運命の扉の叩き方

 このページを見ている人ならば、レコード芸術を購入したことがある人も多いでしょう。だからレコード芸術にはこの1年ちょっと前から新譜(再発売も含む)のさわり聴きCDが付録として付いてくることもご存じでしょう。私は結構毎月このCDを楽しんでいます。音楽史関係の曲など知らない曲も実際に聴けるし、既にディスクを持っている曲で、良い評判は知っているけど購入する気はなかったのに、このCDで聴いて購入してしまったCDも何枚かあります。ベートーヴェンの5番目の交響曲もそんな中の1曲です。
 ベートーヴェンの5番はクラシック音楽という枠をはずしても最も有名な曲のひとつでしょうから、私もいままでいろんなディスク・演奏をきいてきました。このさわり聴きCDに集録されていた5番も思い出すだけで、カルロス・クライバー、ムラヴィンスキー、ティーレマン、カラヤン、アーノンクールと結構多く集録されています。全て1楽章の冒頭から提示部の繰り返しの直後ぐらいまでが集録されています。

 余談ですが、先日TV番組「クイズ赤恥・青恥」という番組の再放送をみていたら、想像以上に多くの人がこの曲の冒頭を聴いても正しい曲名が答えられないのでビックリしました。

 私は実はあまり熱心なクライバーの聴き手ではないので、指揮者としてのクライバーの評判・このディスクの評判も知っていましたが、5番のこのディスクはずっと聴いたことがないままでした。私は、クライバーの音楽の魅力は、硬化することなく時に突進と言って良い程の前進する音楽にある(そのかわりに失うというか切り捨てているものもある)と思っているので、この曲の演奏も悪かろう筈はないと思っていました。が、聴いてみると想像以上で、音の持つエネルギーがはじけるような演奏ですぐにCDを購入しました。
 これでしばらく5番のCDを購入することもあるまいと思っていたら、クライバーを上回る衝撃を受けたのがアーノンクールの演奏でした。これは具体的に何が気に入ったのか自分でも良く分からないのですが、例の冒頭の主題から引き込まれてしまいました。

 アーノンクールのベートーヴェンは、この前に9番のディスクを持っていたのですが、これはあまり気に入ってはいませんでした。5番にフィル・アップされていた7番も素晴しい演奏だったので、エロイカもディスクを購入したのですが、これもイマイチでした。昔からアーノンクールの演奏は自分にとってすごく気に入るか、繰り出される小技に「何を遊んどるんジャ」ってなるかのどちらかでした。最近ヒット率が上がってきたので注目をしてはいるのですが・・、偶数交響曲のディスクを購入するのはちょっとためらってます。

 前置きが長くなりました。この曲が「運命」と呼ばれているのは日本だけというのは有名な話ですが、このシンフォニーの「運命」という印象を決定づけているのはやはり冒頭の「ジャジャジャジャーン」でしょう。これまでいったいどれだけの「ジャジャジャジャーン」が演奏されてきたのか想像もつきませんが、幾つかのスタイルを取り上げてみましょう。

 問題の冒頭は次のような譜面になっています。テンポは二分音符=108と記されています。

 実際は弦5部とクラリネットの(オクターヴを含む)ユニゾンです。ここに一つの鍵というか疑問があります。二度目の「ジャジャジャジャーン」はなぜ二分音符プラス二分音符のフェルマータなのでしょう。普通に(単純に?)考えればEsの音よりもDの音の方を長く伸ばすと考えそうなものです。実際にも伸ばす長さはまちまちでも、Esの音よりもDの音の方を長く伸ばすか、ほぼ同じ長さで演奏している指揮者の方が圧倒的に多いようです。逆にDの方がEsより短く演奏している一人がアーノンクールです。(かなり怪しい記憶だがワルターもそうだった気がする。)別に2つのフェルマータの長さが同じでなければならない決まりもないので、Dの方がEsより短くても間違いではないでしょうが、この場合二分音符プラス二分音符のフェルマータの意味をどう解釈したのか指揮者に聴いてみたい気がします。
 実際にアーノンクールの演奏を聴いたところでは、冒頭5小節と続く6小節目以降の緊張感が途切れないのがなかなか良い感じです。1楽章には何箇所か「ジャジャジャジャーン」がでてきますが、やはり二分音符のフェルマータと二分音符プラス二分音符のフェルマータとがあります。冒頭直後のヴァイオリンのGのフェルマータは二分音符のフェルマータ、その直後の「ジャジャジャジャーン」は二分音符プラス二分音符のフェルマータであったり、ここら辺の理論的なアナリーゼを聴いてみたいものです。

長い

短い

[後が長いタイプ]

[後が短いタイプ]

 私の持っている全音のスコアではこの冒頭5小節を序的主題と名付けていて、第1主題自体は冒頭から21小節までとなっています。21小節というのは1stヴァイオリンのGのフェルマータまで、つまり上のMIDIデータで演奏されているところまでです。

<6小節目以降>

 さて、先の2つのMIDIデータは二分音符=180ですが、実際の演奏ではこれは速い方のテンポのようです。特に少し昔の演奏では序的主題はもっと遅く、フェルマータも長く、序的主題より6小節目からのテンポが速い演奏が多いようです。最近ではティーレマンの演奏が(例のさわり聴きCDによると)似たような演奏でした。

旧いタイプ
[旧いスタイルの演奏]

 私がいままで聴いたことのある「ジャジャジャジャーン」のなかで最も刺激的な演奏はこのタイプと正反対の演奏でした。これはディスクではなく演奏会での経験なので聴いてもらうことはできませんが、とりあえずMIDIデータで「らしきもの」を聴いてみて下さい。

刺激的
[刺激的なベト5]

 どうです?刺激的でしょう。序的主題のフェルマータはほとんど無視しています。指揮者の言によれば「フェルマータというのは停止するという意味で、テンポが停止すれば長くなくともよいのだ。バスの停留所もフェルマータという。」というようなことを言っていました。多少「?」な点はありますが、序的主題のG-Es-F-Dの緊張感、6小節以降との連続感など聴くべき点が多くあると思います。ただしかなり強力なオーケストラで気合いの入った演奏でないと異和感だけしか感じないかもしれません。けれどそういう理想的な条件の演奏で聴くとハード辛口な5番になります。特に提示部の繰り返しで仕切直しみたいにならないところがとても好感がもてます。正直言ってこれを聴いた後、他の解釈では物足りなく感じている自分に気がつきます。

 もしこれに似た演奏をしているディスクがありましたらぜひ教えて下さい。

 このページのMIDIデータのテンポはちょっとデフォルメしすぎたかもしれません。MIDIデータは、実際の演奏のシミュレーションではなく演奏例としてを用意しているので、文章中にでてきた演奏者の演奏とは違う(似ても似つかない)ことをご承知おき下さい。

 

 


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