文系人間の音に関する無謀な算数的挑戦
(その3:泥沼編)
チューニング再考

 またまた多くの人には面白みのないかもしれない話題で申し訳ありません。もうほとんど人に見てもらうような内容から遠く離れ、自分自身のための知識の整理でしかないような気がしてますが…。

 今回も参考にした書籍を紹介しておきます。(前回と同じ書籍です。)

音と音楽の基礎知識 大蔵康義 国書刊行会 ※今回の文章の多くはこの書籍からの情報に基づいています。
図解雑学 音のしくみ 中村健太郎 ナツメ社


 まずはチューニングに関する再考です。少し勉強したおかげでチューニングに関してすっかり疑問が増えてしまいました。

【弦楽器がAで合わせると…】
 弦楽器がAで音を合わせるとどうなるでしょうか。ここではA=440Hzとしましょう。ヴァイオリンの場合、当然Aは440Hzになります。そのAに合わせて5度のハーモニーでD線を調弦すると440Hzの2/3、つまり約293.3Hzになります。また、Aに合わせて5度のハーモニーでE線を調弦すると440Hzの3/2、つまり約660Hzになります。更にD線と5度でG線をチューニングすると293Hzの2/3で約195.5Hzになります。ヴィオラの場合にはさらにG線と5度でC線をチューニングしますが約130.4Hzとなります。(チェロはヴィオラの1オクターヴ下)これは平均律の約130.6Hzと微妙に異なりますね。

開放弦 5度チューニング 平均律
660.0Hz 659.3Hz
440.0Hz 440.0Hz
293.3Hz 293.7Hz
195.5Hz 196.0Hz
130.4Hz 130.6Hz

【金管楽器のピストンの仕組み】
 金管楽器の場合を考える前に、金管楽器の音階を奏でるピストン(あるいはバルブ)の仕組みを考えてみましょう。単純に考えるためC管のトランペットを想定します。金管楽器の管というのは共鳴の管であるとともに周波数フィルターでもあります。C管の場合は挫折編で倍音列の説明した音が共鳴し、そうでない音はカットされます。


全ピストン開放

 これだけでは音階が演奏できないので、ピストンを押下することによって迂回路を通すことで管長を長くして別の倍音列の音を演奏できるようにしています。基本は人さし指で扱う全音低いピストン(1)、中指で扱う半音低いピストン(2)、薬指で扱う全音+半音だけ低いピストン(3)です。楽器やモデルによってはもっと多くのピストンやバルブがついているものがありますが、基本はこの3種のピストンで、このピストンの押したり放したりの組み合わせで音階を演奏します。

ピストン2押し下げ ピストン1押し下げ

ピストン1&2押し下げ

(あるいはピストン3押し下げ)

ピストン2&3押し下げ ピストン1&3押し下げ 全ピストン押し下げ

 こうして見ると音階を奏でるための基音は8種類しかありません。多分現在の金管楽器の各ピストンの延長分の長さは平均律によって計算されているのではないでしょうか。そうでなければ複数のピストンを押さえることで奏される音はヘンテコなピッチになってしまうでしょう。

 こう考えると金管楽器と言うのは自然倍音列を利用しているので平均律でもなく、まただからといって純正律や他の音階でもない実に不思議な音階の楽器かのかも知れません。

【金管楽器がAで合わせると…】
 やはりC管の金管楽器がAで合わせる場合を考えてみましょう。Aでチューニングするとき通常ピストン1と2を押し下げた音でチューニングします。このときの管長の基音Aは110Hzとなりこれが平均律とすると、Cの音は苦闘編での計算式により110×(2の3/12乗)となり約132.3Hzになります。これはヴィオラのC線と同じ音のはずですが、約2Hzの差が生じています。通常この基音はトランペットの音域の範囲外となりますから、オクターヴ上のCを考えると約264.6Hzということになります。

 ではB管の金管楽器がAで合わせるとどうなるでしょう。B管でAの音はピストン2を押し下げた音(B管の「シ」)でチューニングします。この楽器でCの音(B管の「レ」)を出す場合、ピストン1&3を押し下げることになります。これはピストン1&3を押し下げた管長の基音F(B管の「ソ」)の倍音列の3次倍音になるので、基音Fの周波数(110×(2の-4/12乗))=約87.3Hzの3倍がCになります。計算してみると約261.9Hzとなります。これは上記のC管のCと約2.5Hzの差が生じています。さらに、このオクターヴ上のCは通常ピストン1を押し下げて音を出します。勿論、ピストン1&3を押し下げた状態でも同じ音程は出ます。が、ピストン1を押し下げて場合を考えてみると、Asの5次倍音列の音になります。これを計算してみると約519.1Hzとなり、先ほどのCのオクターヴ(つまりFの6次倍音に当たる)である523.8Hzとは4.7Hzの差が生じます。(みなさん、少しは頭痛くなりました?)

