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ミオソティス属


このサイトで紹介している種

エゾムラサキ      
エゾムラサキ
sylvatica
     

ムラサキ科Boraginaceae
学名Myosotis L.
和名ワスレナグサ属(勿忘草属)
英名forget-me-not, scorpion grass
分布主にヨーロッパ、ニュージーランド。僅かに、南北アメリカ、アフリカ、ニューギニア、オーストラリア
種数30〜40種、約50種、約100種(資料によって異なります)
属名の性別女性

属名の由来

 ギリシャ語の「mus, mys, myos(ネズミ)+ous, otos(耳)」に由来し、毛が生えた葉を例えたもの。

花言葉私を忘れないで、真実の恋、親切、好意、他
メモ

名前について
 前述の通り、属名は「ネズミの耳」を表していますが、ナデシコ科のケラスティウム属は英名が「mouse-ear chickweed」です。
 和名のワスレナグサは、英名の forget-me-not (私を忘れないで)を訳したものだそうで、英名は同じ意味のドイツ語の「Vergißmeinnicht (フェアギス・マイン・ニヒト)」を英訳したものだそうです(ちなみに、vergißは、vergessen[忘れる]の命令形です)。ドイツには名前の由来となった次のような逸話があります。騎士とその恋人が川のほとりを歩いていたところ、川岸に生えていた花があって(川に流されてきたというバージョンもあります)、それを騎士が摘もうとしたところ、誤って川に落ちて鎧の重さで溺れてしまい、最後の力を振り絞って「私を忘れないで!」と花を恋人に投げたものの、力尽きてしまったそうです。これが代表的な名前の由来となった話で、他に、「旧約聖書」で、アダムに名前を付けて貰ったもののその名前を忘れてしまった植物に、神様が改めて「我な忘れそ」という名前を付けてあげたとか、ワーテルローの戦い(1815年)の後、あるイギリス兵の遺体からワスレナグサが芽を吹いて花を咲かせ、時を経た今日でも亡くなった人を追慕するかのように、戦場の跡に咲き乱れているとかと言ったような伝承があるそうです。
 もう一つの英名の scorpion grass (サソリの草)は、長い花穂の形から付けられたものだそうです。ワスレナグサ(M. scorpioides)の種形容語(種小名)の「scorpioides」は「サソリの尾のような、巻いた形の」という意味ですが、同じ理由で付けられたものと思われます。

 ワスレナグサの和名が当てられているのは M. scorpioides L. (スコルピオイデス種)ですが、こちらは花が小さく鑑賞価値がないと言われています(ただし、「The New RHS Dictionary of Gardening」によると園芸品種があるようなので、鑑賞価値が全くないわけではないと思います)。これに対し、日本でワスレナグサとして流通しているのは、このサイトが準拠している「園芸植物大事典」によると、エゾムラサキ(M. sylvatica;シルウァティカ種)だそうです。また、同書によると、エゾムラサキは、誤って M. alpestris (アルペストリス種)、または、 M. dissitiflora (ディッシティフロラ種)の名で栽培されることが多いそうです。しかし、「園芸植物大図鑑」より前に発刊された図鑑では、栽培されているのはアルペストリス種であると説明されています。和製の図鑑等を比較すると、以下のようになっています。

 エゾムラサキ、
あるいは、
シルウァティカ種
M. sylvatica
アルペストリス種
M. alpestris
交雑種
M. hybrida
農業技術体系
(高木 誠)
記述なし園芸的に利用されている記述なし
改訂版
原色園芸植物図鑑[I]
記述なし欧州で一番普通に栽培されている品種がいくつか出ている
世界の植物
(本田正次)
本州中部以北の高原の湿地に野生している。ミヤマワスレナグサと言う名もある。記述なし記述なし
最新園芸大辞典
(吉村幸三郎)
(出版された時点で)
ほとんど栽培されていない
ミオソティス属中最も一般に栽培されている。解説あり
原色・花卉園芸大事典
(鶴島久男)
記述なし(出版された時点で)
一般にワスレナグサと
いう名で栽培されている
記述なし
園芸植物図譜
(浅山英一)
記述なし記述なし花壇や鉢植えにされている
世界有用植物事典
(浅山英一)
園芸品種は本種から改良記述なし園芸品種は交雑育成されたもの
園芸植物大事典
(武田和夫)
花壇用に栽培されるのは主に本種エゾムラサキが誤ってこの名前で栽培されている記述なし
日本花名鑑掲載記述なし記述なし
Flower Oasisワスレナグサの名で出回っているドイツの伝説に登場記述なし
花卉品種名鑑掲載記述なし記述なし

