チェロの美音

長谷川陽子賛

 のっけからなんですが、私はオーケストラの中でチェロが一番好きです。特にメロディ・ラインがまわってきてA線上で伸びのある音で歌いはじめるとぞくぞくします。
 ところが同じチェロでもソロで聴くチェロは思ったより(音そのものは)美しくないと思うのですがどうでしょう?
 チェロに限らず(弓で擦る系の)弦楽器が、オーケストラなどのアンサンブルで聞こえてくるより、1本1本がずっと刺激的な音を出しているというのは頭では判っているのですが、それにしても思ったより音自体に魅力のあるチェリストが少ない気がします。

 有名なチェリストの音(音楽ではない)について、主にディスクから受ける印象をちょっとづつコメントしてみましょう。
 チェリストといえばまず名前があがるのがカザルスでしょう。カザルスの音はまずしい録音で聴く限り、その音楽はともかく音は大変固いと思います。生で聴くと凄く柔らかく暖かい音だったといいますが・・・。
 ロストローポーヴィッチは結構美音系のチェロだとは思いますが、音の芯が柔らかすぎるように思えます。ちょっと水気を含み過ぎてベチャベチャとしてしまったような・・・。
 ヨーヨーマはチェロらしい質量感に欠けると思います。あまりにも自在な演奏のせいか、サイズの大きいヴァイオリンを聴いているような印象を受けます。
 ラテン系のチェリストでは、フルニエは端正な美音だとは思うけれどスケール感に欠け魅入られるような魅力に乏しい気がするし、ジャンドロントゥルトゥリェはコメントできるほどディスクを聴いたことがないし。ナヴァラは好きなチェリストだけど、いままで述べてきたチェリストのなかで最も美音とは遠いところにいる気がします。(ナヴァラだけは生で聴いたことがある。)
 リン・ハレルシフシュタルケルデュ・プレなども残念ながらコメントするほど聴いていないし。
 そんな中でマイスキーは本当に美音だと思います。時として(そのシットリ系の美音に)ぞくぞくするような瞬間を味あわせてくれます。ただちょっとロストロに似て芯の柔らかさを感じることがあり、強さを求められるような曲では必ずしも満足できるものばかりでもありません。

 理想の音のチェリストっていないもんだなぁと思っていたところ、ちょっと琴線に引っかかるチェロの音をみつけました。それはノラスの弾くエルガーのチェロ協奏曲(サラステ指揮フィンランドRSO)でした。どんな点が気に入ったのかというと、その音の強さです。音そのものはチェロとしてはかなり硬質な方だと思うのですが、実に良く楽器が鳴っているので力強い美音に聞こえます。とはいえ音(色)のみで音楽が成り立っているわけではないので、ノラスに関してはそれ以上特に進展しないでいました。

 数ヵ月前、ショスタコーヴィッチのチェロ・ソナタを聴きたくて、ラフマニノフのチェロ・ソナタとのカップリングという点で長谷川陽子のディスクを購入しました。ショスタコのチェロ・ソナタはずっと以前にナヴァラが来日した折公開レッスンで聴いたのが初めてですっかり気に入ったのですが、当時あまりレコードがなく唯一店頭にあったレコードを購入したのですが、これがまるで面白くない演奏でそれまでになっていました。最近ショスタコの交響曲にちょっとはまっていたので再び聴いてみようかと思っていた時だったのです。
 だから、失礼ながら長谷川陽子さんにはこれといった期待を持たずに聴いた訳です。数分間後には「これは拾い物をしたぞ」と思っていました。
 
 これは長谷川陽子はもっと聴く必要が有りそうだと思って、コダーイの無伴奏チェロ・ソナタ他のディスクを続いて購入しました。コダーイの無伴奏は、これもかなり以前に林峰男の演奏で聴いただけなのですが、この時はその超絶技巧振りにびっくりしただけで、演奏としては同夜に演奏されたバッハの無伴奏の方が記憶に残っています。
 このディスクではもうコダーイの最初の音から「ガッツーン」とショックを受けました。2枚のディスクを通じてまづ感心するのはその美音振りです。特にコダーイ他の無伴奏作品のディスクでは曲に合わせた3つの楽器を弾き分けているだけあってチェロの美音を堪能させてくれます。

 長谷川陽子の音はチェリストとしてはやはりかなり硬質な方ではないでしょうか。これまた楽器が良く鳴って(ひょっとしてかなり駒の近くで弾いているのでは?)いて音楽の手触りが固くなることがありません。ここまではノラスも同じですが、長谷川陽子は音自体の密度とか温度感が大変に高く、その弾き振りと合わせて大変にテンションの高い強い音楽になっている点に強くひかれます。これは私が理想と思うチェロの音に大変近い音なのです。

長谷川陽子さんはノラスに師事していたらしいが、この音の印象の共通性はそれとなんか関係があるのでしょうか。それとも音の共通性が師事に結び付いた一つの要因だったりするのでしょうか。

 この後、何枚かの長谷川陽子のディスクを購入しましたが、新しい録音ほどその美音振りに磨きがかかっているのを確認できて大変うれしく思いました。確認できたのはそれだけではありません。「スペインのバラ」と題された小曲集のアルバムを聴いていて思ったのですが、メロディ・ラインにおける音と音との間の力学的な関係(なんのことか良く判らない表現だとは思うけど)みたいなものの強さが音楽のダイナミズムや表情の深さに結びついている気がします。それがある時は奔放なまでの初々しさ(一見矛盾した表現のようだけど、演奏を聴いていただければ納得していただけると思う。)みたいな魅力を醸し出しているように思われます。

 今度必ず一度、生で長谷川陽子の演奏を聴いてその美音を直接確かめたいと思っていますが、彼女には長く変化と成長に注目して行きたいと思ってます。(ファンクラブ入っちゃおうかな。)

 ついでに言っておくと長谷川陽子のディスクは総じて録音が素晴しい。彼女の美音が本当に堪能できます。Victorの技術陣に感謝。

長谷川陽子のプロフィールや演奏会・デスコグラフィ等、色々な情報をチェリスト「長谷川陽子の部屋」で見ることができます。


98年1月20日に東京シティフィルの定期演奏会のドヴォルザークのチェロ協奏曲を聴きにいく予定でした。しかし、当日中央線がトラぶっていて演奏に間に合わず、ホール外のモニタでの鑑賞になってしまいました。東京在住の人間なら判ると思いますが、今年の中央線は交通機関としての体をなしていません。今仕事が立川なのでどこの演奏会に行くにも中央線を利用せねばならず、どうにかしてほしいです。JR東、俺は怒っているぞーーーーー!!

 

 


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