には、神奈川県高体連が「工夫を凝らした入場をしよう」ということを呼び掛けることになって、各社が僕の記事を追いかけてくれました。1週間後に行われたその年の開会式で、「ナチ式敬礼」をする学校は1割に激減しました。それで僕は、敬礼をやめた学校と続けてやっている学校の生徒たちに、感想や理由などを聞いて続報を書きました。しかし、デスクは原稿をボツにしました。「これじゃあ、魔女狩りだ」と言われたのです。

 僕が書いたのはあくまでも問題提起の記事でした。自分のところの新聞が一番最初に問題を投げかけたのだから、その結果を伝えるのは当然だと思って続報を書いたのに…。他社は、その年の「ナチ式敬礼」がわずか10数校に減ったということをきちんと載せました。僕の勤務する新聞社の対応はおかしいと思い、組合の「新研ニュース」にデスクとのやりとりをまとめ、社内に配ったのですが、これがデスクの逆鱗にふれ、大問題になりました。

 ■一方的な謝罪

 また、在日朝鮮人のチマチョゴリに関する記事でも、デスクや編集幹部と衝突しました。神奈川県教育委員会主催の人権教育をテーマにした講演会が茅ケ崎市で行われました。僕は講演会には出ていなかったのですが、参加した教師の一人から「講師の大学教員が問題発言をした」という話を聞きました。北朝鮮の核開発疑惑が問題になっている時です。在日の子どもたちには嫌がらせをされるいわれなどないのに、嫌がらせを容認するかのような発言内容だったというのです。「人権教育をテーマにした講演なのに、何を言ってるんだろう」という反応が参加者からいくつも出されました。講演内容のほか、参加した先生たちの声も取材した原稿は、第2社会面トップに載りました。

 翌朝、講師の大学教員から会社に「記事は徹頭徹尾でたらめだ」との抗議があって、担当デスクが一方的に書いた前代未聞の「おわび」が掲載されてしまいました。事実関係に間違いがないのにもかかわらず、なのです。僕は納得できませんでした。取り寄せた講演記録を記者仲間たちにも読んでもらったのですが、記事内容は間違っていないと言います。しかし、会社からは戒告処分を受けました。僕は今でも間違ったことを書いたとは思っていません。問題発言をした大学教員に対して、「子どもの人権と国家体制とは別ものだ」ということを、きちんと指摘できない編集幹部の感覚の方が理解できない。編集幹部はどちらを向いて新聞を作っているのだろうかと思います。

 彼らはなぜ、このような異様な反応をするのでしょうか。嫌がらせで恐怖感を味わっている子どもたちの苦しみが分かっていれば、抗議してきた講師の大学教員に「あなたの言っていることはおかしい」と言えたはずでしょう。在日の人たちの人権の尊さを分かっていれば、もうちょっと反応の仕方があるはずです。

 ■どっちを向くのか

 その後も僕は、朝鮮人学校の子どもに関する取材を続けました。朝鮮人学校に取材に行き、嫌がらせを受けた女子生徒にも直接話を聞きました。「日本人の男性がずっとついてきて、何で日本にいるんだと言われた」とその女の子は話しました。朝鮮総連の調査データも使って嫌がらせの実態を原稿に書きました。ところが、「こんなものを載せたらマネするやつが出てくる」という理由でボツにされたのです。だったら、放火や誘拐事件だって同じように載せられないではないですか。怖くて震える思いの女の子の声を、僕は紙面に載せたかった。心ある日本人に、女の子の思いに共感する気持ちを伝えたかったのに。平気でボツにする感覚がわかりません。こういうのが本当の意味での特ダネだと思うのですが。役所が発表する少し前に出すのが特ダネだとは僕は思いません。

 数日して、共同通信から僕が書いてボツになったのと同じような原稿が流れてきました。それで、担当デスクは共同の原稿を3段ぐらいで小さく載せて、その共同原稿の後ろに僕の書いた記事を10行ほどくっつけました。まったく、どっちを向いて新聞記者をやっているのかと思ってしまいます。 

 ■県からの圧力                 

 神奈川県議会の文教常任委員会では、こんなことがありました。保守系議員が「同和地区の子どもたちは進学奨励金をもらえて幸せだ」と発言しました。休憩時間に、僕はA紙の記者と一緒に議員のところへ行って発言の趣旨を聞きました。議員は「同和地区を特別扱いするのはおかしい」と繰り返しました。キャップに報告すると「書け」と言われたので、原稿を準備しました。しばらくすると県広報課の課長代理が飛んできて、「議員は午後の委員会で、発言を取り消すと言っている。何とかならないか」というようなことを言われました。議会という公の場での発言なので記事にするつもりでした。その後、広報課の部屋に呼ばれて「ペンを曲げてくれ」と懇願されました。記者クラブに戻ると、なぜかキャップが「書くな」と言い出しました。「議員の立場を考えてやれよ」「じゃあ子どもたちの立場はどうなるんですか」。そんなやり取りが続きました。

 結局、書くなというキャップを無視して、夕方5時ごろに出稿しました。その夜、当時の社会党議員との懇親会がありました。その席でポケベルが鳴って、すぐに会社へ戻れということでした。会社に戻ると、編集局長、編集局次長、報道部長、担当デスク、キャップが待っていて、「原稿はボツにする」と言われました。県の教育長や副知事からも会社に電話があったというのです。県との関係もあって、会社としては僕の書いた原稿を載せると困るのだと言われました。僕は、これを載せなければ新聞記者をやっている意味がないと主張したのですが、「載せなければ同和団体から抗議が来るだろうが、会社としては載せないことに決定した」と言うのです。