【木管楽器がAで合わせると…】
すみません。木管楽器のことはよく解らんです。

【で、チューニングってやっぱり儀式?】
 取りあえずA=440Hzで合わせても、ジュピターの冒頭ではCの音に初めからこれだけの違いが生じる訳です。(勿論、論理上の話ですよ。)ちなみに平均律ではCは約261.6Hz(523.3Hz)ってところです。こうして見るとAの音だけきっちり合わせてみてもそれで音楽のピッチ全体が合うことにはならないのがわかります。ステージ上のチューニングはやはり音程の最終確認といった意味合いで、儀礼的なものである気がしますね。演奏の前のチューニングと言うことならAに限定せず、演奏する曲の主音でチューニングした方がまだなんだか良さそうな気がします。でも…弦楽器って開放弦でチューニングしないと、右手で弾いて左手で弦を押さえて、…糸巻きもアジャスタも調整できないんですよね。

【なぜオーボエであわせるの?】
 これに関しては前のHPで書いたことには大きな誤りがあるようです。そこでは「オーボエは比較的倍音成分が少なく正弦波に近いので音程を合わせ易い」なんて書いていますが、これは大嘘でした。なんでもオーボエはヴァイオリンと並んで非常に倍音成分が多い(20数次倍音まで含まれているらしい)楽器とのことです。オーボエでチューニングするのはいかにもまずいということだそうです。(ただし正弦波の方が合わせ易いとはどこにも書いてなかった。)

【管楽器が暖まってピッチが上がるのって嘘!?】
 これって良く考えるとおかしな話なんですよね。管楽器の音程を決定するのは管長であり、管の材質や温度には関係ありません。空気の振動ということで考えると確かに空気の温度が変化すると空気中の波動の進む速度が変わり音程は変化します。変化しますが、演奏によって温度が上がるのは楽器の中の空気だけでしょうから、それは客席に届くまでのほんの一部分の空気でしかなく影響がでるほどとは考えられません。んー…。

【音程の差ってどの程度認識できるの?】
 我々は音程の差をどの程度の精度まで認識できるのでしょうか。挫折編では周波数の0.3〜0.7%と書きましたが、もう少し詳しい記述がありました。

 ちょっとだけ音程の比較に使われる単位であるセントの概要を説明しておきましょう。といっても上手に説明できないのですが、簡単に言って1オクターヴの振動比の対数が…、かえって解らないですね。1オクターヴの振動比を1200分した値だと思って下さい。1オクターヴは12の半音ですから、1セントは半音の1/100つまり1%と思えば良いことになります。(いい加減な説明でゴメンなさい。)

 音程の判別能力は音量の大小や音域によっても変化するとのことです。小さな音・低い音はその認識能力が低下するらしく、それは最も良いポイントと悪いポイントでは100倍近い能力の差があるそうです。で、中音域以上の楽器の(多分プロの)演奏者はチューニングの段階では1セントの狂いもなく合わせることが可能で、実際の演奏においては中庸以上のテンポでは5セント程度の狂いに収まるとのことです。オーケストラの演奏となると、演奏される楽曲の半分以上は10〜20セント狂っていると思って間違いない、狂いが大きい時は45セントという報告もあるとまで書かれてますね。
 聴衆の方もModerato以上のテンポの8分音符より短い音符では20セント狂っても気が付かないが、Andanteの4分音符になれば20セントの狂いは認識できるし、このテンポならオーケストラが10セント以上狂うことはないとのことです。でも音楽的には素人の聴衆と言えど、ひょっとしたらハーモニーの透明度みたいなものは認識できるかもしれません…。

 以上は音程の差の認識能力の話ですが、人間の聴力にはピッチ感覚の歪みも存在するとのことです。歪みとは、物理的な周波数の変化と、それを認識する感覚量との差のことで、これを表現する単位は「メル(mel)」というものがあるらしいのですが説明は(きちんとできないので)省略します。
 可聴音域の両端では、倍の振動数(あるいは半分の振動数)の音では1オクターヴ高く(低く)感じないらしいのです。ある実験では中央ハ音(左の○印の音)を中心として3オクターヴ音程が離れると約50セント(ほぼ半音の半分ですね)の歪みが生じ、4オクターヴでは100セントの歪みが生じるとあります。3オクターヴなら高い方ではヴァイオリンやフルートでもでも少なからず出現する音域だし、低い方はコンバスの最低音に近い音域でオルガンなどはもっと低い音まででるのではないかしら。ピアノの調律に於いて経験的に行われている歪み補正率では、最低音のAで18.78セント低く、最高音のCで32.6セント高く補正するらしいです。
 こうなると演奏しているのも聴いているのも音程の判別能力が低くて歪みの多い音域である低音楽器の音程が悪いのは、悪く聴こえているだけかもしれないし、少なくとも私には傍から本当に悪いとは言い切れないですね。しかし基音に対して感覚の補正してしまうと倍音も当然変化してしまうのでハーモニーは濁ってしまうような気がします。

こうしてみるとチューニングに限らず音楽における音程と言うのは実は相当に曖昧で妥協の(素晴らしき)産物なのかもしれません。

ということで今回はここまで。次回こそ「調性の色」について書きます。

あー、やっぱりつかれた。

 

 


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