属名は、ローマ神話の最高神・ジュピター(ユピテル)の孫息子であり、エトルリア人に予言を教えたと伝えられるタゲス(Tages)の名前に因みます。 和名と別名の由来については分かりませんでしたが、おそらく、花持ちが長いことから付けられたものと思われます。「万寿菊」は、もともとはフレンチ・マリーゴールドに付けられた漢名だそうですが、参考にした春山行夫の「花ことば」によると、明治の植物学の開祖・伊藤圭介が、明治25年の「東京学士会院雑誌」に『万寿菊(T. erecta)は和名、・・・、センジュギク・・・。』と書いたそうで、このことから、アフリカン・マリーゴールドもマンジュギクと呼ばれるようになったものと思われます。各種図鑑での「マンジュギク」の扱いは、アフリカン・マリーゴールドの和名あるいは別名であるとか、フレンチ・マリーゴールドの和名であるとかと、まちまちです。ここでは、「園芸植物大事典」に従って、マンジュギクと呼ばれることもあると言うことで、紹介させていただきました。 「Marigold」は「聖母マリアの黄金(Mary's Gold)」を意味するという説と、フランス語の「Marais(沼)」が訛ったという説があるそうです。アフリカン・マリーゴールドとは、もともとメキシコ・中央アメリカ原産のこの植物が、16世紀初頭にスペインに持ち込まれ(この頃は、「インドのバラ(rose of India)」と呼ばれていたそうです)、スペイン王(イギリス王説もあり)の遠征を機に北アフリカに広がり、その後再びヨーロッパに渡ったことに由来するようです。アメリカン・マリーゴールドとは、アメリカで育種が進んだことから、そう呼ばれているようです。なお、中国では、「臭芙蓉」と呼ばれているそうですが、これは、植物体に独特の臭いがあることに由来するそうです。 原産は前述の通り、メキシコ・中央アメリカで、日本には寛永年間(1624〜1644年)に渡来したそうです。それより後の宝永6年(1709年)に刊行された貝原益軒の「大和本草」には、「三波丁子(サンハチョウジ)」として記されているそうです。
同じ属の植物に、フレンチ・マリーゴールド(T. patula L.;クジャクソウ)やメキシカン・マリーゴールド(T. tenuifolia Cav.;ホソバクジャクソウ)などがあります。ハーブとして扱われているキンセンカ(金盞花;Calendula officinalis L.)も、ポット・マリーゴールドとかコモン・マリーゴールドと呼ばれていますが、こちらはカレンデュラ属であり、属が違います。 フレンチ・マリーゴールドと比較して、アフリカン・マリーゴールドは、草丈が高い(矮性品種もあるので、一概にそうとは言えませんが)、成長が速い、花色はクリーム・黄・オレンジ色が主で、フレンチ・マリーゴールドに見られるような赤系はない、という特徴が挙げられます。 アフリカン・マリーゴールドの花型には、菊咲き(あるいは、クリサンセマム咲き。頭状花序には、筒状花だけあって舌状花がない)、クラウン咲き(花序の外側に舌状花が一列あって、他は菊咲きと同じ)、カーネーション咲き(舌状花が発達したもの)、フリルス咲き(カーネーション咲きで、舌状花花弁がフリルのようになったもの)があります。草丈は、15〜91.5cmの間で5段階に分けられているようです。 前述の通り、アメリカで盛んに育種が進められているそうです。特に、バーピー社が育種に貢献したそうで、同社は1万ドルの賞金をかけて、野生種にはなかった白色品種を一般から募集したそうです。かつては固定品種が多かったようですが、1960年代から雄性不稔性を利用したF1(一代交配)品種の育種が進められているそうです。参考までに、写真の‘ホワイトバニラ’も、F1品種だそうです。
春播きの一年草です。発芽適温は20℃前後で、播種時の覆土は薄くする(厚くても3mmくらいまで)と良いそうです。栽培適温は10〜28℃で、日当たりと排水が良く、有機質の多い土壌が向いています。土質を選ばず、土壌のpHは、酸性からアルカリ性に近いところまでと、幅が広いと言われているようです。増殖は実生だけでなく、挿し芽でも容易に出来るそうです。花芽分化に関して、日長には鈍感だと言われていますが、相対的短日植物であることが知られています。