 発行年不明の農業技術体系以外は発行年順で、下ほど新しい。括弧内は、執筆担当者名(敬称略)

 「世界有用植物事典」(1989年8月初版)や「園芸植物大事典」(1989年12月初版)以降、日本で栽培されているのは、アルペストリス種ではなくエゾムラサキ、とされているように思います。
 エゾムラサキであるか、アルペストリス種であるかは、実物の形態を見て判定する必要があると思います。なお、これらの種の形態の異なる点は、後述します。


生態・形態・栽培など
 一〜多年生の有毛の草本で、耐寒性があり、少なくとも−15℃まで耐えられると言われています。縁に切れ込みのない葉が互生します。花序は互散花序で、普通、分枝します。苞葉はありません。萼は5裂していて、花が咲き終わった後も大きくなり続けます。花冠は車形か高盆形で、5裂します。花冠の色は青、紫、白等です。花喉(単に、「のど」とも言うようです)には、「目」と呼ばれる白か黄色の膨らみがあります。形態的には「鱗片状の突起」、「鶏冠状突起」と言われています。雄しべは5本です。子房は4裂しています。果実は4つの小堅果から成ります。
 先述の通り、日本でワスレナグサとして栽培されている種は、エゾムラサキ(M. sylvatica)かアルペストリス種で混乱しているように思われます。これらの種(しゅ;species)と本当のワスレナグサの形態などの違いは以下の通りです。なお、和製の図鑑は、同定を誤って解説している可能性がなきにしもあらずなので、ここでは、主に「The New RHS Dictionary of Gardening」、一部「The Plant-Book」を参考にしました。交雑種に関しては、資料が少ないことから割愛しました。

 エゾムラサキ
(流通上のワスレナグサ)
M. sylvatica
M. alpestrisワスレナグサ
(本当のワスレナグサ)
M. scorpioides
園芸的分類二年〜多年草多年草多年草
草丈、草姿〜50cm.
直立か、ほとんど直立.
分枝が多い.
〜30cm.
直立.
〜100cm.
基部の葉〜11cm×3cm.
楕円形状矩形〜
矩形状狭卵形.
先が丸い.
有柄.
〜8cm×1.5cm.
矩形、卵形状矩形、
狭卵形.
先が丸い.
葉柄はあるか、短い.
疎ら〜密に毛がある.
〜10cm×2cm.
矩形状狭卵形〜倒披針形.
普通、有毛であるが、無毛のことがある.
茎生葉無柄〜2.5cm、無柄 
花柄、花冠果柄は10mm.
ブライトブルー、紫、
白っぽい青でピンクに変わる.
黄色い目がある.
花冠の直径は〜8mm.
果柄は〜5mm.
ブライトブルーか
ディープブルー.
花冠の直径は〜9mm.
ブライトブルー.
白、黄色、ピンクの目.
花冠の直径は〜8mm.
縁は平.
果実成熟時は〜5mm.
切れ込みがあり、突出している部分は狭卵形〜線形.
毛は真っ直ぐか鉤状に曲がっていて密集.
果実成熟時は〜7mm.
毛は平伏し、伸びているか、たまに鉤状
果実成熟時は〜6mm.
毛は短い平伏した剛毛
果実〜2mm×1.5mm.
卵形、先が尖っている、
やや縁がある.
黒褐色.
〜2.5mm.
卵形〜長楕円形、縁がある.
濃い茶色.
〜2mm×1mm.
卵形、やや縁がある.
分布北アフリカ、ヨーロッパ、
西アジア
ヨーロッパ、アジア、
北アメリカ
ヨーロッパ
耐寒ゾーン5(−23.3〜−28.9℃)4(−28.9〜−34.4℃)5(−23.3〜−28.9℃)
その他  匍匐根茎、湿地性

 品種や栽培条件によって、草丈や葉の大きさが上記とは異なることがあると思います。また、葉の形の解説がわかりにくいかもしれません。
 「The New RHS Dictionary of Gardening」によると、アルペストリス種は、かつては、エゾムラサキの亜種(subspeciesM. sylvatica ssp. alpestris)とされていたことがあったようです。しかし、現在ではエゾムラサキとアルペストリス種は別種であるとされていますし、Winkworth氏らの研究で、これら2種はそれぞれ別のグループに属することが明らかにされました。
 栽培については、種によって異なる点があるようですので、各種のページを参照して下さい。


