ニュース記事/司法改革●地方公聴会

第3回地方公聴会

裁判官の在り方に意見集中

札幌、司法過疎問題も指摘

 政府の司法制度改革審議会の第3回地方公聴会が7月15日、札幌市中央区のホテルライフォート札幌で開かれた。大阪、福岡で開かれた公聴会に続いて、身近で開かれた司法の実現に向けて広く意見を聴くのが目的だ。市民オンブズマン代表や大学生、労働組合関係者ら6人の公述人が選ばれ、裁判や裁判官の在り方、司法過疎の問題などについて意見を述べた。北海道の地域性を反映して、弁護士の数が足りない実情に言及する意見が相次いだ。

 これに先立って前日の16日夜には、市民集会「市民が創る地方公聴会」が同所で開かれ、冤罪事件被害者の大分の男性、福岡公聴会で意見発表した女子高校生、現職裁判官の3人がゲスト発言者に招かれて話をした。

 今回の地方公聴会では、裁判と裁判官に「市民感覚」を求める意見が続いた。

●裁判の迅速化を求める●

 小児科開業医で、道南市民オンブズマン代表の大河内憲司さん(65歳)は、官官接待問題などの住民訴訟に関わってきた経験から、裁判の迅速化を訴えた。「提訴から4年かかってもまだ結審しないし裁判長も3人交代した。裁判の長期化は住民の行政への関心を失わせるばかりか、世間の価値基準や法律も変わって判決の意味がなくなってしまう」と述べて、「裁判官を大幅増員すれば、余裕を持って審理を尽くせるはずだ」と提案した。

●切実な司法過疎の問題●

 北大法学部3年生の金澤誠さん(20歳)は、簡裁で民事裁判を傍聴した時に「ベルトコンベアみたいな過密裁判だ」と感じたことを紹介。「裁判所は公的サービス機関だと思う。気軽に相談できる窓口を設けたり夜間や休日にも法廷を開いたりするなど、もっと利用しやすい裁判所を」と求めた。また「北海道には、地裁・家裁支部の管内に弁護士がほとんどいない地域が総面積の半分を超えている」と司法過疎の実態を指摘した。

 札幌消費者協会副会長の渋谷絢子さん(59歳)は、30年近い消費者相談の経験から発言。「クレジットや貸し金の取り立て事件が多くなっている。裁判官の『あなたが判を押したんですね』などという一言で市民は何も言えなくなってしまう。当事者の思いを理解してくれる裁判官であってほしい」と訴えた。さらに「だまされる人は地方に多いが、弁護士は札幌に集中している」と述べ、地方への公設事務所設置などの配慮を訴えた。

●裁判所と裁判官の役割●

 北海道労働組合総連合事務局長の小室正範さん(48歳)は、「労働者にとって裁判所の玄関には非常に高い壁がある。無理な配転や解雇、女性差別など労働事件はたくさんあるが、司法に救済を求めて提訴する件数は極めて少ない。人権や民主主義や憲法の理想を実現するために裁判所は積極的な役割を果たしてほしい」と要望した。

 北海道中小企業家同友会の経営・政策局長の西谷博明さん(53歳)は、ドキュメンタリー映画「日独裁判官物語」を見た感想から、「日本の裁判官は庶民の暮らしと遊離している。人事権がある最高裁に目がいきがちで、主権者である国民のチェックを受けないことが問題だ。弁護士を経験してから裁判官になることが必要ではないか。司法を市民に身近なものにし、冤罪を防ぐためにも、陪審制や参審制を採用すべきだ」と主張した。

●ロースクールに疑問●

 フリーアナウンサーで、「当番弁護士制度を支える市民の会・札幌」代表の庄尚子さん(39歳)は、「現行の司法試験は、法学部出身でなく人生を遠回りした者でもスタートラインに立てる制度だが、ロースクールが導入されると、社会人は仕事をしながら通えるのだろうか。社会経験がなく法律の勉強ばかりしてきた世間知らずの法曹を、ロースクールが助長することはないか。多様な人材を排除しないように望む」と疑問を出した。