 翌日のA紙には、ベタ記事扱いですが記事が載りました。がっかりしました。あとでA紙の記者に聞いたら、「広報に何を言われても、こういうのは載せなきゃダメだ」とデスクから逆に叱られたそうです。

 ■整理部へ異動           

 その年の秋、「基礎から勉強するように」と言われて整理部へ異動しました。整理部にはニュースの価値判断をして、短く適切な見出しで読者に記事を読ませる「かなめ」の役割がある重要な部署のはずですが、うちの新聞では上司の言うことを聞かない記者が入るところらしいです。

 面白い原稿が来るなら整理部はやりがいがある部署だと思いますが、そういう原稿は少ない。書くべきことを書いていないからでしょう。弱者や人権侵害されている人々の実態などをきちんと取り上げていません。役所の発表ばかりが目に付きます。また、行政ネタだけをもとにした連載などを平気で書いてきます。街の人たちの本音の声が反映されていない。これはまともな原稿だなと思うと、共同通信の配信記事だったりする。ちょうちん記事に見出しをつけるのは情けないです。紙面を変えるために努力はしているのですが…。横浜ベイスターズが優勝した翌日、1面トップは横浜優勝を伝える記事でした。社会面もベイスターズでした。みんなが同じ方向に進むのは好きでないし、そもそも本来載せるべき記事がもっとあったはずです。韓国の金大中大統領の訪日、円の急騰、住信が長銀合併を撤回、などがその日の重要ニュースでした。神奈川県内には在日の人がたくさんいるのですから、金大中大統領の訪日は社会面でもきちんと載せるべきでした。載せるべき記事をきちんと紙面に載せた上で、ベイスターズの記事を大きく載せるというのならわかるのですが…。

 整理部に異動してからも取材は続けています。空いている時間、休みの日などを使って取材しています。掲載される記事もあれば、やっぱりボツになる記事もあります。

 ■ニュース価値判断

 知的障害者の高校入学に理解を示す現職の神奈川県立高校の校長先生が、そのてん末を自費出版しました。その中で県教委の対応を批判したところ、定年退職の5日前に校長職を解任されるという事件がありました。こういう先生こそ教育の現場にいるべきだと思います。「どうしたらいいだろう」と、その校長先生から相談がありました。話を聞きながら僕は、これはニュース性が高いと判断しましたし、県教委の対応にも憤りを感じました。しかし、僕が原稿にしても載らないだろうと思ったので、県政記者クラブで発表することを勧めました。

 翌日、B紙とC紙は社会面に準トップ級で扱いました。それ以外の他社も県版などに記事を載せました。当然の扱いだと思いました。でも、うちからは原稿そのものが出てこなかったのです。他紙に一斉に載ったその日は何も載らず、結局はその翌日になって、共同通信の配信記事を使って社会面に載せました。「校長が売り込みに来たからシラケてしまって原稿を書かなかった」そうです。ニュースの価値判断ができないのでしょうか。

 ■読者に伝える責任

 読者にボールを投げかけるような記事が載りません。波風が立つのを嫌うのでしょうか。仕方ないので、ボツになった原稿を「週刊金曜日」などの社外の雑誌に載せてもらったこともあります。「へい獣処理場問題」の原稿もそんなものの一つです。「へい獣処理場」とは、病気で死んだ牛を処分して食用以外に再利用する施設です。神奈川県内には老朽化したこうした処理場が1カ所しかなくて、臭いが施設の外に漏れるようになったために関係者は嫌がらせを受けているのです。行政(平塚市)からは、都市計画道路のライン上に既存施設が載せられてしまって立ち退きを迫られてもいます。でも、この施設がなくなったら病気の牛を処理することができなくなり、困ってしまうのは県民なのです。多額の税金を使って神奈川県が代替地を購入していながら、何年も宙ぶらりん状態になっていることを原稿にしましたが、ボツになってしまいました。「法学セミナー」という法律雑誌が、原稿を使いたいと言ってくれたので載せてもらいました。県民に伝えなければならないことをきちんと紙面で伝えなければ、致命傷になるだろうと思います。読者から見放されてしまいます。

 嘆いてばかりいても始まりません。取材はずっと続けていますし、問題意識のあるまともな記者と勉強会を開いたり、組合で新研集会を企画するなどの内部努力もしています。

 新聞を読んで、もしもいい記事だと思ったら電話やはがきなどで、ぜひ応援のメッセージを届けてほしいと思います。記者にとっては大きな励みになって、貴重な掩護射撃になります。逆にこれはおかしい記事だと思ったら、それも遠慮なく新聞社にアピールしてください。記者やデスク、編集幹部に「これではいけないんじゃないか」と考えさせることになるチャンスになりますから。読者からのこうした声がメディアを育てていくのです。

初出掲載(日本ジャーナリスト会議「神奈川支部通信」1998年11月30日号)


 ■以上は1998年10月15日に、日本ジャーナリスト会議(JCJ)神奈川支部で行った講演の記録です。主催者がまとめてくれた講演録をもとに加筆修正しました。ここでは「通信」に掲載された記事から、固有名詞や内容の一部を削除・修正した文章を掲載しています。(大岡みなみ)

(1999/4/16アップ、1999/7/5表現など修正)


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