作物を栽培する上で連作障害が問題になることがありますが、その要因の一つに、有害センチュウ(ネマトーダ)が植物に寄生することが挙げられます。タゲテス属の植物にはセンチュウを殺す作用があることが知られています。利用法ですが、コンパニオンプランツとして一緒に植えたり、目的とする植物を栽培する前に育てたり、開花最盛期の地上部や枯れた植物体を土中に鋤込むと良いようです。 タゲテス属の種によって、効き目のあるセンチュウの種類が違うようですが、アフリカン・マリーゴールドは、サツマイモネコブセンチュウ、ジャワネコブセンチュウ、アレナリアネコブセンチュウ、キタネグサレセンチュウに対して効果があると言われています。サカタのタネからは、‘アフリカン・トール’というセンチュウ駆除用の品種が販売されています。実際に、キタネグサレセンチュウの対抗植物として‘アフリカン・トール’を利用した研究によると、 と言うことが明らかになったそうです。 殺線虫物質の成分はα-terthienyl (アルファ・テルチエニル)で、根内や葉に含まれているそうです。α-terthienyl は、活性化すると酸素ラジカル(oxygen radical)を発生します。酸素ラジカルとは不対電子を持つ活性酸素のことで、活性酸素はご存じの通り、生体に対して毒性があり、これによって、センチュウを殺すと考えられています。しかし、α-terthienyl は、生体外では好気条件下で近紫外線を照射することで活性化しますが、暗黒である土壌中の根内での活性化のメカニズムについては、参考にした文献が書かれた時点では不明だそうです。また、根の浸出液には殺センチュウ効果がないことから、根外での効果はないと考えられており、更に、殺生物効果のある物質が土壌中に放出されていることもないと推察している研究もあります。このようなことから、センチュウ密度抑制効果の持続性に関しても、まだ解明されていないそうです。 殺センチュウの他、殺菌、殺虫、除草の効果もあるそうですが、α-terthienyl には皮膚炎を起こす作用もあるそうです。 この他、臭いが虫除けとなることから、葉や花をポプリにして、防虫剤の代わりにすることも出来るそうです。
花の色素としてカロテノイドを含んでいます。中でも、ルテイン(lutein;キサントフィルに属する色素)は、天然着色料として利用されていたり、最近は抗酸化作用がある健康食品として、よく知られていると思います。 濃いオレンジ色の花を咲かせる品種では、熟したトマト果実の20倍のカロテノイドを含んでいることから、カロテノイドを採ることを目的として商業的に栽培されているそうです。しかし、花色によってカロテノイドの量に差があり、色が濃い品種と薄い品種の間では100倍以上の差があるそうです。 白から濃いオレンジまで色の濃さが異なる4品種のアフリカン・マリーゴールドを供試して、花弁におけるカロテノイド遺伝子の発現について調べた研究があります。この研究によると、花の発達段階ごとにカロテノイドの含量を調べたところ、蕾の段階では品種に関わらずカロテノイドの蓄積は少なく、品種による差はなかったそうですが、花が完全に開く頃になると、花色が濃い品種ではカロテノイドの蓄積が急激に増加するのに対して、色が薄い品種ではそのような増加はなかったそうです。品種に関わらず、色素としてルテインが含まれていたそうですが、品種によってその量に違いがあり、それが要因となって花色の濃さが変わるそうで、色素の種類が違うことで花色が変わるのではない、と言うことが分かったそうです。また、花色が薄い品種でも、カロテノイド合成に関わる全ての酵素が存在していることが分かったそうです。カロテノイド代謝に関わる一連の酵素をコードしている遺伝子の発現を調べたところ、品種によって発現に違いがあることが分かりましたが、このことから、品種によるカロテノイドの合成と蓄積の大きな差は、mRNAの翻訳あるいは安定性の差によるものであることが示唆されたそうです。 ちなみに、葉でもカロテノイドが合成されますが、花色の濃い品種では、花弁は、葉の20倍のカロテノイドの合成・蓄積をするそうです。また、品種(花色)に関わらず、葉におけるカロテンの蓄積には差がほとんど認められなかったそうです。
参考文献 春山行夫.花ことば・下.平凡社ライブラリー(157).平凡社.1996年. 堀田満ら編集.世界有用植物事典.平凡社.1989年. 北村四郎ら.マリーゴールド.世界の植物.152−153.朝日新聞社.1975年. 佐野善一.対抗植物による線虫防除.植物防除.第44巻(第12号):531−534.1990年. 大野徹ら.対抗植物によるキタネグサレセンチュウの防除.愛知県農業総合試験場研究報告.第25号:221−228.1993年. Topp, E. et al. Effects of marigold (Tagetes sp.) roots on soil microorganisms. Biology & Fertility of Soils. 27: 149-154. 1998. Moehs, C. P. et al. Analysis of carotenoid biosynthetic gene expression during marigold petal development. Plant Molecular Biology. 45: 281-293. 2001.
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