蕎麦屋で酒を

池波正太郎「剣客商売」を読んで

 昨年の秋にTVで池波正太郎原作の「剣客商売」が放映されていたのを御存じの方もおいででしょう。私の周辺には時代小説のファンが数人いて結構話題になってしました。私は数回しか見ることができませんでしたが、評判はどうだったのでしょうか。
 私は首都圏在住の割には通勤に関しては恵まれており、約一時間の通勤時間を読書に費やすことができます。TVの方はみることができなかったので通勤時間を利用して、その面白さにもつられて、一気に「剣客商売」を全部読んでしまいました。
 ここでは「剣客商売」や池波正太郎について述べるつもりはないのですが、「剣客商売」を読んで思い出したことなどつれづれに・・・。

 「剣客商売」に限らず池波正太郎の作品には季節の食べ物の描写が良く出てきています。それも酒の肴のおいしそうな描写が。池波作品の主人公達は良く酒を飲みます。昼間からちょっとした時間の合間に飯屋によっては静かに酒を飲む。特に蕎麦屋によって酒をもらう場面が多く、いいなぁと思いながら、蕎麦屋で酒といえば・・・。

 ホームページのタイトルに「酔っ払いの戯言」とあるように私自身人並みよりは少々酒好きで、蕎麦屋で酒を飲むことも時々あります。(昼間からはない。)きちんとした蕎麦屋は「だし」がしっかりしているので基本的に料理は旨いと相場が決まっている、というのは前述の時代小説ファンの言ですが、確かにそうかもしれません。私は蕎麦屋ではそばがきで一杯というのが好きです。しかし、肴がそこそこ旨い蕎麦屋はそこそこあるのですが、本当に旨い蕎麦というのはなかなか見当たらないものです。 思い出にあるもっとも旨い蕎麦屋は、学生時代に時々バイクをとばしていった穂高の蕎麦屋です。安曇野の林や森を抜けてたどりつく、何時いってもあんまり混んでいない店で、入り口近くの藤棚の下に丸太を半分に切ったテーブルがあり、開放的なそこで蕎麦を食べるのが好きでした。すぐ横には小さな小川が流れており、水車が回っていました。肝心の蕎麦は量が多いにもかかわらず値段が安くて、口にした瞬間蕎麦の香りがファっと鼻腔にひろがる、繊細というよりは野趣に富んだものでした。
 当時は貧乏学生(今だって貧乏には変わりない)であり、バイクに乗っていっていたのもあって、その蕎麦屋で酒をいただくような粋なことは考えもしませんでした。ただ今から考えると、蕎麦の香りの中ゆっくりと静かに進む時間と酔いを味わいながら過ごすひとときというのはさぞかし素敵な時間になっただろうなぁという想いが募ります。
 その場で飲む酒は絶対に冷や酒(冷酒ではない)で、最近の妙にフルーツフレーバーの強い吟醸酒ではなく、純米酒のボディ感がありながら雑味の少ない「久保田」(千寿・万寿・碧寿あたりかな)なんかが好いななんて思います。

 なんて考えていたら、ふとジョージ・セルのモーツァルトの40番のシンフォニーを思い出してしまいました。蕎麦の香りを台無しにするような妙な吟醸香がなく、水のように雜味がないのに、しっかりとした飲みごたえがあるなんて、実にセルとクリーブランド管弦楽団の演奏を形容するのに相応しい気がしませんか?
 クラシックを聴きはじめたばかりのころ初めて聴いた40番が、友人に聴かせてもらったセルの演奏でした。最初の1小節の低弦の上に奏でられるヴィオラのざわめくような刻みにオォっと思う暇もなく、ある種唐突に切れ味鋭くあの旋律が疾駆しはじめる冒頭は、目も覚めるような鮮やかな印象を植え付けられました。
 自己紹介の盤歴にも書いたように当時の私の演奏家に対する知識はCBSソニーのレコードカタログに全面的に依存していたので、セルはバーンスタイン、ワルター、ブーレーズの次に偉い指揮者なんだと思っていました。友人はワルターのレコード(コロンビア饗)も持っており、どちらかというとワルターの方が好みのようで「ワルターはモーツァルトは涙を誘う程ひたすら明るく演奏しなければならないといっている」とかよく話していました。
 私もセルの40番は気にいったものの、当時の全体的な好みからするともっと阿鼻叫喚のグッチョン・グッチョンした演奏が好きだったので、セルに関してはブラームスやベートーヴェンの交響曲などを聴いたもののそれ以上のめり込むことはありませんでした。ただ当時でも70年に来日した演奏会の素晴らしさは語り草になっており、そのせいかセルのレコードジャケットは万博会場での演奏会の写真が使われているものが多かったと記憶しています。クリーブランド管弦楽団のチェロのトップサイドの女性が大変美しく、ジャケットやレコードカタログに見入っていたのが懐かしく思い出されます。

 その後ベーム指揮ウィーン・フィルからはじまっていろいろな40番を聴いてきましたが一番気に入ったのはトスカニーニ指揮NBC交響楽団のものでした。今、モーツァルトの40番で手許にあるディスクは、ブリュッヘンのものだけで、40番自体そう度々聴くこともありません。どちらかというと40番やジュピターよりリンツやプラハの方が好きで、モーツァルトの後期の交響曲としてはクーベリックのバイエルン放送交響楽団の演奏が大変気にいっています。特に30番台のシンフォニーは天使の羽音が聴こえるような愉悦感に溢れた演奏です。が、結局初めてセルの演奏で40番を聴いた時のような鮮烈な衝撃みたいなものは二度と感じることができませんでした。

 「剣客商売」の主人公である秋山父子は静かにゆっくりとお酒を飲みますが、私はこれができません。他人からすると「水のよう」に早いピッチで飲んでしまい、すぐにできあがってしまいます。せめてセルの演奏を聴いて静かにゆっくりと酒をのむような気分を楽しんでみようかと思います。今では私の演奏スタイルの好みも変わってきているので、改めてセルの演奏を聴くと案外はまるかも知れません。でも、では何を聴こうかと考えると、よくできたお酒のようなセルの特徴が活かされる曲ってなんとなく思い付かないんですよね。ドヴォルザークの8番・新世界やグレートは名演らしいとは聞いていますが、聴きたいと思うセルの特徴とはちょっと違う気もするし・・・。なにかお勧めの演奏があれば教えて下さい。モーツァルトのピアノ協奏曲あたりかなぁ。


 さて例の穂高の蕎麦屋ですがひと昔近く前に上高地に遊びにいったついでに寄ってみました。学生時代からタクシーの運転手さんの口コミでちらほらと観光客もきてはいたのですが、いってビックリ。すっかり有名になってしまったらしく、観光バスが何台も乗り付けていて、店に入るのに行列ができているではありませんか。店も改築されていてあの藤棚はなくなり店鋪面積が増やされていました。小川は流れているのですが水車は壊れたまま放置されていて・・・。いやーな予感がしました。
 行列で待つこと30分あまり、ようやく自分達が席につける順番まできたと思ったら、新しい観光バスが乗り付けて、予約の団体さんの方が優先でもう1時間くらい待てとのこと。これでは昔のあの味が保たれているはずはないと確信して帰ってきました。

 セルの40番も聞き直すようなことはせずに、鮮烈な印象のみを記憶にとどめておいた方が良いのかもしれません。

 


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