種類など
 種数は上記の通りです。約100種としているのは、「The Plant-Book」と Winkworth 氏らの文献です。一部の種は以下の通りです。

M. afropalustris C. H. Wr.(英名:forget-me-not
M. alpestris F. W. Schmidt.
・ノハラムラサキ(M. arvensis (L.) Hill;英名:common forget-me-not, field forget-me-not
M. australis R. Br.(英名:Austral forget-me-not, southern forget-me-not, native forget-me-not
M. caespitosa Schultz(英名:water forget-me-not, tufted forget-me-not
M. discolor Pers.(英名:yellow and blue forget-me-not
M. exarrhena F. Muell.(英名:sweet forget-me-not
M. × hybrida hort.
・ワスレナグサ(M. scorpioides L.;英名:water forget-me-not
エゾムラサキ(M. sylvatica Ehrenb. ex Hoffm.;英名:wood forget-me-not、他)

 なお、交雑種の来歴は不明だそうですが、アルペストリス種、M. dissitiflora 等が交雑に関わったと考えられているそうです。


分類など
 以下、Winkworth 氏らの文献の一部を引用します。

 約100種あると言われているミオソティス属植物は、主に、ユーラシア西部(およそ60種)、ニュージーランド(およそ35種)の二つの中心地に分布しているそうです(残りの10種以下は、南北アメリカ、アフリカ、ニューギニア、オーストラリア)。
 Grau 氏らは、花粉の形態や柱頭と花冠鱗片の微細構造に基づいて、以下の節とグループに分類したそうです。

  • ミオソティス節(section Myosotis
    ディスカラーグループに属する種以外の、全てのユーラシア、アフリカ、北アメリカの種

  • エクサレナ節(section Exarrhena

    • オーストラルグループ(austral group
      全てのオーストララシア(オーストラリア、ニュージーランド、その近海の諸島)と南アメリカの分類群

    • ディスカラーグループ(discolor group
      ユーラシアに分布する小さなグループと東アフリカの1種

 また、Grau 氏は、花粉の形態がより多様である南半球がミオソティス属植物の起源であるとする説を唱えたそうです。
 これに対し、Winkworth 氏らは、ミオソティス属の34種について、核のITSと3つ葉緑体DNAのマーカー(matKndhF 遺伝子の3'領域、trnK-psbA 遺伝子間スペーサー)のDNA配列を解析することによってミオソティス属植物の系統発生について調べて、以下の結論を得たそうです。

  •  34種は、5つのグループに大別できたそうです。そのうちの一つのグループは、一部のヨーロッパ原産の種、北アメリカの種、アフリカの種、南半球の全ての種で構成されていたそうです。しかし、これら5つのグループの間の関係については明らかにならなかったそうです。

  •  遺伝的な多様性がより大きいことからミオソティス属の起源はユーラシアであり、そこから、南半球、アフリカ、北アメリカに広がったと考えられたそうです。伝搬の方法については、萼の毛が動物(鳥の可能性がある)にくっついて運ばれたことが推察されています。

  •  南半球では、ニュージーランドから他の地域に広がったことが推察されています。広まった時期については、鮮新世(500万年〜180/160万年前)の頃からだと推察されています。また、第三紀後半(?〜180/160万年前)から第四紀(180/160万年前〜現在)には気候の変動や地質学的な変動があったそうですが、このことがニュージーランドにおけるミオソティス属植物の多様化に関連していると考えられるそうです。
     また、ユーラシアにおいても,環境の変化がミオソティス属植物の多様性をもたらしたと考えられたそうです。


本棚以外の参考文献
  • CRC World Dictionary of PLANT NAMES -Common names, scientific names, eponyms, synonyms, and etymology. CRC Press. 2000.

  • 塚本洋太郎.改訂版・原色園芸植物図鑑[I].保育社.1972年.

  • 本田正次.ワスレナグサ.世界の植物.360〜362ページ.朝日新聞社.1976年.

  • 塚本洋太郎監修.原色・花卉園芸大事典.養賢堂.1984年.

  • 清水矩宏ら編著.日本帰化植物写真図鑑 Plant invader 600種.全国農村教育協会.2001年.

  • Winkworth, R. C. et al. The Origins and evolution of the genus Myosotis L. (Boraginaceae). Molecular Phylogenetics and Evolution. 24: 180-193. 2002.

(2005.8.17.)
 
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