「部活動」ができなくなる?

生徒不在の廃部騒動から

東京都八王子市立由木中「吹奏楽部」の場合


【前文】東京都八王子市内の市立中学校の吹奏楽部で今春、部活動の存続が危ぶまれる騒動が起きた。顧問を引き受ける教師がいないという理由から、学校側が新入部員の募集をさせないと言い出したのだ。これまで練習に励んできた生徒たちにとっては、寝耳に水の出来事だった…。この学校の対応はあまりに理不尽で常軌を逸しているが、しかし少子化による学校の小規模化、そして教師の高齢化による顧問不足など、部活動の維持をめぐるトラブルは、これから全国的な問題になりそうだ。

●顧問の先生がいない?●

 「どうして新入生に入部勧誘なんかしたんだ。勝手にビラを配ったのはどういうことなんだ」

 今年四月二十日の放課後、八王子市立由木中学校の吹奏楽部の生徒三人が、校長室に呼び出された。部長や副部長を務める三年生たちだった。校長を含む五人の教師に取り囲まれて三十分以上も厳しく詰問された。

 そして教師たちから改めて言い渡されたのは、「吹奏楽部には新一年生の入部を認めない」という一方的な言葉だった。生徒たちは激しく動揺し打ちひしがれた。自宅に帰ってからも、悲しさと悔しさで泣きじゃくった。

 由木中の吹奏楽部は、東京都のコンクールで常に上位入賞するほどの実力があり、部員も五十人以上いる強豪校だ。決して部員不足から廃部を迫られているわけではない。昨年度まで吹奏楽部を指導してきた顧問のベテラン音楽教師が他校へ異動になり、本年度は顧問の引き受け手がいなくなったのだ。

 新任の音楽教師は吹奏楽は専門外なので指導できないという。このため、学校側は新入生の募集停止を言い出したのだった。

 実は、年度末に顧問教師の転任が明らかになってから、保護者たちは学校側と何回か話し合いを続けてきた。しかし校長は「本年度のみ活動は許すが、来年度は廃部にするつもりだ」との姿勢を崩そうとはしなかった。保護者会に対しても生徒に対しても十分な説明は一切せず、部長だけを呼び出して「募集停止」を告げた。

 翌日の四月十八日、全校生徒に「部活動紹介」のプリントが配られた。吹奏楽部を紹介する部分には、活動場所も活動曜日もすべて「未定」と説明され、「現二・三年生のみ。今年のみ活動」などと書かれていた。二日後、これに納得できなかった生徒たちは思い思いの勧誘ビラを作って、新入生に入部を呼びかけた。

 「吹奏楽部の練習は大変だけどとても楽しい。全国大会を目標にこれまで頑張ってきて、いよいよこれからという時なのに廃部になんかしてほしくない」「新一年生にも楽器演奏の楽しさや、みんなで一つの音楽をつくり上げる素晴らしさを教えてあげたい」。そんな思いが募って、部員全員で話し合った末の行動だった。

●練習したいだけなのに●

 しかし学校側の対応は、子どもたちの教師に対する不信感を募らせるばかりで、「なぜ先生たちは廃部にしようとするのか理由が分からない」といった疑問だけがますます膨らんでいった。ほかの教師が吹奏楽部の顧問を引き受けようとしないことや、募集停止の経緯や背景をきちんと生徒に説明しないことが原因だった。

 部活動の顧問は形式的に存在するだけで、指導は専門家に任せるケースも結構ある。それなのになぜ、という疑問は生徒や保護者の間にも強かった。

 五月に入って、保護者会との話し合いの結果、学校は「部活動紹介」の改訂版を配った。音楽の教師である校長が吹奏楽部の顧問に就任し、新入生の勧誘も認められた。実際の演奏技術指導は、専門家に外部指導員という形で依頼することで合意した。

 ようやく子どもたちは、大好きな吹奏楽の練習が再開できるようになった。東京都のコンクールで金賞を取るのがみんなの目標だ。ところが学校側は、生徒たちが練習に打ち込むのを妨げるかのような対応を取り続けた。

 例えば、夏のコンクールまでは毎日練習したいと希望しているのに、土曜日や日曜日の練習を制限する。許可を得て土曜日に練習していると「勝手に練習するな」とクレームを付けて校舎から追い出され、近くの公園で練習したこともあった。担当パート別の練習では一般教室を使っているが、校長は各担任から毎回許可を取るように部員に命じた。今までは顧問が各担任に声をかければそれでOKだったのに…。

