EVANCE-DGとは。・・・

ごくごく狭いジュエリーCAD業界では、良くも悪くも(笑)、すっかり有名にはなりましたが、それ以外の人のために、EVANCE-DGが、現在に至るまでの経緯をざっと紹介します。

EVANCE-DGの代表は、なるしまさんです。

代表といっても、一人しかいないので、必然的に代表にならざるを得ないわけです。

かつて、この人は、ジュエリークラフトマンでした。

まあ、昔の言葉で言えば、"職人"ということになるでしょうか。

この人は、昔から、自分で、最初から最後まで、何かを作り上げる仕事をやりたいと思っていました。

学校は、それとはぜんぜん関係の無い、大学の法学部に通いましたが、何をしに行ったのかわからないまま卒業。

こういう人って、多いんでしょうね。

仕方が無いので、山梨の田舎に戻って、昔から、小物というかそういうものが好きだったので、地元のジュエリーメーカーに就職しました。

今と違って、就職活動なんか全然しなくても、、ジュエリーメーカーに面接に行ったら、法学部卒で、職人になりたいなんて、珍しいということで、一発で採用になりました。

それも、もう、就活の時期はとうに過ぎ去った、年を越しての二月の話です。

今考えると、夢のような時代ですが、今の学生さんたちは、自分の実力を省みずに、高望みの大手志向だから、余計難しいような気がします。

ここで、ジュエリー製作の仕事に従事することになるわけです。

研修で行ったパリにて。

中央の方が、パリ、ジュエリー界の重鎮、ピエール・ベラン氏。その右隣にいるのがなるしまさん。

彼の工房、ジャン&ピエール・ベランにも一週間ほど、研修でお邪魔させていただきました。

そこでは、ほとんど、オーダーメイドの高級品ばかり製作しています。

お客様は、アラブの王様とか、そういった方々が多いそうです。

日本人では、松下幸之助翁の米寿のお祝いに家族が、宝飾時計をオーダーしたそうです。

松下翁は、「こんな高い時計は、要らないよ。」と仰ったそうな。

こういう工房もあるんですね。

大変、勉強になりました。


しかし、なんとなく、思い通りのものが作れない状況に疑問を抱き、退社。

その後、ドイツへと渡ります。ここでは、ドイツ語学校に通いながら、ジュエリーショップの見習のようなことをさせてもらいました。

ドイツといえば、なんと云っても、マイスター制度が有名です。

世界に冠たる工業技術立国の屋台骨を支えているのはこのマイスター制度だと、思っていました。

したがって、ジュエリーのマイスターと云えば、みんな、べらぼうに巧いのかと思っていました。

しかし、実際は、本来あまり器用とはいいずらいドイツ人を何とか仕込むため、基礎をみっちり叩き込むために、先の課程には進ませず、同じことを何度も繰り返させる教育制度というのが、その本質です。

まあ、たとえて云うなら、テニス部の新入部員の、ボールには触らせず、素振り100回、グラウンド10週みたいなものでしょうか。

すでに、そこそこのものは作れるようになっていたなるしまさんには、これは、ちょっと、長すぎる回り道に思えました。

たしかに、日本人のほうが、ロウ付けひとつさせても、ずっと器用だし、覚えも早いと思います。

そんなことで、幻想は破れ、あえなく、半年で、帰国。

ドイツ語学校の仲間や、先生と。前列の右から二人目が、なるしまさんです。

今となっては、懐かしいなあ。・・・1989年、この年に、ベルリンの壁が崩れました。

なるしまさんが歩くと何かが起きる。・・・

どこかに行こうとすると、しょっちゅう、台風や、大雪に見舞われるのも、偶然ではないかもしれません。

去年の「EVANCE SUMMIT」も、四月半ばなのに、大雪で、山梨から行った人は大変でした。


性懲りも無く、今度は、ジュエリー製作技術の修行のために、別のジュエリーメーカーに就職。

ここでも、なんとなくしっくりこない日々を送る羽目になります。

それに何か、手作りというものに限界を感じ始めていました。面倒くさがり屋のなるしまさんには向いていなかったかもしれません。

ちょうどこのころから、山梨のジュエリーメーカーでも、自社でデザイン開発したものからOEMへ製品ラインが切り替わってきた時期でした。

OEMというのは、非常にシビアで、基本的にブランドロゴなど、正確さが求められます。手作り職人の大好きな「手作りには味がある」とか「手作りなんだから、曲がってるに決まってるだろう」と言う、いいわけが通用しない世界です。