●委員が率直な思い語る●

 意見発表に続いて審議会委員と公述人のやり取りが行われた。

 ロースクール問題について、井上正仁委員は「今の司法試験が全く不適切だとは思っていない。勤勉でまじめな人が合格して訓練を積んで法曹になっている。試験に合格することだけを目標にして勉強している傾向も強いが、果たしてそれで、理想的な望まれる法曹としては十分なのか」と懸念を示した上で、「判例や法制度を当てはめるだけでなく、幅広い視野から一定期間をかけて勉強や討論をすることも必要ではないか。多様な人材はもちろん必要で、法学部出身でない人も参加しやすい制度にしたい」と説明した。

 陪審制度や参審制度について、小室さんは「行政や立法で見落とされていることを、閉ざされた裁判官社会とは違うたくさんの国民の目から見ることで、真実が発見されるのではないか」と話した。これに関して、吉岡初子委員は「国民が司法に関心を持って参加していくことが、この国には必要だ。直接裁判に関わることができる陪審制は、司法に風穴を開ける意味で重要な課題だと思う」と述べ、陪審制導入に強い意欲を見せた。

 この日の地方公聴会に出席した審議会委員は、竹下守夫(会長代理)、井上正仁、曾野綾子、藤田耕三、高木剛、山本勝、吉岡初子の6氏。会場では法曹関係者や市民ら約250人が意見発表に耳を傾けた。この後、地方公聴会は7月24日に東京で開かれる。

●市民公聴会も裁判官を議論●

 地方公聴会の前日の16日夜には、市民集会「市民が創る地方公聴会」(札幌弁護士会など主催)が開かれた。法曹関係者や市民ら約200人が詰め掛け、審議会から高木剛委員も参加した。大分の女子短大生殺人事件(みどり荘事件)で逮捕されて一審で無期懲役、二審で無罪判決を勝ち取った輿掛良一さん(44歳)、福岡公聴会で公述人として意見発表した高校3年生の水元祐美さん(17歳)、日本裁判官ネットワークの裁判官(現在は預金保険機構に出向中)の浅見宣義さん(40歳)の3人がゲストとして発言した。

 冤罪事件被害者の輿掛さんは「代用監獄という警察の留置場で孤立した状態で取り調べを受け、家族に会いたい思いから認めてしまった。拷問や自白の強要が行われている代用監獄をやめて、取り調べの様子をテープやビデオで記録し、冤罪をなくす方向で司法改革を実現してほしい」と訴えた。

 高校性の水元さんは、「有罪率99.9%などという数字を考えると冤罪が起こるのも納得できる気がする。有罪だと確信する事件だけを起訴しているなどと検察官は言うが、それほど検察官が信頼できるのなら裁判所は要らなくなってしまう。市民に分かりやすい裁判を実現するためにも陪審制が必要だ」と話した。

 裁判官に任官して11年の浅見さんは「日本の裁判所は消極的だと思う。裁判官が決断して乗り出さないと判例の傾向は変わらないだろう。裁判官の思考方法を変えるために、裁判所の人とだけ付き合っていてはいけない」と述べた。さらに会場との質議応答の中では陪審制について触れて、「有罪判決を出す時には、精神的負担に耐えながら裁判官の仕事をやっている。市民にも一緒に責任を分かち合ってもらいたいという思いからも、ぜひ陪審制を導入してほしい」と語りかけた。

 市民は11人が意見発表した。このうちアメリカ人の女性は、解雇されて裁判をしてきた経験から「労働法は立派なことが書いてあったけど実際は建て前の法律だった。日本には正義はないと友人から何回も言われたが、それであきらめてはダメで、大きな声で制度変更を要求すれば正義が手に入るかもしれない」と前向きな姿勢の大切さを訴えた。


【写真説明】地方公聴会では、裁判官に市民感覚を求める意見が相次いだ=7月15日午前、札幌市中央区のホテルライフォート札幌で

【写真説明】市民が創る司法改革公聴会でも、裁判制度や裁判官の在り方に議論が集中した=7月15日午前、札幌市中央区のホテルライフォート札幌で

初出掲載(「月刊司法改革」2000年8月号)


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