 こうした学校側の対応を、生徒も保護者も「練習をさせないための陰湿な嫌がらせだ」と受け止めた。コンクールに向けて、前年度のように練習したくても練習させてもらえない。不完全燃焼でいらいらしたり、胃がきりきりと痛んだり、勉強が手につかなかったりする生徒も出始めた。

●子どもを傷つける学校●

 「部活動は教員の本務外で、中学教員にとって大きな負担になっている。人事異動でそれまでの顧問がいなくなればどうしようもなくなる。親と生徒の要望が強いので、止むを得ず私が顧問をやって活動の場を保証しました」

 由木中の鈴木渉校長は、吹奏楽部についてそう話す。

 「毎日練習させないのは、子どもたちの体が心配だから休ませてやりたいと思ってのことです。休日にも朝から晩までやるのは健康上問題がある。それに厳しい練習を嫌がっている生徒もいるんですよ。前の顧問が部活動を縮小しないで、拡大するだけ拡大して勝手なことをして出て行ったのがそもそも問題なんです」

 しかし、土、日曜日の練習は終日行うわけではなく、学業に影響が出たという話も聞かない。保護者会の責任者の母親は、部活動と子どもへの理解を訴える。

 「子どもたちが目標に向かって努力する姿を見ていて、応援しなければと思いました。できる限り子どもたちの意思を尊重してバックアップしてやりたい、それが親の気持ちです。先生は管理や体面だけを考えるのではなく、子どもたちと向き合って本音で話をしてほしい。校長先生と前の顧問の先生との間であつれきや行き違いがあったとしても、子どもたちを傷つけるようなことだけはしないでほしいですね」

●学校枠を超えて対応策●

 由木中の吹奏楽部の場合は、子どもたちに精神的ダメージを与えるだけで、学校側の対応はあまりに非常識で常軌を逸していたかもしれない。けれども、学校教育における部活動の在り方そのものが今、曲がり角にさしかかっているのは確かだ。少子化による学校の小規模化、それと教師の高齢化によって、部活動の顧問不足と部の存廃は全国的な問題になりつつある。

 そもそも課外活動である部活動は、教育課程に位置付けられた授業ではない。これに対して、週一時間のクラブ活動は特別活動(特活)に位置付けられた正規の授業で、全員参加が原則だ。多くの中学校では部活動とクラブ活動の一体化が進められてきた。

 ところが学習指導要領が改訂され、本年度からクラブ活動は特活ではなくなった。このため、ただでさえあいまいな存在だった部活動は、さらに不安定な状態に置かれることになった。

 部活動はこれまでずっと、教師のボランティア精神に頼って行われてきた。正規の職務ではない顧問教師の指導は、言ってみれば時間外のサービス残業だ。放課後や土日曜日にどんなに部活動の指導をしても、代休や超過勤務手当は一切つかない。スズメの涙ほどの特殊勤務手当が支給されるだけだ。その一方で、生徒や親の部活動への期待は今も根強いのが実情だ。

 横浜市立中学校の教師で、「サバイバル教師術」などの著書がある赤田圭亮さんは「ほとんど毎週日曜日に出勤して生徒の面倒を見ていると、いつ休めばいいのということになる。ボランティアと勤務の間のグレーゾーンでやってきたが、これからは今までのような形では部活動は維持できないだろう」と指摘する。

 部活動を学校から切り離すことや、地域や民間団体と連携することを考えてもいいのではないか、という意見も出始めている。

 東京都板橋区教委では一九九七年度に、学校小規模化と教師減少で部活動に対応できない事態を想定し、全国に先駆けて「合同部活動」の実施要項を作成した。複数の学校が連携して連合チームを結成できるように、学校での部活動を保証する配慮をしている。今のところ廃部になったという学校は出ていないという。八王子市教委も今年から広域部活動検討委員会をつくって、来年度以降の導入に向けて研究を始めた。

       ◆

 由木中の吹奏楽部は、八王子市教委が校長を指導したことで、七月からは学校でほぼ毎日練習できるようになった。八月初めに開かれた東京都中学校吹奏楽コンクールでは、残念ながら金賞こそ逃したもののA組銀賞を獲得した。けれども吹奏楽部の活動が今後どこまで保証されるのか、そして来年度以降も部が存続できるかは、まだまだ楽観できない。

初出掲載(「週刊金曜日」2000年9月8日号)

=雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります。


●写真説明(ヨコ):練習の成果を披露する吹奏楽部の子どもたち=今年8月、東京都八王子市内の演奏会で(写真と本文は関係ありません)


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