分子系統解析に利用される遺伝子マーカーなど
植物の説明で足りない内容を補足する予定です。このサイトで取り上げた遺伝子マーカーなどに限ってアルファベット順で紹介しています。
このページは、未完成です。随時、加筆・修正する予定です。
また、主に被子植物に関することなので、他の生物と異なる記述が含まれています。ご了承下さい。
予め断っておきますが、この分野に関しては無知です。内容に誤りがございましたら、お知らせ下さい。
最新の更新:2007年 5月14日種類
- cpDNA(chloroplast DNA;葉緑体DNA)
- ETS region(External Transcribed Spacer region;ETS領域、外部転写スペーサー領域)
被子植物のETSはITS1とITS2を足した長さよりも長いそうです。また、ITSより進化の速度が速いそうです。このことから、種(しゅ;species)間の比較が可能だそうです。
IGS領域の5’末端(NTS領域の26Sと隣接している部分)がETS2と記述されることがありますが(5’末端 26S-ETS2-NTS-ETS1-18S 3’末端)、植物では転写末端(NTS領域との境)の正確な位置が不明瞭であると言われています。ただし、この領域はETS1より変異があり早く進化していることが示唆されています。
ITSと同等の変異があることが知られていたにも関わらず、以下の理由で系統発生を調べるのに向いていないとされていたことがあったようです。
ITS領域はサイズがほぼ一定(650〜700bp)であるのに対して、ETS領域は構造とサイズ(3〜6kb)がともに急速に進化するIGS領域の中に存在する。
多様な植物に普遍的なPCRプライマーの設定が難しい。
協調進化がどのように影響を及ぼしているかが不明。
関連:ガウラ属
- IGS region(Intergenic Spacer region;IGS領域、遺伝子間スペーサー領域)
nrDNAでは18Sと26Sの間に挟まれた領域で、NTSとETSから構成されています。NTS は26Sの3’末端に隣接していて、ETS は18Sの5’末端に隣接しています。
5’側 ・・・26S-IGS-18S・・・ 3’側 → 5’側 ・・・26S-NTS-ETS-18S・・・ 3’側転写の開始と停止に必要な様々な調節因子を含んでいます。
IGSの塩基配列はrRNAをコードしている領域より進化が早いと言われています。
「ISR(intergenic spacer region)」や「IGR(intergenic region)」と略されることもあります(検索のヒット数では、IGS > ISR ≒ IGRです。差は region (R)が含まれているか否かによる?)。
「intergenic spacer region (ITS)」と書かれている文献があります(American Journal of Botany. 84: 830-839. 1997.)。これは、intergenic spacer region の略が ITS と言うことではなく、intergenic spacer region が遺伝子と遺伝子の間に挟まれているという意味で ITS の一種と言うことを意図したのかもしれません。私見ですが、例えば、nrDNAの18S、5.8S、26Sのように転写、翻訳される遺伝子グループの内部に含まれているから「internal(内部)」であり、これに対して「external(外部:ETS)」が存在するので、「intergenic spacer region (ITS)」は誤用のような気がします。専門家の御意見を伺いたいところです。
- ITS region(Internal Transcribed Spacer region;ITS領域、内部転写スペーサー領域)
- matK(文献によっては、matK)
葉緑体ゲノムに含まれている遺伝子の一つで、maturase と言う、自分自身を含むイントロン(タンパク質をコードしていない塩基配列)を切り取る酵素をコードしているそうです。以前は、orfK (orf = open reading frame ?)として知られていたそうです。大きさは約1500塩基対だそうです。
trnK 遺伝子(trn = transfer RNA)の、二つの高度に保存されたエクソン(タンパク質をコードしている塩基配列)に挟まれているそうです。
rbcLと比較して、以下の長所と欠点があるそうです。
rbcLよりも、進化速度が2〜3倍ほど早いために情報のある変異が多いことと、平行進化が少ないことから、近縁種間の系統解析に有効。
DNAの長さを変えるような挿入と欠失があるため、アラインメント(対象群の塩基配列を相同になるように並べる操作)に注意が必要。
塩基配列の保存性があまり高くないことから、対象群ごとにプライマー(DNAの合成開始に不可欠な短いDNA断片)の設計を要する。
関連:ミオソティス属
- nrDNA(nuclear ribosomal DNA;核リボソームDNA)
nrDNA は、リボソームを構成しているrRNA(ribosomal RNA;リボソームRNA)をコードしている遺伝子です。この遺伝子には、植物では沈降係数(s)の異なる3つのrRNA(18S、5.8S、26S)をコードしている3つの領域と、それに挿入された2つのスペーサー領域(ITS1、ITS2)が一つの単位を形成しています。
5’側 18S-ITS1-5.8S-ITS2-26S 3’側この単位はいくつも繰り返されていますが(繰り返し配列、反復配列)、その間に挟まれている部分は IGS と呼ばれています。
5’側・・・26S-IGS-18S-ITS1-5.8S-ITS2-26S-IGS-18S-ITS1-5.8S-ITS2-26S-IGS-18S・・・3’側.
