ニュース記事/司法改革●地方公聴会

第2回地方公聴会

陪審制めぐり熱い議論も

福岡で女子高校生ら6人

 政府の司法制度改革審議会の第2回地方公聴会が6月17日、福岡市の西日本新聞会館・福岡国際ホールで開かれた。前回の大阪公聴会に続いて、身近で開かれた司法のために広く意見を聴くのが目的だ。高校生や医師、元判事ら応募者38人の中から選ばれた6人の公述人が、それぞれの体験に基づいて陪審制導入や法曹一元などについて意見を述べた。午後からは市民集会「市民が創る地方公聴会」が開かれ、冤罪事件で犯人に仕立て上げられて逆転無罪になった男性が刑事裁判の在り方に疑問を投げ掛けたほか、現職裁判官や審議会委員らが市民と意見交換した。

 地方公聴会では、陪審制導入や法曹一元を積極的に求める意見が相次いだ。

●陪審制の導入に積極意見●

 主婦の上野朗子さん(44歳)は模擬陪審裁判に参加した体験から、「職業裁判官だけで裁きをすると、裁判官が偏見を持っていてもただしてくれる人がいない。考えの違う素人が真剣に意見を戦わせることで真実が見えてくる。選挙権を使うように、六法全書の代わりに常識を使って陪審制に参加したい。それが司法の民主主義を確立することになる」と意見を述べた。

 福岡双葉高校3年生の水元祐美さん(17歳)は、学校の社会研究部で司法改革について研究するうちに、「民主主義社会の中で司法が本当に市民に開かれたものか疑問に思った」と述べた。「0.1%という無罪率の低さに驚き、起訴すなわち有罪という司法の現状に疑いを持った。冤罪や再審無罪が起こり得る背景も理解できた。裁判官は検察寄りのイメージがあって自白に対する信頼性も高い。市民が司法に参加して真実を発見するためにも陪審制の必要を感じた」と主張した。

●医療裁判に公正な鑑定を●

 小児科医で「医療過誤原告の会」副会長の久能恒子さん(64歳)は、4年前に高校生の娘を医療過誤で亡くした。「医療者側を勝たせるために裁判所鑑定は利用されてきた。計画中の『専門参審制』は大学人に判断をゆだねることになり、権威主義をさらに助長して、専門家の思いのままとなる危険性がある。少なくとも第三者評価を可能にする余地を残してほしい」と指摘し、公正で公平な鑑定こそが必要ではないかと訴えた。

●ロースクール全国各地に●

 琉球大学法文学部教授の島袋鉄男さん(62歳)は、「専門教育は学部から独立した大学院で行うべきである」との立場から法科大学院(ロースクール)構想を支持した。「法科大学院は大学内の学部に対しても、他大学にも開かれたものであるべきだ。スタッフ、カリキュラムなどそれなりの最低基準は全国的に統一する必要があるが、設置についてはいろいろな形があっていい」と話した。

●裁判官は弁護士経験必要●

 免田事件の再審に道を開いた元福岡高裁判事で、現在は弁護士の山本茂さん(80歳)は「捜査段階での自白をたやすく信じて、これを覆すのは容易ではない。裁かれる側の立場に立ち、市民と常に接している弁護士の経験がいかに大切であるかを痛感した」と話し、弁護士を経験した上で裁判官になるべきだと述べた。さらに「純粋培養の裁判官の任用方式では官僚思考に陥りやすく、市民の生活感覚を的確には把握できない」と指摘。法曹一元を実現するために「弁護士会こそが裁判官の主要な供給源となる責任を自覚して基盤整備を急ぐことが大切だ」と提言した。

●司法の民主性確保すべき●

 会社社長で、福岡県中小企業家同友会の代表理事を務めている吉田昭和さん(59歳)は「司法に民主主義、国民主権の視点が必要だ。分かりやすさや透明性がキーワードで、裁く側の論理を利用する側の論理に転換しなければならない」と指摘。「裁判官や弁護士、法廷の数を増やしたり、休日にも利用できたりするように、コンビニエンス感覚の司法が求められている。司法への国民参加によって関心や責任感も高まる」と語った。