ちょうどそんなときでした。ふと見に行った展示会で、ライノセロスのプロモーションをみかけてしまったのです。

忘れもしない、1999年のことでした。

「これだ。」と思いました。

一も二も無く飛びつきました。

早速ライノセロスを注文し、コンピューターを買い込みました。

当時まだバージョンが「1.1」でした。松村金銀店さんが制作された「ジュエリーバージョン」というのを買いました。

後日談ですが、そのとき、プロモーションされていたのが、現在、販売代理店としてお世話になっている(株)シノダの新開さんだったのです。

まさか、そのときは、今日のようになるとは、夢にも思いませんでした。

まあ、それまで、あまり関係がうまく行っていなかった、当時勤めていた会社を、この際だからと辞めて、ライノセロスのマスターに打ち込みました。

が、幸い、向いていたのか、本人が思っているよりも頭が実はよかったのか(笑)、意外にすんなりとマスターできました。

そして、しばらく、試行錯誤したあとに、まあ、ほぼ、どんなことを言われても、CADデータを作成できるだろうという自信がもてたので、ジュエリー原型の作成サービスを開始しました。

当時の作品。上の段はCADデータをLightWaveでレンダリングしたもの、下の段は、実際の商品の写真です。

2001年の作品。(2011年じゃないよ。10年前の作品です。)


まあ、しかし、十年以上前の話なので、何軒かの山梨のジュエリーメーカーに営業に行きましたが、どこに行っても、ジュエリーCAD?造型システム??なんじゃそりゃ???みたいな反応で、なかなか、取り入れてくれるところは無いような感じでしたが、そのなかの何軒かのメーカーさんで、まあ、なんだか、よくわからないけど、面白そうなので、とりあえず、なんか作って持ってきてみろ。ということて、仕事を出してくれました。

そのときのメーカーのいくつかは、その後、ジュエリーCADシステムと造型システムをいち早く導入して、業界でもうわさになるくらい目覚しい発展をしたことは、皆様のご存知のとおりです。

さて、なるしまさんといえば、このころにはすでに、CADデータを描くのに飽きてきてしまっていて、イラストレーターやら、フォトショップやら、もろもろのCGソフトやらを手あたら次第に買い込み、ついには、Linuxやら、仕舞いには難しいソフトの代表選手VisualC++にも手を出し、プログラム開発に乗り出すのでした。

メインのターゲットは、勿論、愛用の「ライノセロス」です。

前から、ライノセロスの設定の自由さには、なんとなく可能性を感じていたのでした。

ライノセロスは、他のジュエリーCADと違って、在る程度の部分がオープンソースみたいになっていて、プログラムが分かる人には、自由にプラグインを作って乗っけて使えるような仕様になっているのです。

もとより、ライノセロスは、ジュエリー専用のCADシステムではありません。

ジュエリーを作るのには、あまり、使いよくない点が少なからず、ありました。

当時、松村金銀店さんの制作された「ジュエリーバージョン」という、学習用のプラグインがあり、使っていましたが、職人であるなるしまさんには、ちょっと、ロジックが、異なるイメージがありました。

もっと、職人だったら、こういう風に作るよ。こういう、手順で、作っていくんだよ。というコマンドを作って、そして、実際にそれを使って、CADデータを作る仕事をしていました。

それをセットにしてモジュール化したのが、後の「EVANCE EDITION」です。

このような経緯で作り上げられた「EVANCE EDITION」は、ソフトなので、実際に実務で使われるプロの方には、使い良いという評価を頂けるのは、むしろ当然のことなのです。


それと平行して、ライノセロスと「EVANCE EDITION」を使ったジュエリーCADスクールを始めました。

スクールというよりも、マンツーマンのまさに、スパルタ式の個人授業です。

この私塾が、「スクーデリア EVANCE」です。

しかし、いまでは、その、日程のハードさ、講習の厳しさ、講習料の比較的高額なことが、有名になって、それに恐れをなしたのが、あまり受講したいという人がいなくなったのと、なるしまさんが、病気になって入院したりして、そのまま、休止状態になってしまいました。

まあ、後進が育ってきたので、その役目を終えたということかもしれません。

ハードな講習の内容に耐えられて、レベルの高いジュエリーCADの使い手に成れるという人は、全体から見ると、あまり多くないかもしれません。

そんなわけで、こんどは、誰でも、とりあえず、エンゲージリングなど、デザインパターンのあるものであれば、簡単に直感的にデザインできるツールが必要だと感じ始めました。

そして、作られたのが、新開発の「EVANCE JS」というプログラムです。

これは、JSというその名のとおり、ジュエリーショップや、ジュエリーにこだわりのある個人に気軽にリングなどのデザインを楽しんでもらいたいと思って作りました。

十年前に、誰も殆んど知らなかったジュエリーCADは、すでにジュエリー業界、少なくとも、メーカーのサイドでは、もはや、常識になりました。が、売り手サイドのジュエリーショップや、個人のジュエリー好きの人たちの多くは、十年前のメーカーサイドと同じく、何じゃ、それ?というレベルでしょう。

そんなわけで、また、EVANCE-DGの新しい戦いが、始まります。