細胞1個当たりの繰り返しの数(コピー数)は、一部の原生動物の1コピーからコムギの6400コピーまで、生物によって幅があるそうです。なお、多くの動物で1000コピー以内だそうです。
- rbcL(文献によっては、rbcL)
cpDNA上に存在する、リブロース二リン酸カルボキシラーゼの大サブユニットをコードする遺伝子です。リブロース二リン酸カルボキシラーゼの正式名称は、リブロース-1,5-二リン酸カルボキシラーゼ/オキシゲナーゼ(ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase / oxgenase)で、略称は、Rubisco(ルビスコ)です(某菓子メーカーと名前が似ているのは偶然じゃないとか???(^^;)。Rubiscoは光合成に関わる酵素で、二酸化炭素をC3光合成回路に取り込む(固定する)働きを担っています(余談ですが、Rubiscoは植物体内に最も多量に存在するタンパク質であり、地球上で最も多量に存在するタンパク質でもあります)。植物のRubiscoは、52キロダルトン(kDa)の大サブユニット(化学結合していない複数の構成成分から成り、一つの機能を発揮するタンパク質の、その構成成分)と15kDaの小サブユニットそれぞれ8つずつから成りますが、大サブユニットをコードしている遺伝子がrbcLです(rbcはRubisco、Lはlarge)。rbcLが、植物の系統推定に適している理由として、以下のことが挙げられるそうです。
陸上植物に普遍的に存在し、多くの植物で塩基配列が決定されているので、種類間の比較がし易い。
約1400塩基対と比較的大きく、有用な情報量が多い。
塩基置換率(年当たり、塩基座位当たりの塩基置換数;進化速度)が比較的遠縁の関係を解析するのに適している(進化速度はかなり遅いが、同属の近縁種間でも変異が認められ、近縁種間から科の間まで幅広いレベルの系統解析に用いることが出来る)。
シングルコピー(ゲノム中に一つだけ存在する遺伝子、または、塩基配列)として存在するため、相同でない遺伝子を比較してしまう恐れがない。
挿入・欠失などのような、DNAの長さを変える変化がほとんどないため、塩基配列決定が容易である。
ただし、欠点として、以下のことが挙げられるそうです。
近縁種間の変異量が少ないため、系統関係を示す情報が少なく、分類群によっては亜科や科のレベルでも十分な解像度が得られない。
ホットスポット(同じ場所で多数回の塩基置換が見られる塩基座位、染色体上の組み替えが起こりやすい部位)が存在するため、系統解析のための情報が失われることがある。
関連:センキュウ
- spaser region (スペーサー領域)
スペーサー領域とは、一列に並んだ反復する遺伝子の間、あるいは遺伝子のグループの間に存在する配列のことで、もともとは、rRNA(ribosomal RNA;リボソームRNA)の非転写領域の名称です。
転写されてrRNAの前駆体には含まれるものの、成熟した(生成された)rRNAには存在しない transcribed spacer (転写スペーサー)と、全く転写されないか極稀にしか転写されない nontranscribed spacer(NTS;非転写スペーサー)があります。
rRNA のスペーサー領域の塩基配列は、rRNAをコードする遺伝子の塩基配列と比較して変異しやすい特徴があることから、系統発生を調べるのに用いられています(→ETS、ITS)。
参考文献
このページを作る際に参考にした文献をマーカーごとにまとめました。入手できた文献のみ挙げています。
入手できなかったり、勉強不足で見落とした文献の中に、もっと適切な内容の物があると思います。
必要な部分をちょっと読んだ程度で、全て読んで理解したわけではないので、文献の内容に関するご質問は、ご遠慮下さい(^^;
- 全般
村松正實.分子細胞生物学辞典.東京化学同人.1997年.
- ETS領域
Starr, J. R., et al. Potential of the 5' and 3' ends of the intergenic spacer (IGS) of rDNA in the Cyperaceae: New sequences for lower-level phylogenies in sedges with an example from Uncinia pers. International Journal of Plant Science. 164: 213-227. 2003.
Linder, C. R., et al. The complete external transcribed spacer of 18S-26S rDNA: Amplification and phylogenetic utility at low taxonoic levels in Asteraceae and closely allied families. Molecular Phylogenetics and Evolution. 14: 285-303. 2000.
Baldwin, B. G., et al. Phylogenetic utility of the external transcribed spacer (ETS) of 18S-26S rDNA: Congruence of ETS and ITS trees of Calycadenia (Compositae). Molecular Phylogenetics and Evolution. 10: 449-463. 1998.
- IGS領域
Volkov, R., et al. Molecular organization and evolution of the external transcribed rDNA spacer region in two diploid relatives of Nicotiana tabacum (Solanaceae). Plant Systematics and Evolution. 201: 117-129. 1996.
Hilu, K. W., et al. The matK gene. Sequence variation and application in plant systematics. American Journal of Botany. 84: 830-839. 1997.(緒言)
- ITS領域
Suh, Y., et al. Molecular evolution and phylogenetic implications of internal transcribed spacer sequences of ribosomal DNA in Winteraceae. American Journal of Botany. 80: 1042-1055. 1993.(緒言で、ITS領域の利点について触れている)
- matK
Hilu, K. W., et al. The matK gene. Sequence variation and application in plant systematics. American Journal of Botany. 84: 830-839. 1997.
Wilson, C. A. Phylogeny of Iris based on chloroplast matK gene and trnK intoron sequence data. Molecular Phylogenetics and Evolution. 33: 402-412. 2004.
遠藤康弘.系統解析における matK 塩基配列の有効性−バラ科サクラ亜科の解析−.種生物学研究.第19巻:11−17.1995年.
中沢 幸.系統解析における matK 塩基配列の有効性−ネコノメソウ属における解析例−.種生物学研究.第19巻:19−22.1995年.
- nrDNA
Mindell, D. P., et al. Ribosomal RNA in vertebrates: Evolution and phylogenetic applications. Annual Review of Ecology and Systematics. 21: 541-566. 1990.
- rbcL
小藤累美子ら.rbcLの塩基配列と裸子植物の系統.遺伝.第46巻6号:24−29.1992年.
村上哲明.植物系統学の現状と展望−rbcL 遺伝子の系統解析における有効性と問題点−.種生物学研究.第19巻:1−10.1995年.
- spacer region
Fedoroff, N. V. On spacers. Cell. 16: 697-710. 1979.
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