東京地裁

傍聴人のビラ閲覧を禁止

「表現の自由」侵害に批判の声


【前文】東京地裁で昨年末、法廷外で受け取ったビラを見ていた傍聴人に対して、裁判所職員が「ビラを読まないように」と規制する一幕があった。法廷警備権の一環だと裁判所は説明しているが、表現の自由や思想・良心の自由の観点から、法律家の間からも疑問の声が上がっている。

 ビラの閲覧規制があったのは昨年十二月二十八日。労働事件の判決言い渡しが行われた東京地裁民事十一部の七一〇号法廷(三代川三千代裁判長)で、開廷時刻の十分前に入廷した複数の傍聴人が、訴訟関係者から受け取ったビラを読んでいると、裁判所職員(書記官)がビラに目を通していた一人一人に対して、「ビラの持ち込みは禁止です。法廷内ではビラを読まないで下さい」と言って回り、閲覧を禁止した。

 ビラはA4判で、原告支援者が作成して法廷外で配布。「公正な判決を」などの見出しとともに、原告側が裁判所に提出した要望書や準備書面の抜粋が掲載されていた。

 労働裁判に限らず行政訴訟や刑事事件でも、訴訟当事者や弁護団などが、一般には分かりにくい裁判の流れや事件内容を整理してビラやチラシにまとめて、事前に関係者や傍聴人に配るのはよくあることだ。「傍聴に来た人がそういう資料を見ながら裁判を理解するのは、裁判所で日常的に目にする光景。傍聴席でビラや関係資料を読むことを禁止するなんて聞いたことがない」と弁護士たちも首を傾げる。

 規制の法的根拠を質問する傍聴人に対し、裁判所職員は「ヘルメットやビラの持ち込みは傍聴規則で禁止されている」の一点張りで、裁判長の訴訟指揮によるとの説明を繰り返した。

 法廷の出入り口に掲げられた「傍聴の注意」には、「大きな荷物、危険物、棒、旗、ヘルメット、ビラその他裁判長又は裁判所職員から禁止された物を持ち込まないこと」と書かれている。しかし傍聴人の多くはこれを、法廷内での配布を目的としたビラの持ち込みを禁じたものだと理解している。

 何をもってビラと判断するのか。内容をチェックするとすれば検閲に該当するのではないのか。特定の法廷で禁止するならば恣意的規制ではないのか。そもそも個人が私有財産として所持しているビラを読むなというのは、表現の自由、思想・良心の自由の侵害ではないのか。

 こうした疑問をふまえ、傍聴人に対するビラ閲覧規制について裁判所に取材を申し入れた。

 事実関係について裁判所は、「規制は裁判長の指揮ではなかった。ビラの束をひざに置いている人がいたので、判決が意に沿わない場合、傍聴席から裁判官に投げ付ける恐れがあるかもしれないと主任書記官が判断して指示した。その人だけ注意するわけにいかないのでほかの傍聴人も一律に規制した」と説明する。

 その上で、ビラを「形状や記載内容から具体的に示威行為につながるようなもので、法廷の静穏や平穏を害するような性質を持っているものを指す」と定義。「すべての文書をビラとするわけではないが、ビラは法廷秩序維持のため持ち込み禁止なので、法廷内で見るのも禁止。何をビラとするか、持ち込みや閲覧については各裁判官によって個別に判断されるべきものだ」とした。民事・刑事部の裁判官の討議に基づく東京地裁の正式見解だとしている。

 また、ビラの内容に踏み込んで判断するのは検閲になるのではないかとの質問には、「何もお答えすることはありません」と回答した。

 裁判所の傍聴人への強権的姿勢や規制強化は、表現の自由や思想・良心の自由の観点から社会的影響が大きい。東京弁護士会の法廷委員会副委員長で訴訟指揮問題に詳しい和久田修弁護士は、「法廷外で受け取ったビラや資料を本人の責任で読む行為はだれにも迷惑をかけないし、法廷秩序も乱さない」と話し、勧告対象に取り上げる姿勢を示した。

初出掲載(「週刊金曜日」2005年1月28日号)

=雑誌掲載時とは表記や表現など一部内容が異なります。


●写真説明(ヨコ):東京地方裁判所(東京・霞が関)


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