●自白偏重めぐり熱い議論●

 公述人が一通り意見を述べた後、審議会委員から質問が出された。

 司法参加・陪審制復活について、北村敬子委員は「忙しい時間を割いて司法に参加するという意識が生まれなければ難しいのではないか」と質問。これに対し、公述人は「いつ自分が被告の立場になるか分からないと考えれば義務感も出てくるのでは。陪審員に選ばれたら会社を休ませるといったシステムを」(上野さん)、「国民の社会参加意識は高まっている。義務であると感じるような啓蒙活動が必要ではないか」(吉田さん)、「周りの環境を整えることからまず考えてほしい」(水元さん)、「国民の義務と考えなければ。参加しやすいように周囲の理解も大事」(山本さん)などと答えた。

 藤田耕三委員(元広島高裁長官)は「公判維持できる事件しか検事は起訴しないので起訴件数はむしろ少ない。真実発見の面で陪審制の方が優れているとは限らない」などと説明。水元さんは「裁判官は自白をかなり尊重しているが、自白は完全には信用できない。自白に疑問を持って物的証拠だけで判断した方が真実に近付けるのではないか。有罪になる人だけ起訴するというほど検察官の判断が正しいなら、裁判所はいらないのではないでしょうか」と反論した。

 これに対して、検事生活37年間の水原敏博委員(元名古屋高検検事長)は「日本の裁判の無罪率が低いのは、検事が起訴する時に非常に高いハードルを設けているからだ。仮に自白があってもほかに証拠がなければ起訴はしない。警察が調べた自白が本当かどうか裏付け証拠によって調べている。真実が知りたいと言うが、陪審裁判では有罪でも無罪でも判決理由を公表しない。それで納得できるのか」とさらに反論。水元さんは「裁判では法律の知識のない陪審員に分かりやすく証拠を説明するわけで、それは同時に傍聴者にも分かりやすく説明することになるので(みんなも)納得できる」と応じた。

 この日の地方公聴会に出席した審議会委員は、佐藤幸治(会長)、北村敬子、高木剛、藤田耕三、水原敏博の5氏。会場では法曹関係者や市民、学生ら約400人が公述人の意見発表に耳を傾けた。地方公聴会は今後、7月に札幌と東京で開かれる。

●市民主催の「公聴会」も●

 午後からは同じ会場で「市民が創る司法改革公聴会」(主催・福岡県弁護士会、当番弁護士を支援する市民の会)が開かれた。市民の視点から審議会をチェックし、司法改革について論議するのが目的だ。

 午前中の公聴会の内容について各公述人から補足説明。続いて、九州大学大学院法学研究院の大出良知教授をコーディネーターに、作家の佐木隆三、佐賀地裁判事の山口毅彦、審議会委員の高木剛の3氏によるパネルディスカッションがあったほか、会場の市民からも発言があり、司法改革への期待や提言などの意見交換をした。

 刑事裁判の実情について、大分の女子短大生殺人(みどり荘事件)で犯人とされて1審で無期懲役となり、2審で逆転無罪を勝ち取った輿掛良一さん(44歳)は「冤罪被害者として公聴会を聞いていた。接見禁止や自白強要の中で得られた調書を、真実として裁判官が信じた。取り調べ調書がどういう状況でつくられるかが問題で、代用監獄を一日も早く廃止してほしい」と訴えた。

 山口判事は「自白に疑問を感じなくなっていく。有罪判決を出す時に裁判官も自白があった方が安心する」と裁判官の心情を説明。佐木氏は「日本でも取り調べ段階で弁護士を同席させることができるはずだ」と訴えた。また、高木委員は「英国では取り調べをビデオ録画している。なぜやっているかを考えるべきだ」と話した。


【写真説明】 体験に基づいた意見を述べる主婦の上野朗子さん=6月17日午前、福岡市中央区の西日本新聞会館・福岡国際ホールで

【写真説明】 地方公聴会に高校生として初めて参加した水元祐美さん=6月17日午後、福岡市中央区の西日本新聞会館・福岡国際ホールで

初出掲載(「月刊司法改革」2000年7月号)


「インタビュー&記事/司法改革」のインデックスに戻る

フロントページへ戻る

 ご意見・ご感想は norin@tky2.3web.ne.jp へどうぞ